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19:唐突に飛び込んでくる手がかり

 ひょんな事から私の人としての名と力の一端をラーズに明かす事になったのだが、そこからは早かった。

 何せ同行者に隠す理由は消えたのだから、ニクスの車内に、あるいは腕に乗せて走ってしまえば良いのだ。

 そうして馬車などよりもずっと速く、かつ直線距離で行ける足を解禁した私たちは、ラーズの抱えていた文書をすでに配達完了していた。

 そうして文書配達の御勤めを終えて帰還する風を装って、届け先の町から少し離れた街道。そこで少し早めの野営を支度しているところだ。


「で、問題はここから」


「受け取ったヤツらがどう動くか、それが本題だからな」


 坊っちゃんが本拠に残した古参に泣きついて、私へのリベンジにと軍備拡大に動くだけならそれはいい。私の息のかかった流通網から物資を滞らせたり、引き抜き工作を拡大したりで足を引っ張ってやれば良いだけの話だからな。

 だがそんな、ある意味まっとうな話ではあるまい。


「中身を見ていないかとラーズ相手に疑いをかけていたからな。剣呑な空気をまるで隠せずに」


「ニュク……じゃなかった、レイア様が後ろについていなかったなら、僕を捕まえていましたよね」


 うむ。明らかに後ろ暗い文書を受け取った者の態度だ。

 配達するメッセージを覗き見てはいけない戒律のあるエピストリ神官だが、破戒神官はどこにでもいる。しかし幼いまであって見るからに真面目な見習いにまでかける疑いではない。

 にも関わらずという辺り、よほど漏らしてはいけない機密を運ばせたという事なのだろうな。私が捕らえようが無いほどの実力差を見せつけてやらねば危なかった。

 ラーズに運び手を任せた上役の神官も、こうなると承知していたのでは無いか?

 確たる証拠は無い容疑だが、仮にそのつもりだとしたなら、ラーズも私の領地に引っ張ってやった方が有意義に生きられるだろう。

 ともあれ、坊っちゃん指揮官の送った文が、私が粉をかけた兵たちやその縁者を害するものでなければそれでいい。


「で、話してくれる気にはなったかね?」


 そう私とラーズが目を向けた先には縄でガッチリと縛り上げられた兵が一人。ラーズと私たちの監視か、必要なら口封じをするつもりだったのだろう。街道まで尾行してきた男だ。


「話すったってなんのこったい? オレはただアンタらを見張るように頼まれてただけだぜ?」


「姿形はしっかりと装えているが、これまで持っていたのは失敗だったな」


 私の持ち上げて見せたもの。紋章入りの短剣を目にして雁字搦めの兵は声を詰まらせる。

 何の情報も持ってない雇われもの。そう演じようとくたびれ傭兵に扮した格好は見事なものだ。なんなら汚しをやりきれず、気品が出てしまっていた私の女傭兵姿の上を行くと認めてもいい。だが身分証明に必要なモノを、隠しもせずにぶら下げていたのはな。密かに見張るための変装としては片手落ちもいいところだ。

 まあ身元が確かで無いものの扱いがあやふやで、疑わしきは投獄か抹殺なんてのも珍しくはない以上、手放せないという事情と心理もわからないでもないがな。預けたモノが盗まれたり横流しにされたりという事例にも事欠かないわけであるし。個人の固有波動を読む波動識別法という確実な個人識別の術もあるにはあるが、こちらも安価な普及には程遠いところであるしな。


「これでもまだとぼける気かね? なぜ私たちを見張っていたのか、それを命じたのはこの紋章の持ち主で間違いないのか。そこのところを聞かせてもらいたい。他にも打ち明けたい事があったらいくらでも聞かせてくれてかまわないのだぞ?」


 彼から取り上げた剣を、その紋章の入った柄尻を見せつけるようにしながら、私は自白を促してやる。これに傭兵に扮した男は冷や汗を浮かべて目を逸らす。


「だ、だから……な、なんの事だか、オレはいい仕事があるからって紹介されただけで、その剣だってたまたま古道具屋に置いてあったヤツで……」


「強情な……どうします? 軽く痛めつけて口の滑りが良くなるようにしますか? 僕もまだ治癒の術は使えますから、ギリギリのラインを攻めても行けると思いますよ」


 ますます臨時雇いらしからぬ口の固い兵だったが、ラーズの口から飛び出した拷問を匂わせるセリフには目を剥いている。

 神官の、それも見習い少年が放つにはあまりにも血なまぐさい言葉に驚くのも無理は無い。だが力のある組織の一員だぞ? とくに街道の野盗を日常的に相手取るエピストリ神官だ。それほどの不思議はあるまいが。

 言うが早いか、猿轡用の布に細いがしっかりとした紐、鉄串にメイスと手早く準備をはじめたラーズを、私はひとまず手で制する。


「待て待て。まだ、まだだ。それは最後の手段だ」


 拷問してでも情報を得る必要があること、それは認める。だが拷問は痛みから逃れるために吐かれたその場しのぎの嘘が混じり、不確かになる事例が往々にしてある。何よりも暴力はちらつかせるまでならばともかく、実行してしまえば決定的なラインを越える事になる。

 だからまだ早い。早めに用意があるとちらつかせたのはいい仕事だが、まだ実行までする段階ではない。

 その辺りを噛んで含めるように言い聞かせれば、ラーズは道具を並べたところで手を止めてくれる。問われる側だった兵も合わせて安堵の色を浮かべている。が、私がそんな善人に見えるか?


「さて、改めて尋問の続きといこうか。お前はコレの本来の持ち主ではないし、依頼人からも詳細を聞かされていないから話せる事は何もない。それがお前の主張だったな? それならば私はお前にもう用は無いのだが」


 こう確認を挟めば、傭兵風の男は安堵の笑みを深めながら何度もうなずく。


「ではお前を始末して、これを部下に渡しただろう冠持ちに届けるとしよう。何らかの理由で遺失した品であるなら本来の持ち主か、その遺族からは謝礼もいただける事だろうしな。そんな失せ物運びをやるというのも悪くは無い。なあ?」


「ああ、そうですね。賊からの剥ぎ取りもそういう御勤めになってるところがありますし」


「ふむ。では金銭の謝礼があれば私には路銀の補填分だけで構わん。後はエピストリ神殿への布施にするとして、この短剣の本来の持ち主とその回りから何か情報が得られないか探って見るとしよう」


 拷問はしない。しないがここで始末する。しかも尋問を身内にやる。ここまで匂わせて傭兵風の男は一気に顔を青ざめさせる。


「わ、分かった! それは本当にオレの持ち物なんだ、変装してるけどオレは本当に冠持ちの家の従士なんだよ! アンタらの監視と始末も上から命令されたことなんだ!」


 うむ。急激に滑らかになった口から一気に情報を吐き出してくれたものだ。主家への恩や忠義はあったとしても、それには先に自分と家族たちを守ってくれる保証があっての事だ。ここで切られてでも家を、身内を守ってもらえる信用がなければこうもなる。

 チラリとラーズに目を向けたなら、この態度の変化を引き出した私に小さく拍手を送ってきている。そんな大した事ではないが、尋問にも色んな攻め口があるのだということは覚えておいて損は無いぞ。


「なるほど。で、私たちを見張る理由までは知らされて無いというのは本当だな?」


「ああ本当だ! こんな逆に捕まるかもってヤツに肝の情報は話さないだろ!?」


「道理だな。切る尻尾にはらわたを詰めているトカゲなどいないものだ。ではこの領内で妙な動きは無いか? どんな些事でも構わん。知っている事を話せ」


「な、なら助けてくれ! 失敗したってバレたらオレも家族も生け贄にされちまうよッ!?」


 唐突に飛び出したこのセリフに、私とラーズは顔を見合わせる。

 生け贄とは、なんとも穏やかでない話だ。詳しく正確な情報を得るべく、私はこの男をなだめにかかるのであった。

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