16、計画開始
「お茶をお持ちしました」
ブレナン侯爵とお会いした後、いつものように執務室へとお茶を持って行く。
今日の食事は、アビーが作っていた。元々アビーから料理を教わったのだから、味はそれほど変わらないだろう。
最近は、アンディ様が私の顔を見ることもなくなっていた。
それが、少し寂しい。憎まれても、嫌われていてもいいから、彼の瞳に映りたいなんて……私は変わっているのだろうか。
「……ああ、そこに置いておいてくれ」
彼の顔を正面から見られることがなくなり、書類に目を落としている彼の顔を目に焼きつける。
私の役目は、もうすぐ終わる。彼の側にいられるのも、あと少しだ。だから、少しでも彼の顔を見ていたかった。
一分……それが、彼に怪しまれない時間。一分が過ぎ、執務室から出て行く。
「失礼します」
王宮に来る前よりも、アンディ様に惹かれていた。冷たい態度しか取られていないのに……やっぱり私は変わっている。
部屋に戻ると、ブレナン侯爵とのことをアビーとサナに質問攻めにされたけれど、何だか楽しかった。
二人の前では、ブルーク公爵の娘でも王妃でもなく、ロゼッタとしていられる。こんなことを考えるのは、二人とももうすぐお別れになるからだろう。
私は大罪人の娘。良くて国外追放、最悪死刑だろう。助かりたいだなんて、思ってはいない。
私は、父のしたことを全て証言するつもりだ。父は私を王妃にしたことを、心底後悔するだろう。
私を王妃にし、アンディ様の監視をさせたことによって、父の為なら何でもする娘を演じて来た。その私が証言することで、真実なのだと証明する。けれど、それだけでは弱い。父を追い詰める為の証拠が欲しい。
そして私は、最大の嘘をつくことにした。
ブレナン侯爵とお会いした三日後、アビーを連れて堂々と王宮を出る。そして馬車に乗り込み、実家であるブルーク公爵邸へと向かった。
王宮の外に出ることは禁じられているけれど、父には嘘をつく。すぐにバレてしまうような嘘だけれど、数時間騙すことが出来ればそれでいい。
邸に到着し、門番に取り次ぎを頼む。
実家であるはずのこの邸に、私は自由に出入りすることが出来ない。
母が生きていた頃は私の居場所だったけれど、母が亡くなってからは、まるで別の邸のように感じていた。
執事が出迎え、父の待つリビングへと向かった。
「ロゼッタ様を、お連れしました」
父はソファーに座りながら、ゆっくりと私の顔を見た。
「王宮から出るなと、言ってあったはずだが?」
昔は、父の高圧的な態度が恐ろしかった。けれど、今は違う。この人を、心底軽蔑していると同時に、哀れに思う。
誰も信じられず、誰にも心を許すことが出来ない。寂しい人だ。
「分かっております。お父様の命に背くつもりはないのですが、直接お伝えしたかったのです」
「……聞こう」
表情を変えることなく、話の続きを待つ。
「実は、陛下のお子を身ごもりました」
「まことか!?」
それを聞いた瞬間、高圧的だった父は笑顔で立ち上がり、私の身体を支えながらソファーに座るように促す。
もちろん、私は身ごもってなどいない。身ごもるような行為をしていないのだから、子が出来るはずがなかった。
「よくやってくれた! お前に子が出来る日を、どれほど待ち望んでいたことか!」
父の笑顔を見たのは、何時ぶりだろうか。見た記憶さえないのだけれど。
「先日、主治医に身ごもっていると言われ、一刻も早くお父様にお知らせしたくて」
「そうかそうか! 命に背きはしたが、こんなに嬉しい知らせを届ける為なら仕方ないな!」
父は、私の嘘を疑っている様子はない。けれど、私の言葉だけで信じるほど甘くはない。
「グレイソン! 今すぐ医者を呼べ!」
すぐに執事を呼び、私の検査をする為に医者を呼ぶように言った。それは、想定内だ。
「お父様、馬車に揺られて気分が悪くなってしまったようです。静かなところで、休んでいてもよろしいでしょうか?」
いつものメイクよりも、顔色が悪く見えるようにしてもらっていた。
「気付かなくてすまない。顔色が悪いな。客室のベッドで休むといい」
アビーに寄りかかりながら、使用人に客室まで案内してもらった。
ベッドに横になり、アビーが布団をかけてくれる。
「ロゼッタ様がお目覚めになった時の為に、お茶を用意したいの。手伝ってくれる?」
アビーは、使用人を部屋から離す。 これで、準備完了。
医者が来るまでが、自由に動ける時間だ。その時間で、父の悪事を明らかに出来る証拠を見つけることが目的だ。