13、全てはアンディの為に
「ただ今、ブレナン侯爵との交渉を……」
説明しようとしたドリアード侯爵の言葉を、アンディが遮る。
「そのことではない。私に、何か隠しているだろう?」
「何のことを仰っているのか、分かりかねます」
「私に、嘘をつく気か?」
あえて話さないことと、嘘をつくことは違う。
ドリアード侯爵は、あえてロゼッタのことを話さなかった。ロゼッタがそれを望んでいないから……ではなく、アンディの為だった。
アンディは、ロゼッタが初恋の少女だとは知らない。ロゼッタが名乗った通り、あの時の少女はリジィだと思っている。だが、あの日の面影をリジィに感じてはいなかった。成長し、変わってしまったのだと思っていた。
それでも、アンディは唯一心を寄せた相手を守りたくて、側に置くと決めたのだが、リジィの嘘に気付いてしまった。
なぜリジィが嘘をついたのか、なぜ料理をロゼッタが作っているのか、そしてなぜロゼッタは態度とは正反対な行動をとるのか……疑問に思った時、ドリアード侯爵が全てを知っているのだと考えた。
自分が、ブレナン侯爵に暗殺されかけたことは聞いていた。そのブレナン侯爵を、味方にしようと動いていることも知っている。
だが、ロゼッタが料理を作っていることを、侯爵は報告しなかった。
「申し訳ございません。陛下が、知る必要はないと判断しました」
どんなにロゼッタがアンディを想っていても、彼女はブルーク公爵の実の娘だ。そんな相手を、アンディが愛してしまったらと侯爵は危惧していた。
ブルーク公爵を排除し、この国の真の国王になるはずのアンディに、ロゼッタは不要だ。ロゼッタも、そう思っているに違いない。
「勝手に判断するな。全てを話せ」
アンディの気迫に負け、侯爵はロゼッタのことを話すことに決めた。
「王妃様は、父上であるブルーク公爵を排除するおつもりです」
やっと話し始めた侯爵を見て、アンディはイスに腰を下ろした。
「なぜそのようなことを?」
「王妃様……ロゼッタ様のお母上は、前国王様と前王妃様がお亡くなりになった翌日に、病死しております。ロゼッタ様のお母上であるハンナ様は、公爵のなさっていたことに反対をしていました。つまりは……」
「父上と母上のように、殺されたか……」
それだけではなかった。
ロゼッタの母の両親は、娘を亡くしたショックで自害した。いや、自害させられていた。ロゼッタを引き取りたいと申し出ただけで、財産を奪われ、爵位を奪われ、何もかも奪われて絶望し、命を絶った……とされているが、ロゼッタを守りたければ自害しろと強要させられていた。
「その後、ロゼッタ様は使用人用の離れに住まわされ、使用人の為に食事や掃除をして暮らして来たそうです」
ロゼッタは、苦労知らずで何不自由なく暮らして来たのかと、アンディは思っていた。憎い仇の娘は、誰よりも辛い思いをし、誰よりも苦しんで来た。
「……それで、料理があんなに美味いのか。私は、彼女に酷い態度を取ってしまった」
今にも泣きそうな、悲しげな表情を浮かべながら、拳を握りしめる。
「ロゼッタ様は、心から陛下をお慕いしております。陛下に憎まれることも、嫌われることも、ロゼッタ様が望んでいたことです。『自分を憎むことで、少しでもアンディ様の気を楽にして差し上げたい』と……」
アンディの表情が、驚きに変わる。
今までのことを考えると、ブルーク公爵の邪魔をしているように思えていたから、父親を排除しようとしているのではと予想がついていた。
だが、ロゼッタが自分を慕っている素振りを見たことがない。何かを隠していると気付いていたが、まさか自分を想っているとは考えなかった。なぜなら、結婚式が初対面だったのだから……そこまで考えたところで、アンディは何かに気付いた。そして、頭を抱えた。
「……あの日一緒に夜空を見上げた少女は、ロゼッタだったのか……」