22:自業自得の決別よ
晴れ晴れとした陽射しが降る街道。
整備の甘さが目立つルザン郡の中にあって、馬車や軍を通すメインルートなのだろう、それなりに均された道を私は行く。
その私の後ろには影を踏まぬように続く少年神官ラーズと、生け贄にされかかっていたのを助けた者たちを乗せた馬車が続いている。
「あの、本当に良かったんですか、レイア様?」
「良かったとは? 私は私に不都合のある事は何もしていないが?」
「で、でもその……こんな馬車を用意させるような御布施を出していただいてしまって……」
「なんだそんなことか。ラーズも見ていただろう? 元手はわたしの波動程度、タダ同然だ。私の懐は何も痛くはないぞ?」
「いえでも……あんな、袋一杯のプロトスティウムの粒々……同じ重さの大粒砂金でも十袋出して釣り合うかどうかですよ?」
恐縮しきりのラーズだが、本当に私にとっては大したことが無いのだから仕方がない。
ダイノボーグとの戦いの後、私は郡内で最も大きなエピストリ神殿に移動。保護した者たちの移送を依頼したのだ。ただし移送役の一人はラーズを指名。神殿側には護衛の伝書神官の増員と、非戦闘員である人々を乗せる馬車の手配をさせる形で。
その際にラーズの引き抜き代も含めて渡したのは、爆散したダイノボーグの頭。それを覆っていた装甲の一部。それを私が質を上げ、さらに砂状に仕上げたモノだ。
出どころを保証する文書は、当然私直筆なのだからなんの問題もない。
こうして財力のごり押しでもって、私はこの一団を作り上げ、大手を振って我がレイア領への帰路についているというわけだ。
そんな私たちの前方にこちらへ進んでくる集団がある。計算通りに現れた騎馬に率いられたその一団を認めた私は後方の馬車に合図。街道の隅に寄せて、スピードを落とさせる。
そうして道を開けた私たちの横を冠持ちの旗を掲げた一団が通りすぎようとして――
「お前たち!? どうして……」
「お父様!! ああそんな、生きて……無事でいたのですねッ!?」
我々と彼の一団の一部からどよめきが上がる。
ふむ。やはり思った通り。贄にされそうになっていたのは、私が声をかけて躊躇いつつも好感触を見せていた元捕虜達の縁者であったか。
そうなれば当然――
「父上! 亡くなったものと聞かされていたのにッ!!」
「これはいったい……何があってこんな事に……」
アランもまた子ども達との再会となるということだ。しかし亡くなったと聞かされていた、か。丁重に生かして帰したというのに、どうしてそんな話になってしまっているのだろうな? まあ誰がどんな話を作っていたかはだいたい見えているがな。
「しばらくぶりだなアラン。彼らは私が保護させてもらったのだ」
「……あ、貴女は……ッ!? そんな、まさかどうやって先回りをッ!?」
当然直に顔を合わせたのだから、傭兵風を装っていようが程なく気付かれるのは当然。そしてまた私がこの場に居る事に対する動揺が広まるのもまた当然のことだ。
「大したカラクリではないさ。単純にそちらの行軍をはるかに上回る速さで駆けつけた。それだけの事だ。騎馬と徒歩の混成で、それなりの大所帯であればそれはもう足も鈍る事だろうに」
「そ、それはそうでしょうが……たしかにレイア様の騎乗術も見事で、愛馬も快速でありましたが……しかし、だとしても……いや出来ている以上はやれたということにはなるが……」
アランが頭を抑える一方、乱暴に人垣をかき分け出てくる者が。それはもちろん、このルザン郡を継承したばかりだという坊っちゃん指揮官だ。
「どんなカラクリだろうとどうでもいい! 貴様! 俺の領民を連れ回してどういうつもりだッ!?」
まったく、相変わらず鼻息荒くこちらを指さしてくれるものだ。いくら若様卒業したてとはいえ、こんな感情むき出しではとてもやってはいけまいが。
「どうもこうも、我が領土で仕事と食事の世話をしてやるつもりだが?」
「そんな事が通るか! 俺の兵が引き抜きをかけて、それが出来なかったからってその家族を拐って強引に抱き込むつもりだなッ!?」
「なんと人聞きの悪い。私は邪教団の生け贄にされかかっていた彼らを助けて、帰る宛が無いと言うから私の土地で世話をしてやろうとしているまで。それに引き抜き交渉の旗色はそんな小細工を必要とするものではなかったはずだがな」
「邪教団だとッ!? な、何をバカなッ! そんなモノを領主として野放しにする訳が……!」
「ほう! それは良かった。なにせ彼らを竜の骨の餌に連れ出したのは、貴殿の紋章を掲げた正規兵だったと聞いたからな。そちらの言うことが本当なら、彼らは化けて騙っていたということになる」
私のこの言葉に空気がどよめく。
当たり前だろう。坊っちゃん指揮官の言った事がただの上っ面のごまかしであったとしても、真実であったとしても大問題なのだからな。
前者である場合は言うまでもなし。後者であったとしても、手続きに必要な紋章旗や印を奪われるなり偽造を許しているなりの管理問題になるのだから。
頭に血が上りやすく、指導者適正を著しく欠いたこの男にもそれは分かっているらしく、返す言葉も無く歯噛みしている。
「……そ、そんな事が信じられるものか! お前に我が領民を拐わせてたまるものか!」
ふむ。私の主張のすべてが嘘であると。そう来るか。そうするしかあるまいな。だが足掻くだけ己の首を絞めるだけ。もうそちらは完全な詰みに入っているのだからな。
「では貴殿の領民に選んでもらおう。私の庇護下に居続けるか、それともそちらが虚偽の命令でやられたのだと言う、没収された土地に戻るのかをな」
苦し紛れに飛びついてきた坊っちゃん指揮官は、私のこの提案に青ざめた顔を周囲に向ける。当然だろう。これまでこの男の積み重ねてきたやらかしを見て、仕え続けようとする者などいるものか。
「お、おいお前たち! 俺を信じないのか!? こんな女を、反逆者を選ぶって言うのかッ!?」
かつての主君に冷ややかな目を向けて、身内共々私の後ろに回っていくルザンの従士たち。
パサドーブル州における私の立ち位置も振りかざして考え直しを求めるが、立ち止まる者は誰もいない。そう、アランでさえもだ。
「お、お前まで俺を見捨てるってのか?」
「……御家に大恩ある身ですが、我が家を……我が子の行く末を思えば、貴方に我が忠義をお預けする事は出来かねます」
すがるような若様の声を振り払ったアランは己の親族達を庇うように私の傍らに立つ。
「配下に誠実に応えていれば、ここまで忠誠を失う事はなかったろうに」
「大身なれば非情な判断を強いられる事もございます。それゆえに情に流されず、割り切る様にと教えられ、それを我らも糺せなかったのです。あの方だけの責ではありません」
忘れずに旧主へのフォローを入れるとは、まったく義理がたい男よ。こんな忠臣を手放す事になるとは、現行のルザンに未来は無いな。
「お、お前さえ……お前さえいなければッ!!」
そして独りになった坊っちゃん指揮官は、やぶれかぶれに私へ踊りかかる。が、それは私の側についたアランら元ルザンの従士達に取り押さえられる。
そして旧主の腕を後ろ手に極めたアランは痛ましげな顔で囁いた。
「もうおやめ下さい。いずれはルザンに収まらぬほどに大きく身を立てると大望を語っておられましたが、事ここに至っては……」
大きな良い望みを抱いていたものだが、その願いを納められるほどに器を育てて来なかったようではな。
だがそんな現実から目を背けるように坊っちゃん指揮官は頭を振り回してもがく。
「うるさい! 俺が、こんなところで終わるかッ!! こんな形で終われるかよッ!! 俺はパサドーブルを……スメラヴィアを支配してやるんだッ!!」
半狂乱に叫び語られる野望。これに導かれたかのように、地響きがこちらへと迫るのだった。