一度目の終わり
「ハウンゼント嬢、申し訳ありませんでした。」
部屋を出て暫く歩いてから、私の前を歩いていたハロルド様の侍従─アナトルが立ち止まり、勢いよく頭を下げた。
「頭を上げてください。アナトル…貴方も知らなかったのでしょう?」
「何と…お詫び申し上げれば良いのか………」
「ひょっとして…今、国王両陛下は不在なのですか?」
「左様でございます。王太子殿下も一緒に、後3日はお戻りにはなりません。」
ーなるほど。それ故の…今日なのかー
婚約破棄とは…また大きく出たな─と思ったけど…国王両陛下だけではなく、王太子殿下までもが不在とは…。今回の事に、トワイアル王国側がどこまで把握して、どこまで関与しているのか。流石に、この3日で何かをして来る事は…ないだろうけど……。
「それでは、国王両陛下がお戻りになられたら、謁見の許可を得られるようにしていただけますか?父と一緒に……。」
「承知致しました。必ず。」
アナトルと約束をした後、私は急いで邸へと帰る為に馬車に乗り込んだ。
予定よりも早い時間に帰って来た私を、家令のワイアットが少し驚きつつも、お願いをするとサロンにお茶の用意をしてくれた。そこで、話があると座ってもらい、ハロルド様から言われた事を全て話した。
「────なるほど……何たる侮辱でございましょうか………」
ふっ─と笑った後
「そこまで頭に花が咲いているとは……思いませんでした。そうですか………久し振りに……腕が鳴りそうです。直ぐに、旦那様に連絡を取ります。」
「お…お願い…するわね……。」
そう言うと、ワイアットは不敵な笑みを浮かべながらサロンから出て行った。いつも温厚で冷静沈着な家令のワイアット。父が一番信頼を寄せているのも知っている。父が幼い頃からずっと側に居るそうだ。
「………」
兎に角……私1人では何もできないから、今はおとなしくしているしかない。トワイアル王国だけではなく、竜王国が出て来るかもしれない。その竜王国の動き次第で……私もどうなるのか………。
ー私は、何もしていないのにー
おそらく、それを証明するのは…ある意味簡単なのだ。ジュリエンヌ様も、それは分かっている筈なのに。だから、余計に、さっきのジュリエンヌ様の沈黙が不気味なものに思えたのだ。
「念の為、外の警備を増やしておきます。」とワイアットもいつもよりピリピリとした空気を纏わせていた。私は不安な気持ちを隠すように、いつもより早目に夕食をとり、いつもより早目にベッドに潜り込んだ。寝室には、いつもとは違う香りが漂っている。ワイアットが気を利かせてくれたのかもしれない。
ー眠れるかしら?ー
なんて思っていたけど、精神的にも疲れていたせいか、ベッドに入って暫くすると、強張っていた体から自然と力が抜けていき、うとうとと、眠りに落ちていった。
「────お嬢様!」
眠りに落ちる前に、微かに耳に入って来たのは……どこか焦ったようなワイアットの声だった。
******
「─────」
『────』
誰かの話し声がして、意識が浮上する。
ツキン─と頭痛がして、体が重たい。何故か、体が思うように動いてくれない。何とかして動いたのは目だけだった。
ーえ?ー
寝起きだからなのか、視界がいつもよりボヤケているけど、今私が居る場所が、私が寝ていた自分の部屋ではないと言う事は分かる。しかも私はベッドではなく床に横たわっているようだ。
ーここはどこ?何故、体が動かないの?ー
どうやら、声も出ないようだ。ならば─と、目だけをキョロキョロと動かして、辺りの確認をする。
「───っ!?」
そこでようやく、視界がハッキリして、私の目に飛び込んで来たのは───
ー竜!?ー
真っ黒なその体は、3m程は優にあるだろうか。
グルグルル─と、地を這うような唸り声を出している。初めて目にする竜に、初めて耳にするその声に、恐怖が沸き起こる。
ーどうして…私はこんな所に!?ー
「───さぁ、***。アレが……にえですわ。********!」
ー誰か…居る?ー
よく見ると、その竜の前にフード付きのマントを来た誰かが居た。声からすると女性だろう。
ー助けて!ー
“────にえですわ”
にえ……にえ………贄────!?
そう気付いた時には、その竜が私の目の前迄来ていて、恐ろしい程の眼差しで私を見下ろしていた。
ーあぁ………どうして…ー
その竜が、ゆっくりとその大きな口を開けていく。ふと、その時、その竜と視線が合った。その大きな体と同じ黒色の瞳だ。その目が、少し大きく見開かれた?と思った瞬間─────
「────っ!!」
視界が真っ暗になり、体に激痛が走り───
私の意識はそこで途絶えた。
『わた──の───い。』
『───どうか………正しい路に……』
『でなけ────から。────どうか……』