優しい手
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トルトニア王国の学園は三学期制だけど、竜王国の学園は前期、後期の二学期制となっている。
ハロルド様の誕生会は10月にあり、竜王国の学園では9月は夏休みとして1ヶ月休みになり、10月からは後期の授業が始まる。
竜王国とトルトニアが隣接している国とは言え、両国の王都を行き来しようものなら、最低でも10日はみておかなければならない。
竜王国の薬学部は…正直、ハイレベルだ。それなのに、10日も休むとなると──遅れを取り戻すのには倍の時間が掛かるだろう。
それよりも何よりも、もう、ハロルド様と誕生会で挨拶を交わす事も、婚約者になる事も……まっぴらごめん、全力で拒否りたい。
クシャリッ──
自然と手に力が入ってしまったようで、手に持っていた手紙がぐちゃぐちゃになっていた。
「大丈夫か?その手紙には……何が?」
「あ………」
フィリベールさんが、私の力の入った手を、人差し指で優しくトントン─と叩いた。
異性に触れられているのに、嫌な感じが全くしない。寧ろ……少し落ち着いたぐらいだ。
「あ……10月にある、トルトニア第二王子殿下の誕生会の…招待状…です。」
「第二王子の………」
フィリベールさんは、それだけ呟くと口を噤んだ。
ニノンさんは、圧のある微笑みを浮かべている。
「トルトニアは、我が国の学園を馬鹿にしていらっしゃるのかしら?授業のある期間に、10日以上休んで帰国しろと?何の為にハウンゼントさんが留学しているのか……分かってらっしゃらないの?それとも──女だからと馬鹿にしてらっしゃるの?」
ニノンさんが、いつもと違う口調で怒っている。
「いや─逆だろう……」
「「逆?」」
「竜王国の学園の薬学部に入れた優秀なエヴェリーナを………クソ────第二王子の婚約者に…と言う思惑があるんだろう……。」
「そんな………」
ー嫌だ。止めて欲しい。全力で止めていただきたいー
五度目の未来は自分で切り開く──
その為の第一歩として、薬学を必死で勉強して、竜王国にやって来たのに。
クシャッ─と、また手の中にある手紙が音を立てた。その手紙を見つめている自分の視界がぼやけてくる。
ー何をどうやっても、頑張っても……ハロルド様からも、あの最期からも…逃れられない?ー
「エヴェリーナ………」
「っ!?」
手紙を握りしめている私の手を優しく握ってくれる手が、私のぼやけた視界の中に入って来た。パッと視線を上げると、目の前に、私の手を優しく握ったまま、私を見つめているフィリベールさんが居た。
「エヴェリーナは、その第二王子の婚約者に…なりたいのか?」
「嫌です!絶対になりたくないです!誕生会にすら行きたくありません!」
拒絶の言葉をハッキリ口にすると、フィリベールさんとニノンさんが、キョトンとした顔をして固まった。
不敬罪?そんな事気にしてなんていられない。これで不敬罪で捕まったとしても───後悔しない………いや……勿論、長生きはしたいけど…。
「大声を出してしまって…すみません。でも、私……本当に、第二王子の婚約者になんて…なりたくないんです。誕生会だって……正直に言うと……薬学の勉強をしている方が、何倍も楽しいんです。」
しゅん─と項垂れていると、「そうか…………」とフィリベールさんが呟いた後、ニノンさんと2人してクスクスと笑い出した。
「先程はあんな事を言いましたけど、移動に関しては、国が関わる事で、転移魔法陣が使用できると思いますから、誕生会の当日だけで済ませる事は可能だと思います。でしたら、誕生会の日は週末なので、学園を休む必要もありません。」
フィリベールさんとニノンさんは、一頻り笑った後、ニノンさんが説明してくれた。
「できれば、誕生会にも行きたくないんですけど…」
「よほど、その第二王子には興味が無いんですね。」
「……ありません。」
ー200%裏切られると分かってて、どうやって興味を持てと?ー
「それなら、余計に、その誕生会には参加しておいた方が良いと思う。」
「えー………」
「一つ確認したいんだが……その誕生会には、婚約者のいる令嬢も、絶対参加なのか?」
「いえ。婚約者のいる令嬢に関しては、出席は自由です。」
だから、どの人生の時でも、婚約者のジョナス様がいるフルールは、ハロルド様の誕生会に参加した事がなかった。
「なら………俺も一緒に、その誕生会に参加しよう。」
「はい??」
「フィリベール………」
ーえ?それ、何故“なら参加しよう”になるの?ー
「決して……エヴェリーナを悪いようにはしない。絶対に。だから、俺を…信じてくれないか?」
手は握られたままで──
長い黒髪を後ろで括り、左サイドに少し短目の髪が垂れていて、少し首を傾げると、その髪がサラリと動く。黒色の瞳は、私を気遣うような、優しい色を纏っている。四度目の竜さんと……似ているな─と思う。
「絶対に…エヴェリーナの事は、俺が守るから。」
フィリベールさんと出会ってから4ヶ月。
まだ、たったの4ヶ月しか経っていないのに、彼がそう言うと、本当に大丈夫なような気持ちになるのは……何故だろうか?
 




