婚約
竜王にとっても大事な存在である巫女ともなれば、ある程度の自由はあるが、その殆どが竜王国から出る事はない。
ただ、このジュリエンヌ様に光属性の魔力が発現したのが2年前。竜人にも効くと分かったのが、トルトニア王国に留学すると決まった後の事だったそうだ。
まだまだ若い巫女。既に居た2人の巫女も優秀なベテラン巫女で、ジュリエンヌ様が急いで竜王国に来なければならないと言う状況でもなかった為、予定通り、1年の留学にとやって来ていたのだ。
そんなジュリエンヌ様は、学園の寮生活を送る予定だったが、黒龍の巫女と言う事で、住まいを王城へと変更し、毎日ハロルド様と一緒に馬車で登下校する事になった。最初の頃は、学園とは逆方向にはなるが、ハロルド様は王城を出た後、今迄通りに私の邸迄迎えに来てくれて、3人で学園へと行き、帰りは別々の馬車で帰っていた。それが、遠回りになるから─と、朝も別々の馬車での登園になり、週末の王城でのお茶会にはジュリエンヌ様が参加するようになり、そのお茶会が中止になる事が増えて行った。
ーきっと、その辺りから……ー
最初に耳にしたのは、いつも、ハロルド様とジュリエンヌ様が一緒にランチを取っている─と言うものだった。もともと、私は基本、友達と一緒にランチを取っていて、ハロルド様も側近の令息とランチを取っていた為、一緒にランチをした事は…片手で数えられる程だった。それが…婚約者でもない他国の王女とは…ほぼ毎日一緒にランチをとっていたのだ。側近がおらず、2人きりの時もあったそうだ。勿論、私がハロルド様やジュリエンヌ様からランチのお誘いを受けた事は一度もなかった。
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ハロルド様と私の婚約が調ったのは、私の16歳の誕生日だった。その半年前にあった、第二王子ハロルド様の誕生日パーティーでの事。そのパーティーには、未だに決まって居なかった第二王子の婚約者となるべく、数多くの令嬢が着飾り参加していた。
そんな中、私も両親と一緒に侯爵令嬢として参加はしたが、婚約者になる為に─とは、積極的には動かなかった。
それが───
そのパーティーに、国王に恨みを持つ者が紛れ込んでいて、ハロルド様を短剣で襲い掛かり──私が咄嗟にハロルド様を庇い、左肩の背中側に切り傷を負ってしまったのだ。
出血が酷かったものの、王城付きの医師と魔道士の治癒魔法のお陰で、それから三日三晩高熱に魘されたりはしたが、死ぬ事はなかった。
ただ、それなりの深い傷だったらしく、傷痕は完璧に消える事はなかった。
所謂“傷物令嬢”となってしまったのだ。
それでも私は気にしなかった。婚約者も居なかった。このまま、領地運営を学び、結婚せずに兄のサポートをするのでも、両親が言うのなら、修道院に入るでも良かった。でも、両親は「お前は何一つ間違った事も、悪い事をした訳ではないから」と、今迄通りの生活ができるように取り計らってくれようとしてくれた。
「責任を取らせて欲しい」
そう言って、頭を下げていたのは、ハロルド様の両親である国王両陛下と、第一騎士団の団長だった。
王城内で起こってしまった王子襲撃事件。当日の警備を担当していた騎士達は数日間の謹慎と、辺境地での数ヵ月の労働。第一騎士団長も、数ヵ月の謹慎となった。この事件の事は、箝口令が敷かれたが、有力な貴族達が参加していたパーティーだ。完璧に隠す事など不可能だ。
理由はどうであれ、傷がある令嬢など、喩え侯爵令嬢であっても結婚、婚約どころか、まともな恋愛一つできないだろう。それ故の“責任を取る”──だ。
国王両陛下と第一騎士団長に頭を下げられれば、断れる筈もなく、両親と私は、それを受け入れた。
ー義務的な婚約ー
そう思っていた。
「“リーナ”と呼んでも良い?」
目を細めて微笑んで、そんな許しを請うて来たのは、婚約者となった第二王子ハロルド様だった。
「お好きなように、お呼び下さい。」
と言えば、ハロルド様は本当に嬉しそうに破顔した。その顔を見た時、この人となら、お互い想い合って助け合って、良い関係を築いていけるかもしれないと思った。
それは、他人目のない所でも変わらなかった。いつも優しい眼差しを向けてくれるハロルド様に、いつしか私は……恋を…していたのだ。
お互い、一緒に居る時間を大切にして来た。ランチを一緒に取らなかったのは、お互い話し合って決めた事だった。学園生活における学友との時間も大切にしようと。貴族である限り、学園を卒業した後も繋がりがあるから。
「それに、食事の時ぐらい……私からの視線を気にせず、ゆっくり食べたいだろう?」
「リーナと一緒に居たら、ついついリーナを見つめてしまうから。」
真っ赤になった私を、ハロルド様は優しい眼差しのまま…クスクスと笑っていた。
そんな…穏やかな日々を送っていたのに──