110:では味を見ておこう
さて外海を経ての取引であるが、一言で言えば「ポテンシャルは感じる」と言ったところか。
大きく間を開けた土地との取り引きであるため、互いに珍重されているものとありふれたものの噛み合いも良い。良い取引は出来そうだ。
特に南にある別大陸、マグナ大陸と名付けた土地とはその環境の差異からスメラヴィアどころかプライム大陸でもほぼ知られていないような動植物の宝庫で、心が躍るものがある。
互いの今後のためにも、外来種移入が起こす生態系の破壊には細心の注意が必要であるがな。マグナ大陸相手に限った話ではないが。
ここまでならば順調なように思えるかも知れない。
が、そこまでではない。先にも言ったがあくまでもポテンシャルを感じると言った程度が現状だ。
外海に漕ぎ出して手に入れた品々だけあって、どれも物珍しいと注目を集めてはいる。
だがまだそこまで。珍品止まりでしかないのだ。
需要としては好事家相手のコレクションアイテム以上にはなれていない。
貴金属や宝石、それらの工芸品であればそれでも良い。略取になるような事が無く、適正な利益を相手にも与えられるように厳しく監視しておけばな。
問題は植物の類だ。
革新的な、それこそ数億の人間を養い得る作物。新たなフレーバーを生み出す香辛料。それらの候補が観葉植物として扱われるような事などあってはならない。
「というわけで味を見ておこうと思う!」
「おおーッ!!」
「というわけで、とは!? いえ理屈は分かりましたけども!?」
ミントのツッコミを余所に、コック姿の私とメイレンは城の厨房にて拳を突き上げる。
手入れの行き届いた調理道具の揃った厨房にはところ狭しと木箱が積み上げられている。
もちろんその中身はスメラヴィアでは未だ用途不明の品々たちだ。
「楽しみにしていて良いぞミント。どう料理すればどうなるのか……予測しかつかないような食材がめじろ押しだ!」
「……ワクワクしてきた」
「私には不安しか無いんですけど!? メイレンと二人だけてハイにならないで下さい!」
そう言われても、山盛りの未知の食材があるというのに冷静になどなれるものか? 未知の感動が待っているのだぞ?
「いやわけがわからないよって顔を見合わせてないで下さい! お二人はともかく、未知の品々なんて口に入れるのも不安になる側の者だっているんですからね!?」
たしかにそれは間違いない。
未知であるということは、新たな致死毒の持ち主を見つけてしまう。その可能性もまたおおいに含んでいる。
だが問題は無い。
「大丈夫だ。毒があるとされているものは毒抜きを試した上で私が毒味をする。他の者に味見に回すのはその後に限るからな」
「細心の毒味を先に置くべき御方が言う事ですか!? 効かないのは重々存じてますけども!」
安心感を与えようとサムズアップする私に対する鋭いツッコミ。
うむうむ。いっそ舞台で私の相方として漫才でもやらせるか。
芝居や音楽とはまた異なる娯楽の開拓として悪くないやもしれぬ。
「それはそうでしょうけども。レイア様直々に舞台に立つのはダメでは? 面白さよりも不敬に問われる心配が勝って笑えないと思いますが」
またバッサリとやられてしまった。
だがまあミントの懸念はもっともだ。
私とて民衆人気は低くは無い。むしろ摂政位の為政者としては高い側だろう。が、それでも畏れも大量に買ってはいるからな。
道化の発展形として大衆向けの娯楽振興は進めるとして、今はそれと並ぶ食の、新たなる食材の研究である。
「だとしても、派遣した学者様らが知らないとした物を手当たり次第に送らせたとしてとんでもない量ですよ。コレが全部取引先では食用にされているんですか?」
「それだけでこんな量になるはずは無かろう。向こうで食用にされて無いものでも手当たり次第に運ばせた結果だ」
厨房を埋める品々を眺めて呆然とつぶやくミントであるが、私の返しに目を見開く。
当たり前だろう。向こうで食用にされている物だけを集めたのでは開拓になるまいが。
ありふれていながら未利用。そこにこそ鉱脈が埋まっているモノだ。
「じゃあ毒かも分からんじゃなくて、ホントに毒だから避けられているのもあるって事ですか!?」
「そのはずだぞ。それでも構わんとレイア様が命令していたからな」
「ああそうだ。そのように命じて派遣したぞ」
毒を含んでいようが、適切に除去出来れば可食部は安全に食べられる。そんな食材はいくらでもある。
実際に食料の発見の歴史というのは、毒味と毒抜き。その失敗と成功の積み重ねだと言っても良い。
毒だと知れている品。これをどうにか利用出来ないかと試みた先人の勇気には敬意を抱かずにはいられん。
その点私の場合、毒が効かないのに常人が食べては危険である事は調べられる。
まったく気楽に新発見の食材を試したり、毒抜きの試行錯誤を繰り返せて楽なものよ。
「というわけでメイレン。下準備の段階から毒抜きを試みて、段階別に分けている品もいくつかある抜けてないと見える品は後回しにな」
「道具に移っては本末転倒。承知しているとも」
「向こうでその下準備を命じられていた学者職人達にも感謝して下さいね?」
「もちろんだとも。未知の品々に真っ先に触れられるだけでも良いと宣言した慎ましい彼ら彼女らだが、そんな程度では私の謝意を示すには足りんからな」
向こうで研究や仕事が出来るように設備を整えさせ、そこで成果と時限不問の試行錯誤を行えるように手配している。
新天地に旅立つ程に好奇心と探究心にあふれた研究者や職人。
彼らにとっては、興味の赴くまま、閃きを得たままに試行錯誤を繰り返せる環境を用意するのが何よりの褒美になる。
そしてその過程で得られた様々な発見が、いつしか偉大な成果を上げるのだ。
その環境整備の一環として、設備の建設や研究対象の調達などなど、取引先の飯の種を作る事も忘れてはいない。
働いても食うに困る、命が削れるでは反発が生まれるのは当然。
その反発は原因である異邦人、特に目の前にいる駐留スタッフに向くのもまた自然。
いつ襲われるかも分からん。そんな環境ではとても安心して研究も出来まいが。
「ではレイア様。今日の所はこの干し魚とキノコをメインに。まずはただ戻しただけのヤツからどうぞ!」
「ああ。現地民から食ったら死ぬと言われたと報告に添えてあった品だな。さて食べられるようになってはいるのか……うむ、私でなければ死んでいるな!」
天日干しに、魚に至ってはキチンとワタも抜く処理をしているにも関わらず、口に含んだのからは毒が検出されている。
しかしこの感じ……身そのものに毒を含んでいるというよりは――
「魚の側は捌く過程で有毒部位を潰してしまった感じだな。別の切り身を試してみたい。キノコの側は生の状態との比較が出来ないので分からないが、さらに茹でこぼししてみるか」
「了解した。ではその方向で仕上がったのがこちら!」
「言われる前から用意してあるんですッ!?」
驚くミントだがそれはそうだろう。効率だけがすべてでは無いが、時短出来る所はやっていかねば試せる数が減ってしまう。
何せどの調理をどの段階までやっていけば安全になるのか。その段階にあるのだからな。
そんな訳で私とメイレンは手分けして新食材の毒抜きと調理。その毒味と味見を片っ端から進めていく。
そうしてかかる手間と時間別に分類をしていく作業を楽しむ事になるワケだ。
こういう趣味と実益を兼ねた研究が楽しくて仕方ない辺り、派遣研究者らも与えた褒美を楽しんでくれている確信が持てるな。




