12:真っ向から打ちのめしてやろう
「いやはやよく晴れたよく晴れた。催し物には良い日和だ!」
快晴の空を見上げて喝采の声を放つ私へ、全方位からの歓声と拍手が押し寄せる。
我が身を押し潰す津波のようなそれは、練兵場に設えた観戦席、そこに集まった我が民の熱狂が生み出したもの。
そう。私は捕虜たちからの試合の申し出をこれ幸いと、民に見せつける催しとしたのだ。
急も急で準備期間はほんの数日という短さ。その為に会場も設備も何もかもが流用も流用という有り様だが、振る舞い飯と前座試合に対する民の強い満足感を感じられる。
「私としては雨が降り続いて延期になれば良いと思っていたのですが」
しかしまあ十割が十割満足できているというわけではない。
話の流れで急な闘技会の準備に追われた者たちにはずいぶんとしわ寄せをくれてやってしまったし、傍らでぼやくミントのように私が坊っちゃん指揮官らと試合をすることそのものに不満を抱いているものもいる。
「そう言ってくれるな。まさか私が手傷を負うとでも思っているわけではあるまい?」
「そんな心配はしておりません。そもそもが無礼千万な下手人をその場で切ってしまえば良かったのです。わざわざこのような戯れを執り行う必要などありません」
まったくピシャリと言ってくれる。まあ私の戯れであることは否定しないが。
「しかし仕掛けてくる程度、そしてハンデつきとはいえ試合に乗ってくる程度にはなめられているわけだからな。思い知らせてやらねばなるまい?」
「まあ!? 戦場のレイア様を見て? しかも直々に落馬させられておいてですか?」
「馬と弓さえなければどうとでもなるはず。そんな可能性にすがっているのだろうさ」
この私の言葉に、ミントは信じられないと対角を。そこには鎧盾でガチガチに身を固めて模擬の槍や弓を携えた捕虜たちが。なお、副官のアランと数名は参加を辞退してこの中にはいない。
そんなフルメンバーでないとはいえ、武装を揃えた彼らに対する私は木剣の大小二本。防具もズボンとシャツだけで鎧は無し。
まあ普通に考えれば捕虜側が必勝となる人員と武装の差だ。
「ですが、皆が賭けているのはレイア様の勝ちのみ。これではゲームになりませんね」
ミントがつぶやく通り、我が民はよく分かっている。だがやはり博打が成立しないのは良くないな。
「どうする!? まだハンデをつけるか!?」
「侮るなッ!! 現状でさえ無様なまでの差がつけられているのだぞッ!? これ上にさらになど間抜けにも程があるッ!!」
しかし坊っちゃん指揮官は私の申し出を一蹴。まあそうだろうな。いくら戦においては犬とも畜生とも言われても勝つ事が本分と言われようが、この有り様でさえ武門としては恥さらしも良いところだろう。
まあ、向こうは仕込みが充分なつもりなのかも知れないがな。
それならばミントを下がらせてショーの始まりとしても構わんか。
「では始めようかッ!? 用意は良いかッ!?」
「いつでも良いとも! その余裕面、すぐにひっぺがしてやるッ!!」
面を剥がしてやると来たか。まったく物騒で野蛮な。かつての世でそうやった上で私の首をはねたのが、この世界で秩序を司る神々のリーダーだというのだから笑える話だ。
と、笑っていては向こうも余計に気分が悪いか。場にいた非戦闘員が引っ込んだのを改めて確認。試合開始の合図を鳴らすように指示を。
そして響く銅鑼の連打。この残響のくっきりとした中、私の耳は背後、観客席からの風斬り音を捉える。
これを身を翻しての木剣で払い、すぐさまにジャンプ。
この泥を跳ねての高い高い跳躍で、こちらを見上げて顎を落とした対戦相手たちを見下ろす事に。そうして派手に見せつけつつ敵の真正面へ。彼らが己の企みの失敗に気づいて盾を前にしたところへ木剣の長いのを突き入れる。
技術も何も無い苦し紛れの防御。そんなもので私の突きが防げるわけもなく、盾持ち兵は吹っ飛ぶ勢いのままに後衛を巻き込んでいく。
壁の一枚を食い破った私は敵陣のさらにその奥。槍持ち兵の握ったのを左の短いので叩き落としてやる。そしてその奥で坊っちゃん指揮官が指示棒代わりに振り上げていた剣を弾き飛ばす。ついでに鎧の上から膝を入れ、うめき声を尾とした砲弾にして壁へ。
そうして頭を潰してから、残る連中も立て直しの間を与えずに叩きのめしてやる。
「まったく呆気ない。必勝の仕込みはアレだけか? 失敗した際の二の手、三の手の備えもしていないのか」
倒れた兵たちの中心で呆れの声を浴びせてやれば、観衆からは爆発的な歓声が。まあ傍目には倒れた順序が分かる程度で動いたからな。私が場外からの奇襲を避けて圧勝した事実は良く見えた事だろう。
さて、倒れた試合相手はともかく、私を狙った矢は……ふむ、試合用の軟らかなオモリではなく鋭い鏃のものか。試合相手である自分たちを囮にこの矢で暗殺しようという企みだったのだろうな。まあ多少武芸達者な姫騎士殿であれば通じた手だろうが、相手が悪かったな。
「この! よくもあんなマネを!!」
「大人しく前に出ろッ!」
そんな分析をしていたところ、観衆を割って怒鳴り声に押し出される者が。
我が兵に後ろ手に抑えられた彼らは案の定、試合に参加していなかった捕虜たち。アランを除いたその全員であった。
「矢を射かけたのはやはり!?」
「はい! 短いのを隠し持っていました!」
兵の返事と共に試合場に投げ込まれる使い古しの騎兵弓。
「なんて奴らだ!」
「レイア様が試合を組んでくれたのを良いことに暗殺をッ!?」
「卑劣なッ!!」
観衆から口々に上がる捕虜らへの批判の声。
これを見越して泳がせていたが、ボルテージの上がり方は想像以上だな。
「良い! 皆の気持ちはありがたいが、勝利のためにすべてを尽くすのも武略! この私の慢心に付け入って取れる手段を取った事は見事!!」
こうフォローを入れれば、民からの野次は一応は勢いを落とす。
しかし慈悲ばかり見せてもいけない。
「しかし、外から参加した以上はその射手らもまた参加者だ。試合場へ入れてやれ!」
この指示に皆一度は引っ込めた怒りを表に、兵も民もなく射手を担いで放り投げる。
「さてどうする? 持っている武器が拳だけならば私も無手で相手をするが?」
弓も短剣も取り上げられ、丸腰で放り込まれた彼らに問えば、皆両手を上げて後退り。しかしその背を観衆達の拳が打つ。
そんな彼らを追い詰めるように、私は一歩間合いを。
「レイア様ッ!!」
この警告の声が響くが早いか、私は身を翻して木剣の短い方を投擲。襲撃者がこれを払い損ねたところへ一気に踏み込む。
「粘り強いと見るべきか、差を実感しても学ばないと見るべきか……」
剣の根と木剣を噛み合わせての鍔競り。この密着した姿勢で私の言葉を受けたのはもちろん坊っちゃん指揮官だ。
私の押し込む木剣は彼の首筋に食い込み、兜の革紐と肉の上から気道を塞ぐ。
酸素を求めて身を引こうとすればさらに押し、当然私を押し返そうにも彼の力では右腕一本にも足りない。
そうして押すも引くも出来ない状態のまま、彼は降参を告げる事も出来ずに青ざめ、口の開け閉めを繰り返す。
そのまま陸に上がった魚のように顔から生気を落として、坊っちゃん指揮官は自らの纏う鎧と私の押さえ込みに負けて潰れてしまう。
「さて、まだやる気のあるものは?」
戦闘不能を確認した私が試合場を見渡せば、残る者たちは揃って首を横に振る。
それを認めて私は歓声を上げる民たちに手を振り答える。
さて、ここで痛い目を見たことで私の力を覚えてくれれば良いのだが。