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10:無駄な一足飛びは狙わない

 新兵器も投入しての戦から一夜明け、太陽も高々と昇った頃。私はラックス村の館の前庭からその太陽の位置と時季で、昼食の刻限が近い事を計算していた。

 パサドーブル州……いやスメラヴィア皇国はおろか、大陸中で知る限り、決まって昼食を取る習慣は我が領以外には無い。

 裕福な冠家でも朝夕の二食。貧しいところでは一食も怪しい。それが一般的な食事事情だ。

 だがそれでは力も出まい?

 労働のパフォーマンスを上げようと、飢えた者を鞭打つ事に意味はない。痩せ馬と健康な馬、どちらがより力強く、より早く駆けられるかなど言わずとも知れよう。鍛練で極限まで削ぎ落とした等の例外はあるかもしれないが。

 ともかく、労働の合間に適切に休息を挟み、栄養と英気を養って残る仕事に挑む。人に限らず生物の活動、労働の効率化を図る上で基本中の基本と言えよう。

 だと言うのに、ヒトは他人や時には自分に対してこれを無視しがちだ。

 休息を無視した過剰な追い込み。消耗品扱いの奴隷労働。これを瞬間的な無茶としてならともかく恒常的な無理として強いるなど、私としては無駄の極みとしか見えん。


「そうは思わんかね? 父の軍を預かった冠持ち殿よ」


 そう問いかければ、縄を打たれて草地に座した者たちは苦々しく顔を歪める。


「……こちらの補給を断っておきながら、よくもぬけぬけと……!」


「それに対処するのが指揮官の仕事だろう? 現に私は我が兵のため、そちらの街道封鎖に別口の補給路を確保したのだが?」


 父が圧力をかけた隣国との取引も多少形は変えたがつつがなく行われている。仮にそちらがうまく回らなくとも、ルシール湖の水運を利用すれば何も問題はない。仮に完全に包囲封鎖が成立したとして、我が方には蓄えもある。

 結局のところ、向こうの兵站が甘すぎるだけだ。

 こう切り捨ててやれば、捕虜の中心に座る男は歯ぎしり呻いて私を睨む。

 額や体のそこかしこに血止めの包帯を巻いたこの年若い男は、昨夜私が捕らえた指揮官だ。奪い取った長物で兜をゴツンとやって落馬させてやってな。

 家を継いだばかりなのだろう、功を求めて血気盛んに父に今回の戦を預けるように願ってきたのだろう。

 が、昨夜の決死隊を率いていたのはコレではない。その隣で眉根を寄せながらも蓄えた髭の奥の口を引き結んで押し黙る男。彼こそがただ一つの活路に賭け、動ける者を束ねて私に挑んできたつわものだ。

 早々に指揮官が落馬した状況でも騎馬隊を率いて取り戻すために戦った程の素晴らしい兵だ。

 私の策略で上から下からと散々に振り回されただろうに。その中にありながらただ壊滅させるで終わらせなかった。この男がもっと自由に采配を取れたのなら、また手ごたえも違っただろう。その確信がある。

 そうして敵方からの博打突撃に思いを馳せていると、ミントが先導する給仕たちが昼食を運んでくる。


「さて、捕虜をやつれさせたとあってはこのレイアの名折れ。私もこれから昼休憩でな。そなた達の分も用意させたから、話は食事をしながらとしよう」


 私のこの申し出に捕虜達は苦く険しい顔つきを戸惑い一色に。


「なッ!? 我々もここで……!?」


「き、期待するな! 一門か親戚筋の方々ならともかく、俺たち程度の捕虜を食わせるのなんざ大したものであるはずが……!」


 私の言葉と、私のテーブルに配膳される料理。これに動揺し、喉を鳴らす捕虜達に、坊っちゃん指揮官が叱責の声を浴びせる。

 その言葉は心外だな。切り詰めねばならない時にはともかく、私が食わせると言うのにそちらのダメ兵站での行軍食以下であるはずがないだろう。


「確かに、この私と同じものが食べられると期待させてしまったのは申し訳ないな。確かに施すのは捕虜向けの、我が民の昼食よりもグレードを落としたものになる」


 私の添えたひと言に、捕虜達は濃淡様々ではあるが明らかに顔色を落胆に染め、坊っちゃん指揮官はそれ見たことかとほくそ笑む。が、その表情は前に出された品で一気に驚愕に塗り変わる。


「う、うまそぉ……」


「な、バカなッ!? これが交換交渉にも使えないような捕虜に出すモノかッ!?」


 そんなに驚くほどのモノでもないだろう。彼らに出したのは兵糧攻めでカラカラになった腹を慮った雑穀粥だ。いや、彩りと香り付けの野菜に加えて栄養がつくように玉子といっしょによく煮込んでいるから雑炊、あるいはおじやと言うべきか? 名称はともかくとして、捕えて程なく振る舞った重湯を一段グレードアップさせた程度に過ぎない。

 と、このままでは食べにくかろう。私は手だけでも使えるようにしてやれと捕虜の縄を持つ兵達に合図を。


「断食明けであるからしばらくはこういう軟らかいのが続くが、我が捕虜である内はキチンと三食食べてもらうからそのつもりで。さあ、存分に味わうと良い」


 そう促して、私から率先して自分の分のサラダに手をつける。塩にハーブと香辛料を混ぜたオイルドレッシングをかけた季節の野菜。これが口の中で調和し、さらに食欲をかきたててくる。

 私の許しと口福を楽しむ様に触発されたのか、捕虜の衆も喉を鳴らして次々に木の匙と木の器に盛られた雑穀粥を手に取る。


「騙されるな! どうせ毒でも盛っているに決まっているッ!!」


 我も我もとのその動きに待ったをかけたのは若い指揮官だ。

 やれやれまったく何を的外れな。


「そんな手間をかけるメリットがどこに? お前達を殺すつもりなら昨夜のうちに戦場で撫で斬りに、そうでなくても捕らえた上で始末してしまえばいい。殺すために食事を用意するくらいなら、私はその食材を部下に振る舞うぞ。もったいない」


 明け透けにここで毒を盛る無駄を説けば、坊っちゃん指揮官は顔を真っ赤に唇を震わせる。


「若。ご令嬢の仰る事は本当でしょう。見せしめにするにしても観衆もおりませぬ」


 そんな坊っちゃん指揮官を壮年の副官が冷静に諌めて私の出した粥を率先して一口。毒見として見せつけるつもりもあったのだろうが、一口目を味わい飲み込んでからの匙の動きは早かった。

 これを受けて残る捕虜達も私の施しに匙を入れ始める。


「……もう若じゃない! 俺が当主だって言ってるだろうが……毒入りじゃないからって、純粋に食事を振る舞ってるって事はありえないだろ、何が狙いだって言うんだ……?」


 それでもなお坊っちゃんは、私に疑いの目を向けてながら自由になった手を泳がせる。

 思っていたよりも想像力はあるようだ。度量はともかくその一点は加点だな。

 まあ彼らに向けた私の真意など隠す必要も無い。率直に告げてしまった方が無駄も無いだろう。


「もちろん狙いはあるとも。私はそなたらを誘惑しているのだ」


 これを聞いた捕虜達はぎょっとなって食事の手を止める。飲み込み半ばでむせ込む者には水を出してやりつつ、食事は続けたままで聞くように促す。


「昨夜のそなたらの戦いぶり。あれで私は欲しくなったのだよ。我が軍に加わって、その力を存分に振るわないか?」


 直球の勧誘。これに捕虜たちは戸惑い混じりに顔を見合わせる。しかし仲間内の目配せの合間に私を盗み見る目には期待の色が確かにある。


「へ、へぇ……それは光栄な話で……しかし騎士である我々に主君を裏切れと?」


「そういう見方もあるな。しかし私もまたトニトゥル氏、ミエスク家の直系。正式な代替わりの前に仕える先を変えていただけの話では無いか?」


「それは詭弁では無いかッ!? そんな誤魔化しが通用するとでもッ!?」


「落ち着け。なにも今日この場で頷かねばならんと言うつもりは無い。直に敗戦を知った父からの使者もやってくるだろう。その話を聞いてからでも遅くはあるまい?」


 キレイ事を盾に言語道断と騒いだ坊っちゃん指揮官だが、明らかに迷っている。まあ引き抜きの本命はコレでは無く、無言で栄養補給を続けているベテランの副官なのだが。

 彼らにも言ったが、こちらも焦る必要は無い。じっくりと口説き落としてやればいいのだ。

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