ハロルド=トルトニア
いいね、ありがとうございます。
❋いつもより長めですが、他視点の話なので、区切らずにいきます❋
*ハロルド視点*
あまり知られてはいなかったが、私は幼い頃病弱で、よく王家が所有する保養地にある別宮で過ごす事が多かった。ハウンゼント領にもある別宮も、その一つだった。
「にいさま、おはな、きれいね。」
「青いカーペットみたいだね。」
数日続いた熱が落ち着き、元気になった私は、部屋をこっそり抜け出して、更に抜け道を通って裏庭に出た。そこは、許可があれば入る事ができる庭園があり、その日もどこかの貴族の子供だと思われる兄妹がいた。
その庭園には、青色のネモフィラの花が一面に広がっている所があり、女の子が嬉しそうに花を見ていた。その女の子の瞳はラベンダー色でキラキラしていて……ネモフィラの花なんかより、その女の子の瞳の方が綺麗だな─と思った。
そんな兄妹に声を掛ける前に、私は侍従に見付かり、そのまま部屋に連れ戻されて、暫くの間は部屋に軟禁されてしまった。挙句、熱がぶり返して、そのまま3日間ベッドの住人となった。
「ラベンダー色の瞳の色の女の子…ですか……あぁ、確か、あの日、ここの領主であるハウンゼント侯爵が挨拶にいらっしゃっていましたから、その令嬢の………エヴェリーナ様かもしれませんね。」
「エヴェリーナ……ハウンゼント………」
体調が落ち着いた時、侍従にあの時に見た女の子の事を訊けば、この領地を治めているハウンゼント侯爵の娘だと言う事が分かった。
それ以降、彼女の事が気になりながらも、会う事はなかった。ただただ、またあの綺麗なラベンダー色の瞳が見たいな─と、思うだけだった。
******
そうして、次に会えたのは、学園の入園式の日だった。
彼女の瞳は、あの時と同じ綺麗なラベンダー色で、ブルーグレーの髪もキラキラと輝いていて、すぐに目を奪われた。残念な事にクラスも違ってしまい、話をする機会も無かった。
それでも、学園内で彼女を見掛けると、ついつい目で追ってしまっていた。
ようやく、その彼女の瞳に映る事ができたのは、私の誕生会の日だった。同時に、ある意味、最悪の形で彼女を手に入れる事ができる切っ掛けとなった日になった。
私を庇ったせいで大怪我を負ってしまったのだ。
その責任を取ると言う形で手に入れた彼女─エヴェリーナ。それでも私は……正直、嬉しかったのだ。傷痕が残ろうが、私はエヴェリーナ─リーナの事が好きだったから。リーナも、私の事を好きになってくれたら─と思う。
それが…少しずつ変わっていったのは……トワイアル王国の王女が留学して来てからだろう。
王女は、黒龍の巫女と言う事で、第一優先で対応するように─と言われていた。リーナもそれが分かっているからか、私と王女が2人で居ても、特に何かを言って来る事はなかった。
王女は、トルトニアの食に興味があるようで、放課後帰城前にケーキを食べたいと、街に出て食べる事が増えていった。いつも、帰りの馬車に乗り込んだ後に言われる為、リーナを誘う事もできなかった。
ーまた今度、リーナと一緒に来ようー
と思いながら、王女お勧めの店に出掛けた。
そんな私達が、周りからどう見られているか─など、その時の私は全く知らずにいた。
気が付けば、リーナに会えない日が増えていった。
「エヴェリーナ様、今日もお茶には来れないそうですわ。だから…私だけでも良いかしら?」
「そうなんですね……ジュリエンヌ様こそ、私が相手で申し訳無い。」
「そんな!私は、ハロルド様が相手で……とても嬉しいですわ。」
そう言って、少し恥ずかしそう微笑むジュリエンヌ様は、とても可愛らしいと思う。
ジュリエンヌ様がやって来てから半年。この辺から、リーナをお茶に誘っても断られる事が増えた。しかも、その断りさえ、ジュリエンヌ様を通して入れられる為、もともと学園でもクラスが違うリーナとは、殆ど会えていない。
その代わりに、ジュリエンヌ様と過ごす時間が増えていった。
「エヴェリーナ様に……ハロルド様と親しくし過ぎではないか─と怒られてしまって……」
「リーナが?」
少し涙目になったジュリーに言われた言葉に……私は嬉しくなってしまった。リーナが嫉妬してくれているのだ─と。だから、私は、敢えて、更にジュリーとの時間を作った。そうする事で、リーナが私に会いに来てくれるのでは?と思ったから。
それが、全ての間違いだった──
リーナの行いは、どんどんエスカレートしていった。
可愛い嫉妬だけでは済ませず、ついには──トワイアル王国の王女にまで手を出してしまったのだ。
もう、私が好きだったリーナは居ないのだ。
虐められてもジッと耐えているジュリー。そんな…ジュリーが……
愛おしい──────
そこからの記憶は曖昧だ。
エヴェリーナを呼び付けて婚約破棄を言い渡した。
それを、侍従から聞き付けた父上と母上は、私には何も言わずに“婚約解消”とした。
「リーナが……居なくなった?」
「あぁ。翌朝、家令が部屋に行くと、エヴェリーナ嬢が部屋には居らず……一月経った今でも、見付かっていないそうだ。」
「まぁ……そんな……」
最後にリーナに会ってから1ヶ月が経ってから父上から知らされた事実に、ドクドクと心臓が嫌な音を立てた。
ジュリーもショックなのだろう。顔色を悪くして震え、私の腕にしがみついている。
「それで……リーナは………」
「侵入者の痕跡も無かったようで……自ら姿を消したのだろう─と。捜索も、一旦打ち切るそうだ。そして………ハウンゼント侯爵は王城勤めを辞して、家族全員で領地に戻るそうだ。」
「っ!それは────」
それは、ある意味、今回のリーナへの王家の対応に対する不満を表している。
「責められるべきは、ハウンゼント侯爵ではない。お前は……もっと周りをちゃんと見るべきだったのだ。それと……お前が“リーナ”と呼ぶ資格は無い。」
「父上!?」
「話は終わった。2人とも……下がりなさい。」
父上が片手を上げると、側に控えていた父上の侍従に、父上の部屋から出されてしまった。
ーどうして…こんな事に?ー
ふと、未だに私の腕にすがりつくジュリーに視線を向けると────震えているには不釣り合いな程に…口元が笑っていた。
「────」
その時にようやく気付いた。
ー私は…何て愚かだったんだろうー
それでも、信じて選んだのは自分自身だ。もう、この手を突き放す事は許されないだろう。
ーもし…もう一度…やり直せるならー
******
「態々、留学中のエヴェリーナに、王家経由で招待状が届いたので、私もちゃんと挨拶をしなければ─と思い、エヴェリーナと一緒に出席させてもらいました。」
「「…………」」
そう言ったのは、私の誕生会にハウンゼント嬢をエスコートしてやって来た竜王国の伯爵の子息だった。
「そう…ですか。態々来ていただいて、ありがとう。ハウンゼント嬢。また後で…時間があれば……留学の話を聞かせてもらえるかな?」
ーどうしてもハウンゼント嬢と話がしたいー
「……はい。時間があれば…フィリベールさんと一緒に……。」
“フィリベールさんと一緒に”──
そう言うと、2人は視線を合わせて微笑み合う。
ー何故?ハウンゼント嬢は…私のものでは……なかった?ー
ハウンゼント嬢に会うのは、今日で2回目。一度目に見掛けた時に一目惚れをしたようなものだった。ただ、それだけなのに、何故か彼女は私のものだ─と言う感覚に襲われた。
でも────
私のせいで大怪我をしたメリザンド嬢との婚約が決まり、母上からもハウンゼント嬢には今後一切関わるなと念押しされてしまった。おそらく、相手が竜王国の貴族だからだろう。
「エヴェリーナ…………」
いつか、“リーナ”と呼べるような仲になれたら─なれると思っていた。そんな事はないのに。
本当に………もう、そんな事は………ないんだろうか?




