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6、厨房に潜入



紹介してもらったうちの一人は、厨房で働いていた。彼女の名前は、ローリー。ローリーはスイーツ担当だ。


「この三人は、今日から厨房担当になったわ。左から、クリス、アニー、ハンナよ」


ハンナというのは、亡くなった母の名だ。周りを見る限り、王妃だとは気付かれていないようだ。まさか、王妃が使用人に変装しているとは誰も思わないのだろう。


「「「よろしく……」」」


愛想のない挨拶をして、皆はすぐに仕事に戻って行った。仲良くなるのは、難しそうだ。


「ボサっとしてないで、さっさと野菜を洗って!」


女性の使用人が、野菜の入ったカゴを勢いよく私に差し出した。ローリー達は心配そうに私を見ていたけれど、「心配はいらない」と目で合図して野菜を洗い出す。

直に野菜に触れるのは久しぶりだ。王妃になったのだから、二度と料理に関わることはないと思っていた。スープの煮込まれるグツグツとした音や、野菜を切る音が心地いい。心地いいからと、気を抜くつもりはない。

野菜を洗い終えると、調理を終えた鍋などを洗う。


「次はこれを洗って!」


次々に洗い物をしている間に、出来上がった料理が食堂に運ばれて行く。

リジィを側室に迎えて以来、アンディ様とリジィは食堂で食事をしている。

私の食事は、アビーが部屋に運ぶ。リジィが王宮に来たことで、アンディ様の私室で眠ることはなくなっていた。アンディ様は、リジィの私室で朝を迎えているからだ。

父の命令だからと、アンディ様をリジィの私室に行かせないことは出来るだろう。けれど、そんなことをするつもりはない。


朝食、昼食、夕食の全ての時間に厨房で働いたけれど、今日は怪しい動きをする者は居なかった。

これから毎日、厨房で働く。この手で、アンディ様を守ってみせる。その為に私は、この王宮に居るのだから。


「ロゼッタ様、お疲れ様でした」


自室に戻ると、アビーが迎えてくれた。アビーには、誰かが訪ねてきた時の為に、私が居ない間は部屋に居てもらっていた。

メイクを落とし、着替えをすませると、ソファーに倒れ込むように腰を下ろす。


「久しぶりにあんなに動いたから、少しだけ疲れてしまったわ」


アビーが用意してくれたお茶を飲みながら、立ちっぱなしで疲れた足をさする。


「お揉みいたしますか?」


アビーも疲れているのに、そんなことはさせられない。


「大丈夫よ。それより、陛下にお茶をお持ちするわ」


夕食を済ませると、アンディ様はいつも執務室に行く。昼は父が目を通した書類に判を押す単純な仕事をしているだけだけれど、夜は国の情勢を毎日確認している。何もしてはならないと分かってはいても、国王として国を思っているのだろう。

私は毎日、監視という名目で執務室へとお茶を持って行く。


執務室のドアをノックして中に入ると、お茶を机の上に置く。アンディ様の視線が、私に向けられることはない。


「……毎日、監視する必要があるのか?」


視線を書類に落としたまま、アンディ様はため息混じりにそう呟く。


「これは、私の役目ですから。監視がお嫌でしたら、このような時間に執務室へいらっしゃるのは、おやめになったらいかがですか?」


私が何を言ったところで、やめることはないと分かっている。


「公爵に話せばいい。私は、それでも構わない」


やっと私に視線を向けた彼の瞳は、強い光を宿していた。愛する人が側に居ることが、彼を強くしているようだ。


「何か、勘違いをされていませんか? 操り人形の陛下に、何が出来るというのですか? 大人しくしていることが、陛下の御身のためです」


愛する人に、こんな酷いことを言わなければならないことが辛い。それでも、私はあなたを守る為ならなんだってする。


「それは、脅しか?」


アンディ様の目が、心底私を嫌っているのだと告げている。


「そうとっていただいて構いません」


どんなに嫌われようと、私はアンディ様を愛している。

そのまま、軽く頭を下げて執務室から出て行く。執務室から出てドアを閉めると、中から机をバンと叩き付ける音が聞こえた。

彼を傷付けたいわけでも、苦しめたいわけでもない。リジィを側室に迎える為に、初めて彼は父に刃向かった。今回は丸く収まったけれど、次はそうはいかない。ましてや、今は父以外からも命を狙われている。これまで以上に、警戒心を持って欲しいと思っている。


アビーはいつものように執務室の外で待っていてくれて、何も言わずについてきてくれる。彼女は私の気持ちを理解してくれているから、少しだけ気持ちが軽くなる。

アンディ様から向けられる視線は、日に日に憎悪が増していく。彼にとっては、父も私も同じなのかもしれない。毎日側で監視している分、私の方がより憎らしいのかもしれないけれど。それで構わない。私に敵意を向けているということは、父に従順ではないということだから。いつか彼は、歴史に名を残すほど偉大な王になってくれると信じている。

父など、取るに足らないちっぽけな存在だったと思えるような未来がいつかは来る。それまではどうか、私を憎み、警戒し続けて欲しい。



厨房で働き始めて、一週間が過ぎようとしていた。

毎日野菜を洗い、食器を洗い、鍋を洗い続ける日々。そんな中、怪しい動きを見せた者がいた。




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