フィリベール③
いいね、ありがとうございます。
あの女が、イーリャの実を使用していた事が分かった。アレを禁止したのは遥か昔だ。一体どこでソレを知って、その実を手に入れたのか。
エヴェリーナは「甘い香りがした」と言った。おそらく、俺が、過去のあの女に対して香っていたと思っていた香りだろう。
あの甘い香りには抗う事ができなかった。今思えば、あの香りがする時は…思考が鈍り、記憶も曖昧になっていた。二度目以降、何とか回避しようとしたけど、結局はイーリャの実にやられて……
「今世でも、更に動いてくれないだろうか?」
「陛下………」
正直、あの2人が動いてくれた方が、こっちは堂々と叩き潰す事ができるのだ。腐っていてもあの2人は王族。
「まぁ…兎に角、トワイアルの王家の交代は確実だから、今から相応しい者を探さなければいけないな。」
「それでしたら、カデライル侯爵に任せましょう。彼なら、適任者を見付けてくれるでしょう」
カデライル侯爵─竜王国学園の寮長の旦那で、俺の父の側近だった1人だ。
「そうだな。直接話して頼みたいから、登城するように手紙を出してくれ」
「承知しました」
そうして、五度目の今世は、過去4回の流れとは全く違う路を進んでいる。これが、“正しい路”であると、信じて───
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エヴェリーナが、俺の竜心と共鳴して番になってから10日。数日前から固形物も口にする事ができるようになり、部屋からも出て、庭を散歩したりもしているそうだ。今の所、見た目も精神的な事も特に問題は無いとの事だった。
とは言え、問題は、黒龍に会った時にどうなるのか──だ。
「────」
フィリベール=スコルッシュとしては、嫌われてはないと言う自信は………ある。
竜心が取れた時のエヴェリーナの様子からして……大丈夫だと……思いたい……。
「はぁ────」
ー番になる前の方が……毎日エヴェリーナに会えていたのにー
番になった途端に会えなくなった。あの可愛らしい声すら聞いていない。あの綺麗なブルーグレーの髪すら目にしていない。コツン─と、座ったまま机に突っ伏す。
「………会いたいなぁ…………」
「────」
「ん?」
ーあれ?この部屋に、花なんて飾ってあったか?窓は…開けてなかったよな?ー
風もないのに、気持ちが落ち着くよな優しい花の香りがする。何の花だった?いや、花の香りだけじゃなくて……
「ん?」
ガバッと顔を上げると、そこに───
「エヴェリーナ??」
「…はい」
俺の目の前に、エヴェリーナによく似た子が居る。ブルーグレーの髪に……これまたエヴェリーナと同じラベンダー色の瞳だ。
そして、何故か手には焼き菓子らしき物が入った籠を持っている。
「え?俺、ついに幻……白昼夢でもみてしまっているのか?」
「ま…幻?白昼夢??」
目の前に居るエヴェリーナらしき人物が、困ったようにコテンと小首を傾げると、そのブルーグレーの髪もサラサラと揺れる。なんともリアルな幻だ。
「えっと…フィ─竜王陛下、休憩がてらに……お茶でもしませんか?」
「え?声までエヴェリーナ?」
「え?」
「「……………」」
「エヴェリーナ!?」
「そうです。エヴェリーナ=ハウンゼントです。」
「え?何故…執務室に!?他に…ニノンは…どうした?」
黒龍に、エヴェリーナと物理的にも距離を取れと言っていたニノンすら居らず、エヴェリーナ1人だけが俺の目の前に……居る!?
「あの…取り敢えず、一緒に……お茶しませんか?あの……このお菓子…作って来たんですけど…要らな───」
「うん。すぐ食べよう!今すぐ食べよう!」
喰い気味に反応した後、ハッと我に返り、慌ててエヴェリーナを見ると、ビックリしたような顔をした後、フワリと花が綻ぶように笑った。
「くっ…………」
ー可愛過ぎる!ー
「それじゃあ、竜王陛下は、そこに座って下さい。お茶の用意をしますね。」
“竜王陛下”──
ー前は…“フィリベールさん”と呼んでくれていたのにー
取り敢えず、今は気を落ち着かせて椅子に座り、目の前にいるエヴェリーナを見つめる。
軽く視線を下に向けてお茶を淹れて、籠から焼き菓子を出して……俺の対面の椅子に座った。
用意してくれた焼き菓子は、以前、俺が好きだと言った物だった。
「やっぱり、美味しいな。ありがとう、エヴェリーナ」
「いえ……」
「ところで……俺は…エヴェリーナと会えて嬉しいんだけど……その……大丈夫…か?」
多分、俺に会いに来る前に、ニノンから色々話を聞いているはずだ。
「大丈夫…だと思います。勿論、噛み付かれた記憶はありますけど……それでも…私の為に抗ってくれた竜さんや、留学生の私を守ってくれたフィリベールも知ってますから。それら全てが……フィリベールさんですから……でも…そうですね……四度も噛み殺されましたから、そのうち……いつか、仕返ししてやろうかな?何て……思ったりもしてたりします。ふふっ」
ー“仕返ししてやろうかな?”とか、ふふっ─と笑うとか……可愛いしかないなー
仕返し───寧ろ………大歓迎なんだが?




