18:賊と大差なしではな
「ちくしょう! どこへ行きやがったッ!?」
「クソッ! 目が、目が痛えッ!」
「探し出してガキも女もぶっ殺してやれ! 要るのは手紙だけなんだからよ!」
砂埃を目眩ましにして木陰に隠れた私は、ラーズを抱えてヤツらの口汚いやり取りを盗み聞いている。
ラーズの持つ手紙。坊っちゃん指揮官から出された何かしらの命令書だと踏んで張っていたが、それを目当てに奪い取りにくるヤツが出るとはな。
私も行動半径が広いとはいえ現在は単独行動だ。すべてを張れる訳ではない。別口で先に届いた文があったのか?
いや分散していたとして、それならそちらだけで完結するようにするだろう。考えられるのは先に出していた密命があって、その合図と名分となるのがラーズの持つ手紙だということか。これも何を企み仕込んでいたにせよ回りくどさが過ぎるか。
「殺す前にお楽しみはして良いよな?! ただ消しちまうだけじゃもったいねえよッ!!」
「あんなデカ女が趣味かよ!?」
「良いだろ? タッパも乳もケツもでかくてよ!? ああいうのが泣きわめくのが良いんだよッ!!」
「じゃあガキの方はオレたちでもらっちまうか!」
「まったくお前ら、お楽しみはいいが皮算用はほどほどにしておけ!」
これが冠持ちの旗を預かる正規兵か嘆かわしい。が、どこもこんなものか。私が略奪と殺戮、姦淫を禁じ、充分な報奨と認可慰安を約束する軍規を整えていなければ、我が軍とて私という後ろ楯を得た野盗の集団となっていただろう。
スメラヴィアの、いや少なくとも私が知る限りの記録の中では現在の軍など実態としてはこの程度よ。略奪の収益と狼藉が慰みと臨時収入として暗黙の認可をされている状態で、それを求めて参陣するような飢えた獣の集団だ。人間という魔獣の集団なのだから、当然の話であるがな。
「大丈夫かラーズ?」
「は、はい。ニュクスさんのおかげでケガはしてません」
気丈に答える少年神官だが、震えがこちらの腕に伝わってきている。この先どう動くにしても少し落ち着けてやった方がいいか。
「それはいい。ラーズはこのまま勤めを果たすといい。届け終えてしまえばあの連中から狙われる理由は消えるのだからな」
まあ、宛て先での安全までには確信は無いが。しかしこの提案にショウは首を横に振る。
「そんな……ニュクスさんはどうするんですか?」
「もちろん殿をやるさ。そちらの安全のためにも目を引かねばならんからな」
「いけません、いけませんよそんなの……! そんなニュクスさんを犠牲にするだなんて……」
おおっと、そっちか。
ヒートアップしかけたラーズの口元に手をやり制する。ここで息を止めてしまいそうになるあたり、まったく素直な少年だ。
しかしまさか私を心配したとは。本気の本気はもちろん、肉体一つでの全力も見せてはいないとはいえ、この程度の連中に遅れを取ると思われていたとはな。
その驚きを素直に伝えてやる。が、ラーズは安心するどころかますます顔を険しくさせる。
「何を言ってるんですか。ニュクスさんが並の腕じゃないことは重々承知ですよ。ですけど戦いに絶対なんてあり得ないじゃないですか」
なるほど道理だ。
私とアレらが戦ったらば実際として象とアリの戦いであるとして、それを知らねばこういう判断にもなるか。ましてや成り行きとはいえラーズの側が雇い主の形だ。いざという時には盾にすべき護衛とはいえ、無責任に放り出せないというわけか。うむ。幼くしてなかなか持てる心がけではないぞ。いやむしろ青い潔癖さゆえに出てくる面もあるが。
「そうまで離れがたいと言われては仕方がない。届け先までキチンと護衛をまっとうさせてもらおう」
「ニュクスさん……!」
「そのために少々見せねばならないものもあるが、それを知ってしまえばラーズはますます離れがたくなってしまう事になるが、構わんな?」
私の確認に、ラーズは当然ながら意味を呑み込めずにきょとんと。そこですぐそばにまで草を払い踏み倒す音が。
「見つけたぁ!!」
そうして顔を出したヤツの兜頭に光の刃が。その出どころは私の手首。手の甲側だ。
エナジー・ウィップソード。ニクスレイアとして持っている私にとって何よりもこなれた武装だ。
軽い手首の返してしなる刃の先にかかった雑兵を放り投げる。当然声に寄ってきたヤツらも出会った隊員が無事で済むとは限らん程度の覚悟はしていよう。が――
「し、死んでるッ!?」
「頭一突き……!? 兜があっても即死かよッ!?」
一撃で仕留められているのを見せつけられれば浮き足立つというもの。
そこへ唸りを上げて駆けつけるモノが。
唸るほどにタイヤを回し、風を引き裂く音を立てて迫ったそれは棒立ちの兵士達を撥ね飛ばす。
手足の関節を増やして兵士らが宙を舞う中、四輪の乱入者はその機体を展開。目に光の無い女鉄巨人に変わる。
もう一つの私の機体もまた両手からエナジー・ウィップソードを発動。突進で生き残ったのを薙ぎ払う。
そうして一瞬で生み出された血みどろの絵図を背に、私はラーズに向かい合う。
「これが私の使える力のほんの一端であるニクス。そして私自身の本当の名はレイア。レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスクだ」
「トニトゥル……って四氏のッ!? それも辿れば皇家に繋がる……この州の領主様じゃないですかッ!? じゃあ、貴女はそこのお嬢様ッ!?」
突然に正体を明かした私に、ラーズは混乱しながらも理解した一点にその場に跪こうと。が、私はそれを手で制する。
「その家に叛いた身の上だ。もっとも、父の寄越した討伐軍をコテンパンにのして下克上の途上であるがな」
「……そんな方が、どうしてこんなところで傭兵に化けているのです?」
一拍の間を置いて静かな声音で質問を投げてくる少年神官。うむ、いいぞ。努めて動揺を抑え、さらに冷静に思考するためのお題を求める。歳不相応なほどの優秀さは上辺のものではないな。
「ここから出た兵に見所があるのがいたから引き抜きをかけていたのだがな、それが若様から御当主に変わったばかりのには気に食わなかっただろうとな。もし私の引き抜き工作が原因で、欲しい人材やその家族に累が及ぶような事は避けたいだろう」
アランらが心置きなく我が下に参じるには必要な仕事だ。まあしかし家族を害するような動きがあるのならば、それは歓迎なのだがな。元の主従関係に楔が打たれる。さらにこちらで上手く保護できたのならば引き抜き工作はやりやすくなるしな。
そんな裏の思惑を隠しての説明に、ラーズは自分の預かった文を庇うように私から後退り。こうなっても無理は無いが、わざわざ奪ったり盗み読んだりするつもりは私には無い。メリンダ先生をはじめ、エピストリ神殿からの信を失うコストとリスクに見合っていないからな。
ともあれ、警戒するラーズを刺激しないように、私は分隊の焼却もすませたニクスを背後に、揃ってこちらから一歩後ろに下がって見せる。
「確かめたくは無いか? その手紙を届けた結果、何が行われるのか。こんな連中が奪いにくるほどのその文書の配達。これが無事に果たされたその先を」
ラーズの仕事を邪魔するつもりは無い。むしろその先に起こる事態の対処に来たのだ。先の言葉と合わせて主張すれば、ラーズはおずおずと、しかしたしかに私に向かって歩み寄ってくる。
「そう、ですね。僕が何を運ばされているのか、そこに興味は出てきました。それにニュ……じゃなかったレイア様がその気なら、僕から奪い取るのはいつでもできたはず。だから届けるまで助けてくれるつもりだったのは本当みたいですから」
「もちろんだとも。ラーズも手元に欲しい人材だった、というのはあるがな」
そうして私は、迷いを帯びつつも差し出された少年の手をしっかりと掴むのであった。