21:もったいない幕切れ
カロカロと喉を鳴らして跳躍した融機恐竜。やすやすとすり鉢地形の底から縁まで跳び上がったその巨体はまっすぐにラーズと生け贄候補だった者たちへ。
が、そうはさせん。
ヤツの後ろ足や牙が木々の合間に紛れようとするラーズらに届くよりも早く、私の蹴りが装甲に覆われた頭蓋骨を横殴りに。
「慌てず急げ! くれぐれもバラバラにはぐれるな!」
瞬く眼の光信号を交えた避難命令を重ねる鉄の女巨人に、ラーズは戸惑いつつもうなずき、我々の目線を遮る森の中へ人々と共に身を隠す。
熱源感知視覚なり何なりを使えば見えてしまうが、それでもやらないよりはマシ。それに森の中にあって逃げる人を牧羊犬のように後ろから誘導出来ているのは素晴らしい。
さて、ラーズと彼に任せた民の事はともかくとして私の相手か。
メカ恐竜はよたついた機体を二本足の踏ん張りで支え、足形のついた顔面を軽く揺すって私を睨む。
なるほど、分かってはいたが従う気はまるで無しか。誰ぞ、かつての世界の同胞の意識でも宿っているのでは無いかとも思った。だが、この初見の油断ならぬ敵を警戒する獣の素振り。これは私の同類では無く、影響を色濃く受けただけ、意識があったとしても断片的すぎてこの爬虫類の側に飲まれたということだろう。
そう分析した私に、メカ恐竜――面倒だから仮にダイノボーグと呼ぶか――それは喉鳴りからの火炎弾を吐き出す。
対して私は両目からのフラッシュブラストで相殺。これで飛び散った光の突き破る様に鋼の牙が。私はこれをスルリとかわしてヤツの首根っこを抱えつつ、手首からのエナジー・ソードウィップを突き刺す。すかさずスラスターのパワーも重ねて地面に叩きつけ。だがこれで終わりではない。横倒しになったその機体へ馬乗りに、突き刺したエナジーウィップを頭絡と手綱代わりに絡めつかせてやる。
叛くのはいい。ダイノボーグに復活の力を与えたのは私の選択だ。それを見事に利用してみせたまでの事。だが叛いたからには鎮圧に動かれる事も、それを退ける手だても考えておくべきだろう。
そうしてエナジーウィップからコントロールにかかれば、メカ恐竜は飛び跳ねるように起き上がって私を振り落としに。
ふん。腰回りにジョイントなどの固定するものはなく、ゴツゴツと角張った装甲同士の干渉で置き所もないこの状況。例えるならば鞍も鐙も無いロデオか。だがこの程度で私を振り払おうだなどと、甘くみられたものだな。
手綱代わりのエナジーウィップを絞り、両足で胴体を締め上げる。レイアの肉体がまだ幼いころでも気性の荒い裸馬を乗りこなした私だぞ? 手綱があるだけこの程度といったところだ。
それでもダイノボーグは屈すること無く飛び跳ね身をよじっては背中に取りついた私を振り落としに。首を捻って背中へ火炎弾を放とうともしてくるが、それは私が手綱捌きでやらせはしない。
ならばとダイノボーグは周囲の地形に目を付け、層を描く大地の壁面に自分もろとも私を叩きつけようと。
大重量と大地のサンドイッチ。それは避けたいと私はエナジーウィップを伸ばしてヤツの背から跳び降りる。当然やってくるだろう蹴りを警戒して広めに間合いを開けてだ。
対してダイノボーグは美しい地層を打ち崩しながら、私に向かって火炎弾を。それも放ち損なった分をまとめたのか、結構なサイズのをだ。
これを私は冷静にジャンプ回避。避けた先にあるのがヤツに吸い尽くされた遺体しかない以上、またわざわざ相殺してやる理由もない。そうして浮かんだ私はスラスターとエナジーウィップの巻き上げで加速。地面に埋もれたダイノボーグをさらに蹴り埋めてやる。
反動を受けて飛びのいた私に遅れて、すり鉢状の地形が崩壊を。ヤツの埋もれた地点を中心に土砂と、それで根っこを掬われた木々とが雪崩れ込んでくる。
当然こんなものに巻き込まれてやる私ではない。スラスターを吹かしてのジャンプでもって崩落する地形から離脱する。
そうして鉄巨人の重みを支えてを揺るがない地面を踏んだ私の正面ではもうもうと土煙が。これがやたらに広まらぬ様、周囲の気流を支配して崩れた地形の上に流してやる。すると緩やかな窪み程度に埋もれてしまった、すり鉢祭壇の跡地が姿を現す。
せっかくの復活も、逆らう相手を間違えたばかりに再び化石化の一途へ。そんなダイノボーグの末路を示すかのように、崩落の収まった大地はしん……と、静まりかえっている。
が、その程度で私を騙せると思うなよ?
私は油断無く地面に伸びたエナジー・ソードウィップを引く。すると当然ヤツに絡めたままだった先端はその頭を引き上げる形になる。
果たして土砂を吹き飛ばして現れたのは装甲をまとったダイノボーグ。首をもがれるのを嫌って私に食いつこうと迫る大顎だ。
これを私は手綱捌きでもって地面に横倒しに。地響きの余韻が足裏を撫でる中、私はまたエナジーウィップをヤツの頭にもう一巻き。さらにその鼻っ面を踏みつけてやる。
デカイだけの単純な出力ではどうすることも出来ない、絶対的な力の差。それをここまで見せつけ分からせてやっても、ダイノボーグの私を睨む目に屈服の光は無い。
「どうあっても私に叛くつもりか」
この私の問いかけに、ダイノボーグは威嚇するように喉を鳴らして私を睨む目を激しく明滅させる。
うむ。その意気や良し!
そこで私は踏みつけた足で蹴飛ばすようにしてバックステップ。同時にヤツを縛りつけるエネルギーの手綱を外してやる。
これはほんの気まぐれ。決して絶えぬ反逆の意思を尊重した私なりの慈悲だ。
これで大きく仰け反ったダイノボーグは、やはり私に背を向けることはなく、ギラギラとした反骨の輝きを私に向けて火を吐いた。
渾身のパワーを込めたのだろう、これまでで最大の火球。これを私は伸びっぱなしのエナジー・ソードウィップで切り裂いてやる。
その間にダイノボーグは土煙を巻き上げ、埋まったままだった下半身を地上へ。合わせて振るった尻尾で岩を私に向けて打ってくる。
対して私は機体を変形。カーモードに折り畳んだ機体でもって岩を、尻尾ノックの勢いにブレーキをかけるヤツの足元をすり抜ける。
そしてすれ違いざまにチェンジ。後ろを取った私に気づいて尻尾を振り下ろそうとするヤツの足元を目からのフラッシュブラストで爆撃してやる。
これに足を滑らせた所で、私はヤツの首にエナジーソードを。姿勢の崩れを迎えるように打ち込んだそれはやすやすとダイノボーグの頚椎ジョイントを両断。そうして分離したボディと大きな頭が、それぞれに重々しい音を立てて着地する。
すかさずに私は地に落ちたヤツの頭に、首落としをしたのとは逆のエナジーソードを突き刺す。するとどうか、光の刃に縫い止められたメカ恐竜の頭は口の端から火を噴き出して爆発四散。最後っ屁のつもりに含んでいたという事だろう。
そうして頭をロストした事で、横倒しになったダイノボーグのボディもまた、纏っていた装甲やパーツを脱落させていく。
結晶体の心臓部はたしかにあばら骨の奥に健在だが、頭脳である頭部を分断、破壊してしまえばこんなものよ。
「しかし、まったくもったいない事だ……」
最後まで従う意思を見せなかったためとはいえ、配下に出来なかったのは惜しまれる。せめて遺った心臓部とプロトスティウムを有効活用してやるしかあるまい。
だから私はやがてこの地を手に入れる時まで何者かの手がつかないようにするために、ダイノボーグの胴体を土の中に封じるのであった。




