16:女傭兵ごっこ
返還した捕虜を連れた一団。彼らから怪しい手紙が放たれた事を聞かされた私は、その手紙の行き先へ単身急行した。
我がレイア領と同じパサドーブル州内のルザン郡。こちらで捕らえていた坊っちゃん指揮官。彼の生家が治める土地だ。
州を同じくするとはいえ、ここまでどんなに馬を急がせても五五日程はかかる。そんな距離のあるここへ、早馬が出た報せを聞いてから追い抜き先回りするのは無理がある。影響力を手広く持ち、方々に手下を持つくらいでようやく不可能ではないくらいだろう。もっとも、それは普通であれば、の話だが。生憎と私に常識は通じない。
彼らが馬を休ませるなり乗りかえるなり、人馬共々に息を入れなくてはならないところ、私は同等以上のスピードで走れるニクスを無休で走らせれば良い。さらに四駆で厳しい悪路はニクスレイアの二本足で跳ね駆ける事で踏破。極力に直線を描くショートカットも可能なのだ。
こちらも普通に可変機構のある車両を用いたとして燃料補給にメンテナンス。乗り手の休息が必要不可欠であるが、そこは元々が機械生命体たる私。この程度で異常をきたすような構造はしていない。
そんな訳で私はあっさりと早馬を追い抜き、寄り道した上で女傭兵に扮して待機しているというわけだ。
道中結構な数の山賊をその根城もろともに叩いて来たが、道中の兵も賊どもも我が領地でなくてよかったな。いくら我が手が届いていなかったとして、こんなにものさばっていたのを見つけてしまったら、賊を根切りにするまで終わらぬ軍務を命じていたところだぞ。
それにしても、ちょいと街道を踏み外せば顔を合わせるようなあののさばり様で、父もその下の領主たちもよく治安が維持できているなどと言えているものだ。
賊がのさばればそれは治安の悪化。そうなれば流通路も死に、国力は衰えるばかり。それが分からぬはずもないだろうが、これ以上の治安を保てるだけの軍を養う力を持てていないということか。治安維持だけが仕事でないというのもまた然りであるからな。
だがしかし、これでも父がトップに立つパサドーブルは比較的マシな部類のはず。それもこのルザン郡も例外でなく、軍馬の生産と育成を産業として成り立たせた、皇国内筆頭の騎兵持ちの武門の領。であるならばもっと治安のひどい州がざらにあると言うことになる
まったく、これは改革のしがいがあるというものだ。皇国の秘めたるポテンシャルを存分に引き出してやらねばな。
しかしこうなると素晴らしく、そして気の毒なのはエピストリの通信神官達だ。
各地に点在する神殿を経由させたリレー形式を採用しているとはいえ、いつ襲われるかも分からない道を機密文書を抱えて走らなくてはならないのだから。
騎乗の技術に、荷を安全に抱えて駆け抜ける体力。そして蔓延る賊を退ける武力。どれも一朝一夕で身につくものではない。私とて今の世界に限らずかつての世界からも成果を得るのに根気のいる仕事を請け負っているのだ。その労苦は察する事が出来る。
機密に触れるその性質上、高位のものはなかなかの権益を得てはいる。中身覗きの戒律破りもままある事だ。そんな風神神官で御座いと名乗りながら、淀んだ毒風に成り下がった者たちは別として、そんな連中に使われてしまっている者たちは本当に哀れだ。
彼らのためにも、いずれは危険からも腐敗からも可能な限り遠ざけてやらねば。腐って甘い汁を啜ることを夢見て、雌伏の時を堪えている連中には気の毒だがな。
さてずいぶんと話が横に逸れたが、サイズの合わない鎧をパッチワークに、私には少し短い剣を提げた私は、ただいまそれでもって街道に出た野盗を切り伏せた所だ。
「危ない所だったが、大事無いか?」
「は、はい! なんとお礼を言っていいか!」
私がベルトに吊るした鞘に血ぶりした剣を納めて問いかける。その先で頭を下げるのは若い、いや幼いまである少年神官だ。
彼は血に汚れたメイスを杖に立ち上がって、血を流して痛む脚を震わせながら懸命に謝意を伝えようとしてくる。
「なんの。負傷した様子だったから駆けつけたが、それさえ無ければ凌ぎきれていた事だろう。大したものだ」
実際私が切り伏せたのもほとんどが負傷していた。蝶の様に舞うエピストリ流戦闘法の要である脚をやられていなければ、撃退か、少なくとも逃げ切る事はできていただろう。良い才覚の持ち主だと言っていい。
しかしそんな私の言葉に、少年神官は首を横に振る。
「いえ、脚運びを封じられたのは僕の不覚です。精進が足りませんでした。貴女という幸運の風が運ばれて来なかったのなら、僕はお預かりした言葉を賊の手に落としていた事でしょう。エピストリ様にお仕えする身として恥ずかしい限りです」
まったく生真面目な。いや、幼く教えに純粋であるが故か。
こうやって襲われる実例もあるように、賊からしてもエピストリ神官の持つ荷はそれなりに狙い目であるからな。貪欲な連中であれば内容から揺する事もあるだろうからな。もっとも、そんな舐めた真似を許し続ける冠持ちはまずいないがな。
さてまた話が逸れたが、ともかくこの場は彼を保護しなくては。
「とにかく無事に終わって何よりだ。勤めを果たされると良いだろう。治癒の波動法は? 使える余力は残っているか?」
「え、あ……いや、その……お恥ずかしながら、血止めが精一杯のようで……」
体格差と負傷を庇う姿勢。それを埋めるため身を屈めて尋ねてみたら、この反応である。
その泳ぐ視線が、よくよく流れ着く先はと言えば……ははぁん。なるほどそうかそう言うことか。
自転車操業な女傭兵を装っているとはいえ、いやだからこそか? ともかく私のメリハリの利いたボディは少年神官は刺激が強すぎたか。なかなかに愛で甲斐のある反応をしてくれる。
「ふむ。では君さえ良ければ目的地まで護衛しよう」
「し、しかし……いや申し出はありがたいのですが、これは神官としての勤めで……それに自由に出来るお金は……」
「なに、報酬など気にする事はない。こう見えて幼い頃に風神神官には手解きを受けた事もあってな。その返礼というか御布施だとでも思ってくれればいい。足が歩くに辛いようならおぶって行ってもいいが?」
ほれ、と背中を向ければ、彼は顔を真っ赤にして言葉にならないなにがしかを吐き連ねながら首を横に振る。
まったく純真な事よ。気づかぬフリをして少しばかり踏み込んだらこれだ。まあやり過ぎて機嫌を損ねても面白くはない。魅了して遊ぶのもほどほどにしておかねばな。
「ふむ。自力で歩いてこそ勤めか。その心がけは感心だが、風向きの巡り合わせに乗るのもまた肝要という教えもあるだろう。横から支えるくらいにさせて貰おうか。いや一人前の神官様に失礼をした」
「う、あ……いや僕はまだ見習いの身の上で……いえ、ありがとうございます」
おんぶの姿勢を止めて横に並びかけた私に、少年神官は頬を赤らめたまま礼を。ふふ。平静を装ってはいるが、私には見えているぞ。チャンスを逃した事を悔やんだその一瞬が。だが悔やむことは無い。
足に体重がかからないよう、横から半ば抱える形になる。
「ひょ、わ……お、お姉さん……! こんなッ!?」
「うん? 怪我人が遠慮する事などないぞ」
目を白黒とさせる少年に笑みを向けて、私は彼の目的地までの歩みを助ける。
そうだとも、遠慮するような事は何もない。彼の持っているだろう手紙のその先を確かめる。それだけで私が次に取るべき動きが固まるのだからな。