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8、優しい味



厨房に戻ると、皆大忙しだった。

料理長も居なくなった上に、スープもなくなっているのだから当然だ。


「皆さん、聞いてください。料理長は、一身上の都合で職を辞しました。代わりの料理長を見つけるまでの間、私が料理長を務めます」


みんな、こんな忙しい時に何を言っているんだ? という顔をしている。当たり前の反応だろう。私は、洗い物しかしていない新入りなのだから。


「返事をしなさい! 王妃様に無礼ではないか!」


ローリーが、間に入ってくれた。


「王妃……様……?」

「どういうこと?」


戸惑う使用人達。


「最近、不穏な話を聞きました。誰かが、陛下のお命を狙っているとか。それを阻止する為に、使用人として潜入していたのです。けれど、料理長が辞めてしまった今、誰かが料理長の代わりをしなければなりません。幸い、私は料理を作るのが好きです。だから、私が作ります」


強引な話ではあるけれど、ブルーク公爵の娘らしい行動でもある。逆らう者は、誰一人居なかった。 厨房に来た初日に、野菜を洗うように言ってきた女性が真っ青な顔をしていた。こき使ったことを後悔しているようだけれど、彼女だけが私に用事を言いつけてくれたのだから感謝している。


私が料理長の代わりをすることで、これから先、毒を盛ろうと考える者もいないだろう。


「急いでスープを作り直します。スープは、じゃがいもの冷製スープ。急いでじゃがいもの皮を剥いてください」


何とか夕食に間に合い、メイドが食事を食堂へと運んで行く。 それを見届けて、ホッと胸を撫で下ろす。

ビシソワーズは、母が大好きな料理だった。私の一番得意な料理でもある。

使用人達には、私が料理長代理を務めることを他言しないようにキツく命じた。私の命令はブルーク公爵の命令だと皆が思っているのだから、命が惜しい者は他言しないだろう。

料理長を見逃したことも、その黒幕と手を組もうとしていることも父に知られるわけにはいかない。だから私が、料理長の代わりを務める必要があるのだ。


料理長がいきなり辞めたことについて、疑問に思っていても誰も口には出さない。料理長はすでにこの世にはいないのだと思っているからだ。

他の使用人は代わりがいくらでも居るけれど、料理長となると代わりを見つけるには時間がかかる。私が料理長をやりたくて、料理長の命を奪ったのだと考えているのかもしれない。勘違いしてくれている方が、やりやすい。


「片付けは私達がやります。王妃様は、お部屋にお戻りになってください」


ローリーが、私を気遣ってくれる。彼女には、重荷を背負わせてしまった。料理長のことを知っているのは、ドリアード侯爵とローリーだけだからだ。


「最後までやるわ。ローリー、今日はごめんなさいね」


謝罪の言葉を聞いて、彼女は目を大きく見開いて驚いている。何か驚くようなことを言っただろうか?


「私のような者に、謝る必要などありません。ですが、一言だけ言わせてください。王妃様は、もう少しご自身のことを考えるべきだと思います」


ローリーの言葉は、いつもアビーに言われている言葉だった。


「私のことを考えてくれて、ありがとう。こんな風に叱ってくれるローリーがいるから、私は幸せよ。私達には、同じ目的がある。これからも、未熟な私を手伝って欲しい」


アビーもローリーも、私は不幸なのだと思っているのだろう。けれど、そんなことはない。

愛する人の為に生きることは幸せだし、アンディ様が幸せになることが私の望みだ。それに、こんな風に私を思ってくれるローリーやアビーがいる。信頼出来る相手がいることは、何より幸せなことだと思う。


その日から、特に問題が起こることはなく日々が過ぎていった。

ブレナン侯爵については、ドリアード侯爵が調べてくれている。進展があれば、知らせてくれるだろう。


◇ ◇ ◇


料理長が王宮を出て、ロゼッタが料理長を務めるようになってから一ヶ月が過ぎた。

食堂では、楽しそうに食事をするアンディとリジィの姿がある。


「ずっと思っていたのだが、料理の味が変わったな。何だか、優しい味がする」


アンディは、スープを一口口に入れると、穏やかな表情で頷く。ロゼッタの料理が、お気に召したようだ。


「……アンディ様に、そのように仰っていただけて嬉しいです」


意味深なことを言い、リジィはハニカミながら笑顔になる。


「?? それは、どういう意味だ?」


リジィの言葉の意味が分からず、そう問うアンディ。


「実は一ヶ月程前に、料理長が辞めてしまったのです。代わりを見つけるには時間がかかるので、私が料理をお作りしています」


そう言って、可愛らしく微笑むリジィ。

それを聞いたアンディは、驚いてスプーンを持ったまま立ち上がった。


「この料理は、君が作っていたのか!?」


アンディはリジィを見つめ、彼女もまたアンディを見つめる。


「アンディ様のお口に合って、安心しました。料理は、昔から大好きだったのですが、いつか愛する人に食べていただくのが夢だったのです」


平然と嘘をつくリジィ。

彼女は、料理長が辞めたことも、ロゼッタが料理を作っていることも知っているようだ。


「そうか……そうだったのか……優しい味と、懐かしい味がする。君に出会ったあの日を思い出すよ」


懐かしむように昔を思い出しながら、料理に視線を落とす。


「嬉しいです。あの日、アンディ様と過ごした時間は、私の宝物です」


リジィは、あの日出会ったのはまるで自分だというように話している。

アンディが初めてリジィを訪ねた日、彼女は嬉しそうに、「あの日からずっと……お会いしたかった」と告げていた。



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