24:荒々しい新風
失敗した。
いや、ルザン郡を蝕んでいた企みとその首謀者を生死不明で見失った事はその通り私の大失態だ。だが失敗したのはそれだけではない。
このままでは皇都での調印式に間に合わないのだ。
新しく配下に加えたラーズ。加えてアランをはじめとしたルザンの兵らとその身内たち。彼らを保護しつつの行軍で我が領への旅路を進めていたのだが、その途中で私宛の書簡を預かった伝書神官と出くわした。
彼から受け取った文には、皇陛下に願った父との和睦を正式にする式典の知らせが。
私が領内で待っていたのならば、受け取るなりに出発して余裕のある旅程で都に着けただろう。また独りであれば都までの道は余裕で駆け抜けられる。だが今の私はそうではない。守護らねばならぬ配下を引き連れて領土に向かう旅の途中。彼らを送り届けて、我が軍勢を引き連れて都に上るとなると、とても間に合わない。我が精鋭がいつでも出発できるように整えているとしてもだ。
「ではお一人で向かえばよろしいのではありませんか」
「何を言うアラン。アレがどう出るのかわかったものではないのだぞ?」
とんでもない提案をしてくれるものだ。
波動結晶体に貫かれて姿をくらました坊っちゃん。私の引き連れている面々は、確実にヤツから裏切りの恨みを買っている。奇襲を許した反省から波動による探知を密にしているので、今現在は近くにいる気配は無い。だが私が離れるなりに襲われる可能性もゼロではない。加えて彼らの装備も間に合わせはしているが、所詮は急拵えにすぎないのだ。どれだけ金を積めようが、品そのものが無いのであれば揃えられる限りを揃えたところで充分な質には届かない。これでは女子供を逃がすための殿をやったところで意味のある分散にすらなるまいが。
これで後は自分たちで辿り着くようにだなどと、そんな無責任をやれるわけが無いだろう。
もし仮に私への嫌がらせのためにこの状況を生み出したヤツがいるのだとしたらなかなかのモノだ。それが父テオドールであることはまずあり得ないがな。
「ありがとうございます。しかし我らとて恩のあるレイア様の足を引っ張るばかりで良しとできるほど肝は太くありません。ですので我々はここで迎えの戦力が到着するまで待機するべきかと」
ふむなるほど。彼らをこの場に残して私が本拠に急行。アランたちを迎えに行く戦力を編成して、と。うん悪くない。本拠から出る軍団の足取り次第では、さらに私が都に先行してもよい。いやはや私としたことが、焦りで思考が凝り固まっていたようだ。まったく恥ずかしい限りだ。
「よい案だ。では合流までの指揮はアラン、お前に任せるぞ。危ういと感じたのなら……」
「こちらからもラックス村の方角へ強行を。万一の時には民をラーズに任せ、レイア様の兵として務めを果たします」
うむ、出来ている。
我が軍の一員となってもらうには、これから軍規を学んでもらう段階にあるが、経験豊富かつまっとうな騎士として頼もしいほどに仕上がっている。引き抜きを仕掛けた甲斐があるというものだ。
「素晴らしい。アランが私の下についてくれて本当に良かった。私のしわ寄せになってしまってすまないが、任せるぞ」
「はッ! 私と同僚の親族を救って下さったがための事。その恩義と信頼に応えて見せましょう」
頼もしいアランの返事に改めてうなずいた私は、ラーズらをはじめとした同行者に状況も予定を説明。状況打破のためにニクスの四輪による本拠地への急行を始める。
石畳や土の凹凸に車体を揺らし、跳ねさせながら、ニクスの車体は窓の外に景色が像と結ばれずに流され行くほどの速度でラックスへ向かう。
まともな道も無い反面、他に並んで走る車両も無ければ、速度制限も無い。さらには人型形態への変形で障害物も悪路も無いも同然。相も変わらずまさに我が歩みを阻むもの無しという具合だ。
そうして大急ぎでの旅路を進め、我が手の者が出て来ていないかを確かめるべく最寄りの中継地になる宿場へ接近。すると土煙を巻き上げる我が鋼の機体に横合いからぶつかるものが。
ボディがへこむ程では無し。しかし集中して加速していたところで叩きつけられた別ベクトルの力に私はコントロールの乱れを嫌って変形。鋼鉄巨人の女戦士としてぶつかってきた者に向かい合う。
相手もまた女だった。もちろん鋼の体ではなく有機生命体の。
背丈は私より20低い168。しなやかに鍛えられた体を、深いスリットの入った見たことも無い衣装に包んだ女戦士……いや、格闘家だ。
肩にかかるか程度で荒く切られた黒髪に、こちらを見据える目も黒。表情は戦いに臨んでか固い……いや、口元はうっすらと笑みに持ち上がっているか? 緊張よりも高揚が勝つとでもいうわけか?
「……鍛練を積んだ戦士と見受けるが、腕試しのつもりか? 普段であれば応えるところであるが、今は急ぎの用がある。また日を改めてとはいかないか?」
「……人の形をしているとはいえ、鉄の怪物がしゃべるとはな。あいにくと得体の知れない者を人里に近づけるわけにはいかん」
なるほど、そうなるか。
どうにもこの女格闘家、私を人里を狙う魔獣の類いだと判断したらしい。
私も一部は人という魔獣であるので、ある意味では間違いでも無いのだがな。
ここはひとつ誤解を解くのを試みてもいいか。というわけで私は一度分離。鉄巨人ニクスの手にレイアとして立つ。
「我が名はレイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクである。かの宿場には我が手の者の姿があるかを確かめに行くだけ。急ぎの用があるため、終わり次第すぐに立ち去る。そちらが危惧するような事は起こさないと誓おう」
人の姿で名乗り、宿場に近づいた目的を告げる。これでも信用されず問答無用と言うのならば仕方がない。立ち合うふりをしてニクスと分散。撹乱してやり過ごした後に合流すればよい。わざわざ格闘家をなぎ倒す必要など無いのだからな。
そんな企みを持っての名乗りだったが、女格闘家は右拳を左掌に包む形に胸の前に組んで頭を下げてきた。
「これは失礼をした。私はメイレン、ベイジ族はロートス氏族の娘。貴女のおかげで未知なる美味を知れた。感謝している」
そう言う彼女の腰には黒い毛に覆われた、細長い尾がぴょこりと。
なるほどルカから聞いた事がある。武力に秀で、好戦的な獣人型魔人族の一種族で、ルカの出身種族とは折り合いが悪いとか。
ともかく彼女自身は、私が主導する魔人族向けの交易の恩恵を受けた事を恩に着ていると。
「なるほど、そなたの事は分かった。ではその恩義で拳を納めてくれないか? 私は本拠に待つ臣下に急ぎ伝えねばならない事があるのだ」
「承知した。ちょうどあの宿場にてあなたの部下を名乗る者と知り合っているので案内を……と言いたいが、私は貴女が本物だと確かめる術がない。武名高い貴女の力を確かめる事でその証明とさせてもらいたい」
そう来るか。彼女の口元に浮かんだ微かな笑みからするに、私を偽のレイアだと疑っているのでなく、力試しをしたくてウズウズしているのだろう。まったく噂に違わぬ好戦ぶりだ。
だがそれがいい。
自分の欲望も譲らぬその姿勢は実に好ましい。
「了解した。ではせいぜいそちらの眼鏡に叶うよう奮戦させてもらうとしよう」
「重ねて感謝する……フフ、向かい合うだけでもワクワクしてきた……!」
ニクスの手を降りて徒手の構えを取る私に、メイレンは戦いへの高揚を隠すことなく半身に構える。
ぶつからずとも私の力を察せられるだけあって、メイレンもまた高い実力を感じさせる。こちらの視線への反応に、誘いを振り切る判断。仕掛けて数手で詰みとなるような容易い相手では無いぞ。
そうして対峙してからの読み合いの果てに、我らは同時に地を砕いて踏み込み、拳をぶつけ合うのであった!