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13:アタリがあるまでやるべきをやるだけ

 微風に波立つ水面に日差しが照り返しての銀の輝き。

 その眩しい湖面に風切り音と、小石を投げ込んだような水音が。

 光を跳ね返す微かな波紋の中心からは糸が。そしてその根本は私、レイアの握る竿の先、そして手元の巻き上げ機、リールに繋がっている。

 私が仕掛けと繋がった巻き上げ機を緩急をつけつつ回せば、沈むような手応えが。これに合わせ、竿をしならせる引きをいなしつつ、巻き上げを続ける。

 やがて糸と竿を絡めての格闘に疲れたモノが水面を割って私の目の前に。

 それは大きなトラウトだ。私の半身程にも届くなんとも食べごたえのありそうな大物だ。

 術を操る魔性の類いではなく、湖の主たる魔獣はもちろん、漁の成果として人々にも良く食べられている魚だ。

 釣り上げたこれだが、私が確保するなり控えていたミントが抱きつくようにしてかっさらい、血抜きからの下拵えを始めてしまった。


「捌くところまでやらせてくれても良かったろうに。調理するのもまた醍醐味なのだぞ」


「美食の探究もそれを振る舞うのも良い趣味だとは思います。が、それはそれで別の機会にお願いいたします」


 と、まったく取り合ってもくれない。これでは私でなくては捌けない魔獣の類いを狙うしかあるまい。

 それを狙っても答えてくれるのがこのルシール湖の恵みだ。単純な面積でも国をすっぽりと収めてしまいかねない程に広いこの湖は、水産に水運にとまさに我が領の生命線と考えて良い。

 私が治めるまでは主たる大鰐の魔獣ルシルデストロムのために、精々が沿岸部での細々とした釣りくらいしか出来ず、それなりのサイズの船で荷を運ぶのも運任せな所があったがために、父以前の領主には要害以上の意味は見いだされていなかったのだが。


「おお、そうだルカ。これをお前付きの部下たちに渡しておくように」


 ふと湖主ルシルデストロムの事を考えた事で思い出した品が。それを渡すつもりだった部下に呼びかければ、彼は食いついていた焼き魚を片手に私の元へ。


「なんスかコレ?」


 ルカがその犬耳を立て、匂いを嗅ぎつつ怪訝な顔で私と見比べたのは金属の板だ。サイズとしては片手の平に収まる程度のもので、細かな文字を彫刻したそれはまあ、一見しただけでは何なのかは分かるまい。


「試しに作ってみた波動具だ。魔獣使い向けのな」


「はぁッ!? 波動具!? いやそれは込められたキーナから感じてましたけども、俺達テイマー向けって?! 試しに作ったってッ!?」


 耳を忙しなく動かし、眼を白黒とさせるルカ。そんなに慌てずとも使う前に説明するとも。

 彼に渡したこの波動具は魔獣のコントロールを補助する効果を持たせたものだ。

 もっとも、魔獣の側を縛って隷属化させるものではない。テイマーの側が身に付けてその安全と指示に従わせやすくするタイプになる。

 その効果をもたらす仕組みというのもまた単純で、この波動具を身に付けた者にニクスレイアの波動を纏わせるというものだ。

 虎の威を借る狐と言ってしまうと聞こえは悪いが、代理人が高位の者から預かった委任状を突きつけるようなものか。

 これでテイマーとして力不足であっても仕事をさせられる事だろう。まあまだ私の試作品が生産解析用の実物を含めた数点できたばかり。大量生産にはまだ時間がかかることだろうが。

 と、説明を締めくくって私は竿を一振り。メタルルアーを湖へ飛び込ませる。


「……なーるほど。人のレベルが足りないなら装備からってワケで。ウチの訴えてきたことマトモに聞いてくれてたんですね……」


「失礼よルカ! レイア様ほど我々に心を砕いてくださる君主はいらっしゃらないと言うのにッ!!」


「良い良いミント。ルカの能力に甘えて、彼に魔獣牧場の負荷が集中している状況を打開できなかったのは私の失策なのだからな」


 それにこんな釣ってその場で振る舞っているような時だ。示しをつけるような相手もいるまい。


「いや話が分かるよなぁレイア様は。下からの話ってなかなか受け止めてくれる方はいないんだよなあ……っと、そんな方にさっきの物言いは失礼過ぎるか。すまんかったです」


「言い方! もう、レイア様はなにかと甘過ぎます!」


「私も時と場合の切り換えは求めるぞ? それも含めての有能さであるしな?」


 軽口を続けていたルカも、憤慨するミントと私の流し目を受けて息を呑む。そうして気まずげにまた一尾釣り上げた私の手元に目をやってくる。


「レイア様のそれも新作の波動具なので?」


 お、話を変えたか?

 まあ気まずい気分で居続けさせる気もないが。

 しかし私の釣具が波動具とはな。


「この一式に波動の仕込みは何もしていないぞ。充分な品質の部品を組み立て、適切に使えば誰でも作れるし使える。そんな品だ」


「はえー……エサも無しに釣りが?」


 まあエサ釣りしか知らないと意外な思いになるか。だが別にそれだけなら珍しくもないだろう。


「これは巻き上げて動かさねばならないが、魚を騙せる疑似餌ならいくらでもあるものだ」


「実際釣れてるワケですし……そんなもんなんですねぇ」


 私は今光の反射で小魚に誤認させる物を使っているが、虫に似せた毛針なんて物だってある。環境や獲物次第ではあるが、生の餌が必要不可欠ということは無い。それは釣りに限った話では無いがな。


「じゃあその小さな巻き上げ機もただのカラクリ仕掛けって事になるんです?」


「ああもちろんだ。もっとも私手製の特製品だがな」


 噛み合ったギアを手動で回す単純な作りのリールだ。耐久性を求めてニクスの中でパーツを作って組み立てた物であるから、この精度と耐久力を同等サイズと重量で再現するのはまだ難しいだろう。

 何せ同一構造の解析用サンプルと違い、私用のリールはキーナイトをたっぷりと含んだ、ニクスレイアの構造材であるプロトスティウム製。部品のすべてを神秘金属とも称されるそれで作ってあるのだ。

 世界に満ちる波動エネルギー。その純粋結晶というものがこの星にも存在する。

 かつては私を含む同胞(機会生命体)の生命の源であり、戦略資源として争奪戦の要因ともなったそれは、周囲の金属をより強靭にする性質がある。

 波の如き色彩の揺らぎを見せるようになったその変質金属。これはその美しさと強靭さ、純粋結晶を生み出す程の波動キーナの集積地と、鉱物資源の噛み合わせが必要となる稀少さ。これらの要因から大変に珍重されている物質だ。

 それを釣具の素材にするなどとんでもない。と普通はなるだろう。が、私にとっては爪切りやら散髪やらの後に出たもののような感覚なのだ。

 ニクスレイアがそもそも純粋波動をこの身の内に持っているのだから。

 かつては破損した部位を別の素材で補った際に調節する例もあった。今でも肉体レイアで持った銀食器をプロトスティウムに変換する程度造作もない。

 まさに生まれ持った錬金術とでも言うべきか。もっとも、加減を間違えば経済に大嵐を巻き起こす事になるのは確実だが。

 間違わねば問題ないのだ。間違わねばな。


「……さて、捕虜交換の交渉もそろそろ持ちかけられる頃かな?」


「父君の動きが遅いのが気になりますね。軍は無意味な包囲を続けたままで、攻め寄せては来ていないのでしょう?」


「スローターホーネットからは広々とした狩り場で獣狩りして異状なしって報告が上がってるよ。ヘクトルさんの偵察からも同じですよね?」


「うむ、違いないな。しかし私を基準にすれば父の動きが特別遅く感じられるのも無理はない。が、州すべてをまとめる大身ともなれば不思議はない。私が舵を取ったとて今の私ほどには動けまい」


「そんなものでしょうか。レイア様なら剛腕振るってなんとでもしそうですが」


「私をなんだと思っているのだ。やるとしても必要にかられて、最小限度に、だ」


 私がこう言ってもミントとルカの目は胡乱げなまま。

 解せぬ。

 ともかく、大身であればあるほど腰は重くなる。が、動かす方法は無いでは無いのだ。

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