5、彼を守る為に
「勝手に側室を迎えるとは、どういうおつもりですか?」
滅多に王宮には来ない父が、王宮を訪ねてきた。アンディ様とリジィ、そして私の三人が会議室に呼び出された。父は一人、椅子に腰をかけながら足を組んで、立たされたままのアンディ様を睨みつけている。
国王が立たされ、公爵が偉そうに腰をかけている異様な光景。こんなこと、間違っている。
「私は、今まで一度も公爵に逆らったことはありませんし、王妃も言われた通り迎えました。許可を取らずに、勝手に側室を迎えたことは反省しています。ですが、私はリジィを愛しているのです!」
目の前で愛する人が、他の女性の為に勝てない相手に立ち向かっている姿を見るのは辛い。
「恋だ愛だと、一国の王が何を仰っているのですか!? ロゼッタ! お前は、何をしていたのだ!?」
絶対に折れないアンディ様から、私へと矛先が変わる。父は、額に青筋を浮かべながら激怒している。
「申し訳ございません。ですがお父様、側室を迎えるのもいいかもしれません。世間は、ブルーク公爵家が全てを牛耳っていると不満を漏らしています。リジィは、ブルーク公爵家との繋がりがありません。お父様は寛容なのだと、示すことが出来ます。フォード子爵家が、ブルーク公爵家に逆らうことなどありえないのですから、心配はいらないかと」
父が王宮に滅多に姿を現さないのは、『この国はブルーク公爵のものではない』という反乱分子の声を大きくしない為。国を手に入れる為には、私が子を産むしかない。それまでは、大人しくしているつもりだったのだろう。
父はしばらく考えた後、小さく頷いた。
「使えないと思っていたお前に、助言をされるとは思わなかった。お前の言う通りかもしれないな」
こんなことで、父の信頼を得ることになるとは思わなかった。父は側室を許可したけれど、もう一度自分に背いたら許さないと念を押して帰って行った。父が帰ると、リジィは気が抜けたようで、アンディ様に寄りかかった。
「大丈夫か?」
心配そうにリジィの顔を覗き込むアンディ様。
「ええ、大丈夫です。申し訳ありません……」
大丈夫だと言いながら、アンディ様から離れようとはしない。せめて、私の居ないところでして欲しい。
「……私は自室に戻ります」
その場に居たくなくて、会議室から出ようとすると、
「お待ちください! 王妃様、ありがとうございました! 王妃様のおかげで、アンディ様のお側に居ることが出来ます」
潤んだ目で私を見つめながら、リジィは感謝の言葉を告げた。
「勘違いしないで。全ては、ブルーク公爵家の為よ」
冷たくあしらうことしか、私には出来ない。振り向きもせずにそう答えた私は、会議室を後にした。
長い長い廊下を歩きながら、複雑な気持ちになっていた。自分が幸せになることなんて、望んではいない。けれど、想い合う二人の姿を見ていると、胸を抉られるような感覚に襲われる。
歩くスピードが徐々に遅くなり、壁にもたれ掛かかりながら座り込む。覚悟していたはずなのに、苦しくて苦しくてたまらない。
何とか自室に戻り、ドアを閉める。
心を落ち着かせようと、深呼吸を何度も繰り返す。この先、二人の想い合う姿を何度も見ることになるだろう。その度に、こんなに苦しい思いをするのかと思うと不安になる。それでも……どんなに辛くても苦しくても、アンディ様を守りたい気持ちは変わらない。これからは、さらに感情を表に出さないようにしようと決めた。
◇ ◇ ◇
二人の結婚式は、盛大に行われた。
幸せそうな二人を見ながら、これでいいのだと自分に言い聞かせる。彼女は素敵な人で、彼を愛している。アンディ様に心の安らぎを与えられる彼女が、羨ましい。
側室を迎えて一週間が過ぎた頃、ドリアード侯爵から不穏な話を聞いた。確実な証拠はないけれど、アンディ様の命が狙われているというものだった。証拠などなくても、アンディ様を王座から引きずり下ろそうとしている者がいることは前から分かっていたことだ。王妃だけでなく側室まで迎えたことで、世継ぎが生まれるのは時間の問題だと焦り出したのだろう。つまり、父をよく思っていない貴族達が、父の息のかかっていない王族を次の王にと考えている。
逆に私は、それを利用しようと考えた。父の敵なら、王の味方になってもらえばいい。その考えをドリアード侯爵に伝え、信用出来る使用人を三人ほど紹介してもらった。
一国の王の暗殺など、容易く出来るものではない。殺そうとするならば、食事に毒を盛ろうと考えるだろう。アンディ様に従う使用人は極わずか、ほとんどの使用人は父の息がかかっている。前国王様の時に仕えていた使用人達は、皆解雇された。今仕えている使用人は、父が新しく雇った者達だ。けれどその使用人達は、昔から父に仕えていたわけではない。完全に忠実なわけではないというわけだ。報酬を与えれば、裏切る使用人も出てくるだろう。食事に毒を盛るところを現行犯で捕まえて、黒幕を突き止める。
「ロゼッタ様……本気ですか?」
アビーは鏡に映る私の姿を見ながら、眉を下げて困った顔をしている。
「本気に決まっているじゃない。それにしても、アビーはメイクの腕がいいわね。私じゃないみたい」
アビーには、別人に見えるようにメイクをしてもらった。あとは、使用人の服に着替えるだけ。
私は自ら使用人になりすまし、厨房へと潜入することにした。
外から入り込んだのなら警戒されるだろうけれど、元々中にいたのだからそれほど警戒はされないだろう。着替えを済ませると、ドリアード侯爵に紹介してもらった三人の使用人と共に厨房へと向かった。