105:誘いに乗って出てきたものは
未完成ながら空を飛ぶ巨大な鉄の船ペルセイース。
それに乗った大勢の元・刺客たち。そして実体化した託宣の神サンダーホイール。
これらを引き連れて戻った私、レイアは今獣人連合の領土端、魔人族の支配域に臨むところにいる。
長の試練を受ける旅からの無事の帰還を果たした私を見た獣人連合の各氏族代表らの顔といったらなかったな。
何せ旅立ちの時よりも随分な大所帯に。それもヤツらが刺客として差し向けたので構成されているのだからな。
鉄の飛行船ペルセイースやサンダーホイールに目を剥くものもいたが、刺客を抱き込まれたのを察した者どもと来たら、驚きの余りに肝が潰れてしまうのではないかというほどだ。
そんな中でも元から私の配下だったアジーンやベイジの面々は安心したやら呆れるやらといった風であったが。
ツァイリーは「そうでなくては面白くない」とのコメントを直にくれたな。
そんな訳で様々な反応に迎えられ、しっかりと獣人連合の者どもから理解を得られた私は当初の目的の通り獣人連合の後ろ盾としての存在感を見せつけにかかったと言うわけだ。
今はこの「獣人連合が主張する」領土の端にてニクスを前に出し、私が工事と警備の監督を担っての砦の増築工事中である。
みるみるに分厚く強固になっていく石の防壁を眺める鎧を纏う私の傍らで、同じ景色を眺めるアジーンが眉を寄せる。
「……これで刺激されて、攻め寄せて来たりしませんかね」
「充分にあり得る話であるな。これは動かねば将失格の挑発だからな」
「で、攻め寄せて来たのを真っ向からぶん殴って膝を着かせるってなわけですか?」
「その通り。痛みと敗北の経験は誰もを慎重にさせるからな」
私が味方した獣人連合。これがただ調子づいたと分からせに来たのなら逆に分からせてやれば良し。今現在の変化を知ってクレバーに立ち回るのならばそれも良い。
どちらにせよ手を出せば痛い目を見る、見るかもしれないと予測できれば、迂闊な攻めには出られまいからな。
それでも問題が無いではない。私から与えられた痛手に足踏みするようになったなら、逆に私が駆けつけられないタイミングでなら動くという事にもなる。そうでなくても動いて成果を、目標達成が出来るとの確信があれば攻めに出てくるということになる。
そうさせないための軍備の充実である。が、その堤は一方に勢力的、技術的な革新が起きる。あるいは為政者が分不相応な野心に突き動かされるなどしてしまえば、容易に決壊するものである。というのは歴史が証明するものだが。
そんな危うさを含んだ上、国力にも小さくない負荷のかかる競り合いにも、技術発展といったメリットは無いでもない。が、対するデメリットが大きすぎるので出来れば手早く決着をつけてしまうに越したことはない。
「さて、どう動くかな」
「向こうに潜らせた密偵からの報告では、レイア様がレイクハウンドに上陸したのを確認した段階で動き始めていたって話なので、程なく大軍でってところじゃあないですかね。何せレイア様はフットワークの軽い事軽い事。向こうも先回りは無理ってなもんで」
「それが私の強みであると自負しているからな」
アジーンの予測も妥当な所であろう。
まあ軍というのは動かそうとして即座に動かせるものでもない。実際には暗殺失敗の報告を受けてからの備えていた第二プラン実行、といったところであろうな。
さて、そのように予測を転がしている間に正面に狼煙が。
危急を告げるその色を見た私は、即座に工事の中止と防壁の奥への退避を命令。続けて稼働する防衛設備の備えを指示する。
そうして手早く敵の到着を待ち構える姿勢をとったところで、狼煙をかき消すような土煙が。
「いらっしゃいませってなもんですね」
「然り……新兵器も携えてな」
私のこの一言に、アジーンは小さな望遠鏡越しに土煙の根元を覗く。
「な……アレは!? レイア様やらサンダーホイール様……ッ!?」
外れんばかりの顎からそんなセリフがこぼれ落ちるのはまあ無理もない。
実際魔人軍に混じって、もっとも高くの土煙を巻き上げているのは角張ったシルエットの鉄巨人なのだからな。
「本人たちがここにいるのにそんな訳はなかろう。アレは模造品だ。良く出来てはいるがな」
太い金属の手足を振って歩く鋼の巨体。大きく開いた胸は枠で塞がれ、その奥には長耳の兵が座っている。
おそらくは組立型ゴーレム。それを騎兵のように有人でのコントロールする仕様に仕上げたものだ。
私を表向きにそういうモノだとして公表した事で、母国でも研究が進められている。それが私に対する対抗策としての一面を含んでいるのは言わずもがなであるがな。その中で上がったコンセプトに、魔人軍の先頭を歩むアレは良く似ている。
しかし組立だけでも一朝一夕で出来るモノでも無し。ましてや乗り手がリアルタイムにコントロールしているとはいえ、まともに歩ける完成度にまで持っていく事は言うまでもない。
ここ数日で流出した情報を基にしたものではあり得ない。長らく魔人軍の中では研究が進められていたということだろう。それを推し進めていたのが誰か、というのは気になるな。
「良く出来ているって、そりゃあマトモにぶつかったらやばいってなもんではッ!?」
「それはそうだろうな。あの歩様を見る限り、虚仮威しのハリボテの完成度ではあるまい。あの質量を活かした戦闘力は持っている事だろうな」
私の見立てに焦りを見せるアジーン。
たしかに良い出来だとは評したが、何を恐れる事がある。私の力は知っているだろうに。いや、私を知っているからこそか。
私の力を見知っているから私の「良く出来ている」の評が過大に膨れ上がってしまったと。
まったく早とちりも良いところではないか。
「出迎えるぞ。手隙の者で我こそはと思うものはついて参れ」
傍らのアジーンを含め、すれ違う者たちにこう声をかけつつ、私は出陣のための支度を整える。
車輪型の前立を備えた兜を加えて甲冑を完璧に。五人張と投槍めいた矢を満載にした矢筒に太刀も揃えての完全武装。そうして青鹿毛重種の愛馬に跨がれば、いつもの重装騎馬弓兵スタイルの完成だ。
本性はロボの合体ユニットでもあるセプターセレンの腹に足で合図を送り、開かれた石造りの門から私は馬蹄の音も高らかに。後に雷嵐と女ケンタウロスの紋章旗と各獣人氏族旗を掲げた者たちが続く。
そうして迎えに出た我々と、進行する魔人軍が平野で対峙する。
向き合った軍にお決まりの長々とした口上。これを挟んで向こうから重々しい足音が響いてくる。対して当方は馬上の私が鉄巨人に変形した私を引き連れる形で前に。
「これはこれは……音に聞くスメラヴィアの戦乙女殿であるか」
「いかにも。我に下った氏族と盟約を結んだ各連合に招かれてここにある。そちらは何用でこの地に軍を向けるのか。我が盟友からは彼らの土地だと聞いているぞ?」
鉄巨人の胸に収まった、褐色肌で長耳の男からの言葉に私は堂々と言葉を返す。国許ではそれなりの将の地位にあるその男は、私のこのセリフに肩を竦めて見せる。
「これは何とも驚きですな。獣たちは我々にこの地を差し出した歴史を忘れたと見える。我々としては獣らの越境行為に釘を刺しに来ただけのつもりなのですがね」
まあ向こうの言い分としてはそうだろうな。領境がキレイに分かれている事などまずあり得ん。
「ふむ。しかし私としては盟友の言葉を信じる他無いな」
「では致し方ありませんな。力づくにでも証明する他ありませんな」
決裂としては実に穏やかな声色。しかしそれに合わせて持ち上がった鋼の腕が出した合図は「やれ」の一言。これに私は鞍上からの矢をひとつ。鉄巨兵の投げた岩を放り投げたその腕諸共に射抜いてやる。
「然り然り。是非もなし」
この結果に絶句する魔人軍らに向かって、私は開戦を承知しつつ愛馬を砦に振り向かせるのであった。




