101:人材は手つかずのものや廃品から探す方がよい
愛馬セプターセレンに乗り獣道を行く私、レイア。蹄の音も高らかに進むその背中には突き上げるような視線が。
半ば呆れたようなこの視線は徒歩で供をするメイレンのものだ。
「レイア様、アレはダメだよ」
「ああそうだな、反省している。いくらお前たち兄妹が揃って手元に欲しくなったとはいえ、今の主の目の前で引き抜きにかけたのは礼を失していたな」
「レイア様が兄さんを評価してくれてるのは嬉しかったけどもね。兄さんのベイジらしく無さはそれはそれで伸ばすべきだと思ってたから」
悪癖が出た。そう素直に失敗を認める私に、メイレンもならば良しとばかりにタイゲンを評価した事への感謝を口にする。
いやしかし、我ながら欲望に任せてひどい失敗をしたものよ。
タイゲンには環境が合っていないと感じたのも本当であるし、素養と気質に合った、より伸びて活きるように仕上げるアイデアも持っていた。だが自分の下で何とかしてやろうとしているツァイリーを差し置いて、となってはな。
このやらかしで試合から多少は軟化した彼女の態度がまた頑なになってしまった。
今後引き抜きを仕掛ける場合は、互いになんの期待も持っていない。そんな冷めきったところに限定するようにしなくてはな。
さて、周りの心情はどうあれ私のやる事は変わらん。
よそ者として遠征先での支持と信用を勝ち取らなければならん。
試合で力を示し、国力増強のための方策の進行。この上にまだやる事があるのかと言えば当然。どれだけやっても充分ということはないとも。
そんな言葉遊びはさておき、今回私が臨むのは試練。いわゆる宗教的な儀礼というやつだ。獣人連合の各種族では伝統的に指導者の地位に就くには力示すことと、儀礼を通過する事による神の認可を必要とする。
「正直レイア様には今更なものでしか無いけどもね。やらなくても突破出来る結果は見えてるっていうか」
「そう言ってやる事も無かろう。スメラヴィアでも代々皇の冠は神殿の祝福を受けて戴くものだからな。こういうものはやったという過程が大切なのだ」
権力に宗教的な箔付けを。まあ例を上げるまでもなく古今にありふれたものだ。
スメラヴィアの戦女神、などと持て囃される私レイアであるが、所詮は武張った小娘としか見ない者がいるのは仕方ないところであるからな。
前の茂みに潜んでいる刺客とその雇主のように。
というわけで指先ほどのサイズの波動弾を指で弾いてくれてやる。
鋭く空を走った小さな光の弾は狙い違わずに潜めた殺意の波動を貫く。
小さな波紋がより大きな波に飲まれて消えるように、息を殺しながらもたしかに生じていた波の根源が弾けて消える。
これを受けて残る刺客たちが動き出す。しかしその方向は前後で真逆。襲撃と撤退の両極だ。
いやはや大したものだ。
察知されていると分かって、動揺するでも無く動くというのは並の訓練で到れるものではない。それも全員での玉砕ではなく、情報を抱えて撤退するものと、彼らを逃がすのとあわよくばの成功を願っての攻撃班にと分担が出来るとはな。
聞いていた情報からあらかじめ打ち合わせはしていたのだろうが、それにしてもだ。部下に欲しいくらいだぞ。諜報部の増員もしなくてはならないからな。
そんな事を頭の中で転がしつつ、私はさらに波動指弾を。
しかしその狙いは私に向かって来るものではなく、むしろその逆。木や岩などの遮蔽物の陰を渡り、素早く後退りをするお持ち帰りチームだ。
潜ったその遮蔽物を撃ち抜き、内側から弾けた波動でもって吹き飛ばす。
もっとも、土や倒木で抑え込む形に収め、生きている目があるように加減はしているが。
さて一方の襲撃者の側であるが、離脱班の壊滅にも構わずに、左右から二人ずつ刃を前に突っ込んでくる。
ふむ、毒に塗れた刃物。人間二本の腕のみ、しかも馬上であれば左右からの攻撃にもう一つあれば確実。しかも微妙に角度を変えての四人同時。油断のない、隙を生じぬ良い構えだ。私相手でなければ、だが。
突き出された毒塗り刃のうち、二つを私は指でつまみ、残る二本は鍔から斬り飛ばす。それをやったのはもちろんエナジー・ソードウィップだ。
我が手首から生じた自在なる光の刃。鼻先に走ったのか、覆面に隠した刺客が息を飲む。
まあ怖かろう。目の前に軽く動けば死をもたらすものがあるのだからな。
しかし私は光の刃を切り離し、つまみ止めた刃をその持ち主ごとに投げる。いつも矢弾を投げ返している要領でな。
突っ込んだのと同じかそれ以上の勢いで跳ね返っていく刺客達。まるで旋風に巻かれた木の葉の如く宙を舞った彼らに、私はエネルギー指弾を見舞ってやる。
これは狙い違わずに彼らの手に残した毒刃、そしてみぞおちに突き刺さる。
武器と同時に意識も折れた刺客たちはそのまま重なり合って崩れ落ちる。
「こんなあっという間に片付けられたら護衛役の立つ瀬がないなぁ」
「何を言う。今のお前は案内役兼の見届人ではないか。道中の難事も試練の一部として退けられないようではな」
「それはそうでしょうけど、実際にそこまで徹底して達成したのは歴代でもそうはいないんじゃなかったかな?」
自分に向かって来た刺客を蹴飛ばして、メイレンはその歴代の達成者とやらの名前を上げていく。が、そのカウントも片手で収まってしまう。
獣人らにとってはさぞ名誉な事であろうから、メイレンにも印象深いはず。後の行いで名を削られた可能性も否定はできないが、記録上はそれだけに留まっているのは間違いあるまい。
「そこに余所者が名を連ねてしまうのは申し訳ないな。私はただの達成者として周知するに留めておくか」
「いやいや。そんなインチキは私にはできないって。私は堂々と道案内と自分の身を守っただけだって言うよ? なんならその方がレイア様に箔がつくってもんだし」
「ミントには叱られそうだな。お互いに」
「そうなるとおっかないもんなぁ側近殿は。料理番兼指南役殿がついていながらなんという体たらく……くらいは言われてしまうかも」
「上手いじゃないか。よく特徴を捉えている」
渾身のモノマネに拍手を贈れば、メイレンは照れと自慢の半々になったような笑みを返しつつ、伸びている襲撃者たちをふん縛っていく。
「まあミントの剣幕を思うとおっかないが、それでもウソは吐きたくないな。特に武と飯の事で、さらに主君にも関わる事となればな」
喋りながらの作業であるが、その手際は実に機敏。覆面を剥ぎ取り、自害防止のための猿轡までしっかりと噛ませて、縄を打った者たちを我と我が愛馬の前に並べていく。
岩やら丸太を文鎮代わりに押さえつけていたのもいたというのにさすがだ。
「ともかくこいつらはどうします? 寝たフリしてるのもいるっぽいけども?」
メイレンの御裁きを求める声を受けて、襲撃者の何名かが顔を上げる。
未だに俯いているのも含めて、その顔はじつに様々だ。猫耳の者もいればネズミ風のも、さらにはフンドにベイジ、さらには尖り耳の獣人型でない魔人族までいる。
伏せての襲撃作戦に適性を持った者が選抜されてはいるようだが、特定の種族で固めずに容疑が分散するように仕込んでいるというわけだ。まあ暗殺のリスクマネジメントとしてはやって当たり前のところであるがな。
「どうするかなどと、お前も分かっていてこのように整えてくれたのだろうに……当然部下に誘うとも」
私のこの宣言に、メイレンがいつも通りだと受け入れているのに対して、襲撃者らは驚き目を見開く。
「そんなに驚く事でもないだろう。私が欲しいと思った人材に声をかけているに過ぎん。ああ、安心して良い。私に下るにせよどうするにせよ、今回の依頼主について吐くように強要はしない。なんならこの場は退いて仕切り直しをしても良いぞ? すべてはお前たちの判断次第だ……が、失敗の責を負って自害するのだけはやめてもらおうか」
その一言と共に私は指先を宙にくるりと。これで動いた波動が彼らの拘束を解く。
「では我らは先に進む。私に下るつもりならば姿を隠さずについてくるが良いが、好きにせよ」
そうして敗北を突きつけ解放した襲撃者を放り出して、私は愛馬と供のメイレンと前進。そんな我々の旅路に、続く足音が加わるのを私はしっかりと耳に入れるのであった。