23:打ちのめしはしたものの
「離れろッ!! 散れッ!!」
膨大な波動。それが起こす地響きに私はとっさに命令を。しかしこの場にいるのは私の精鋭では無い。信頼も練度も足りない中とにかく従えたのはラーズ、そしてそれに遅れて熟練の兵だけ。
だから私は波動を放射。自分だけを残して周囲の者達を押し流す。
この直後に私の足下に亀裂が。しかし崩れる地面は沈むのでは無く、逆に突き出て私を打ち上げる。
そして宙に浮いた私を鉄の柱が横殴りに。
強烈な力のベクトル変化に激しくかき回される中、私は手首甲側からソードウィップを発動。奇襲してきた巨体に絡ませて振り子の軌道を。これで落ちてきた鉄の柱をかわして着地し襲撃者に対峙すればその正体はまさかの――。
「……首を無くして動けるとは思わなかったぞ」
生け贄の血と私の力を受けて甦った古代の融機恐竜ダイノボーグ。その首無し機体であった。
頭脳とコアを切り離して生きていられる同胞がいるなどと聞いたこともない。いや、骨格化石になっても蘇生を果たした以上、そうした機能を得ていてもおかしくは無いか。これも私の思い込みと油断というわけだな。
私への憎しみか、あるいは生存本能か。それらで生き生きと輝いた結晶体を見せていた首無しのダイノボーグは、その輝きを私から別の方向へ。それをたどればそこには腰を抜かした坊っちゃん指揮官が。
「は、ははは……な、なんだコレ? これが復活させようとしていた神竜? こんな鉄のドラゴンゾンビがか?」
濡れた地面を尻で削りながら後退りする彼を正面に、首無しのダイノボーグは踊りかかる。しかし腰抜け坊っちゃんの近くには直前まで彼を取り押さえていた非武装の兵たちが。それだけはさせん!
巻き込ませてたまるかと、私が駆けつけさせたニクスのボディがダイノボーグへ。この突撃で怯んだ隙にリユニオン、人型のバトルモードへチェンジする。
「自分の命を第一に離れろッ!! コイツの始末は私がつける!!」
頭を無くした上で第二ラウンドを挑んできたダイノボーグ。私はこれの正面に立つ形で構え、もはや味方でない坊っちゃんに構うなと退避を促す。
しかし元々主従だった誼もあって、はい承知と逃げてはくれない。兵たちは下半身をびしょびしょにした坊っちゃんをどうにか安全圏にまで運んで行こうとしている。
やれやれまったく面倒な。
私と向かい合った首無しのダイノボーグは、どうあっても坊っちゃん指揮官を正面に収めようとしていて、その視線……と言っていいかはともかく、それを私が体で阻むことを強いられているというのに。
だがやるしかあるまいな。必要とあればいかなる犠牲を払ってでも目的を遂行するのは王者の資質。だが無用に部下をすりつぶすようでは王たる資格は無い。
視線を切り続ける私に焦れて、首無しのダイノボーグが足踏みを。波動をのせたそれは大地に波を。私にとっては小揺るぎ程度のそれはしかし、常人のスケールからすれば強烈な震動となって、足を掬うことに。
尻もちをつかされ余波で転がされた坊っちゃんと彼を引いていた兵たちに、首無しのダイノボーグはもうひとつ地ならしを食らわせて跳ぶ。
高い。
10mを越える私の全高を悠々と飛び越えたその跳躍力は凄まじいの一言。
「だが我が頭上を行こうとは不敬な」
無礼極まるその軌道に私もまた跳躍。ブーストのパワーも加えたアッパーをその胸部へ叩き込み、エナジー・ソードウィップを発動する。
コアは外したか。ダメージで骨格と装甲の隙間から激しく明滅する光からそれを認める。それはそれで良し。このまま頭を無くした巨体の自由落下を押し返し、人のいない方向へ放り出す。
剣から鞭へと切り替えたエネルギーを辿ってねじ曲げた軌道を追跡。木々をなぎ倒して墜落した首無しのダイノボーグのあばら骨に、足から落ちてやる。
地面と私の全重量とのサンドイッチ。これに耐えかねたフレームが音を立ててひしゃげる。そうして飛び出した骨の一本をソードウィップに引っかけ折り取ってやる。
我が手に収まった金属骨格。これに私がエネルギーを流し込む。するとひしゃげ曲がった棒切れだったそれはみるみるうちに短くも鋭い杭のような短剣に。
これも波動エネルギーによる金属変異の応用だ。人のままではプロトスティウムへの変換がせいぜいであるが、本来の姿である今ならば、形まで変異させるほどに物質への支配が及ぶのだ。
そうして変異させた短剣をあばら骨一本を奪った事でできた隙間へねじ込む!
確実に心臓部を貫いた事で、首無しダイノボーグの各部が暴走を始める。
制御不能に溢れだしたエネルギー。これで自壊を始めたダイノボーグだが、私は手を緩めない。化石からの復活、さらには首を失ってもまだ動くようなヤツ相手に、やりすぎになる事などあるものか。
というわけで突き刺したあばら骨の短剣を通じてダメ押しのエネルギーを直流し。これでもう二度と復活出来ないよう、一度バラバラにして、その後は重ねて融かしてプロトスティウムの大インゴットに変えてやろう。
そうダイノボーグの末路を定めた私は止めのエネルギーを流し込む。これを引き金にして私の腕の埋まった機体は、バラバラに崩れて今度こそ完全に機能を停止する。
コアを破壊してしまったのはもったいないが、暴走し続ける鉄の獣を放置するよりはずっとマシだ。
こうして勝利した私は足下を埋めるフレームと装甲をひとまとめに片付けに。その作業を行う私に近づいてくる者たちが。
「レイア様、もう大丈夫、何でしょうか?」
「ああラーズか。頭を潰しても動いていたのには驚いたが、今度こそ間違いなく仕止めたぞ」
私のこの姿を知る少年神官が代表して問うのにうなずけば、非戦闘員の皆に安堵が伝わっていく。
しかしその中でただ一人、坊っちゃん指揮官だけは膝をついて項垂れたままだ。
それに私は足音を抑えて歩み寄る。
「……そんな、復活させたアレでパサドーブルを、スメラヴィアを攻め落としてやろうって……」
私の接近にも気づかずに、お坊ちゃんはぶつぶつと独り言をこぼしている。
なるほどそういう企みか。まあ悪くない計画だったのでは無いか?
コントロールができたかどうかも怪しく、私というより強大で理性的な存在があったという点に目を瞑れば、であるが。
ともあれ反逆である。それも領民を、従士の身内を贄にしての計画だ。自供に加えてもうひとつ確実な証拠を揃える必要があるが、父に突きつけてやればルザンを穏便に私の管理下に置ける可能性もあがってくる。
もっとも、贄にされかけた面々の前で吐いてしまったので、生きて交渉の場に連れて行けるかは怪しいが。
まあ最悪首が取れていればどうとでもなるか。忠節を裏切られていた兵たちにも、その身内にも鬱憤晴らしは必要な事だからな。
「彼も好き放題にやったのだ。皆も好きにするといい」
そう私は宣言して、人が使えるサイズのプロトスティウムの棒を放り出す。
これを受けてまずアランが棒を手に取り、その子達、同僚達が続いて凶器を手にしていく。
そして茫然自失としたままの坊っちゃんを取り囲んで私刑を始める。
恨み言と鈍い音と、それにかすかなうめき声。これらの重なりが絶え間なく続く。
守る力もなく、恵みを与えるどころか災いを振り撒き、恨みを買った為政者などこんなものだ。民への裏切りへの対価としては妥当なものだろう。
実際のところ、仁政が膨らんだ流言で崩壊するように、為政者側が誠意を持っていようがこうなる道はいくらでもあるのだがな。
「ギャアアアアッ!?」
そんな私の考え事を一際大きな悲鳴が遮る。思いがけぬ大声に目を向ければ、そこには胸を地面から伸びた結晶体に貫かれた坊っちゃん指揮官の姿が。そして串刺しになった彼の肉体は金属へと変異しながら土の下へ引きずり込まれていく。
「皆、離れろッ!!」
袋叩きの陣形で固まった者たちに避難を促し、ゆるゆると開いたその中心に私は焦れったさをぶつけるようにフラッシュブラスト。
しかしこうして掘り起こした地面の下には、坊っちゃん指揮官の遺体も、結晶体の本体も、それらしい残骸すらも残されていなかった。