入寮
いいね、ありがとうございます。
「ゔー……すみません……」
「気にしないで下さい。初めての方の殆どが、こうなりますから。」
初めて体験した魔法陣での転移。事前に聞いていた通り、転移して目的地に着いた途端、お腹をグッと押さえつけられたような感覚に陥り、吐き気を我慢するようにその場にしゃがみこんだ。そんな私を、ニノンさんは慣れているのか、「失礼しますね」と、ニッコリ微笑んだ後、私をヒョイッと抱き上げた。
「ひぁーっ!?」
ーえ!?抱っこ?ニノンさん…女の人ですよね!?ー
「このまま、馬車まで移動しますね。」
「え?あのっ、わたし…おも──」
「重くないですよ。基本、竜人からすれば、人間は軽いですからね。」
ーなるほどー
見た目、人間と変わりないから忘れていたけど、ニノンさんは竜人だった。竜人が、人間よりも桁違いの力がある─と言うのは、本当の事のようだ。
抱っこのまま馬車迄運んでもらい、馬車の中で水を飲みながら、私が落ち着くまでその場で待機してくれた。その間、これからの予定を軽く説明してくれた内容によると──
このまま学園寮の部屋に案内してもらい、寮長と高等部3年生の監督生と対面し、寮でのルールの説明を受けて、今日の予定はそれで終了。
明日、制服を作る為に採寸を行い、それが終われば、学園長に挨拶をしてから学園に於けるルール等の説明と、これからの授業に必要な教科書の受け取り。その後、学園内を案内してくれるそうだ。
「あくまで予定ですから、取り敢えず、落ち着いたら学園へ移動しますが、学園寮に入った後は、暫く休んで下さい。」
「はい。ありがとうございます。」
それから暫く馬車で休んだ後、ゆっくりと学園へと向かった。
******
トルトニアの学園は、竜王国の学園を模して造られた為、学園の建物は殆ど同じで違和感が全くない─どころか、懐かしささえ感じる。
そして、そのままニノンさんに抱きかかえられたまま、学園敷地内にある寮の私の部屋へと運ばれた。その間、何人かの生徒と擦れ違って恥ずかしかったけど、抱きかかえられている私を見ても、大きく反応する人はいなかった。
「留学生の“転移魔法陣のあるある”なので、毎年恒例の光景ですからね。」
ふふっ─と笑うニノンさん。
ニノンさんは学園の先生ではなく、この学園にやって来る留学生達の対応をする、国から派遣された専任の担当者なのだそうだ。
毎年この時期に、他国から来た留学生を抱きかかえて寮へとやって来るらしく、ある意味、“新学期前の風物詩”となっているらしい。
そのニノンさんは、部屋の説明をした後、部屋にあるキッチンでお茶を淹れてくれて、「暫くはゆっくりして下さい。また、時間を空けてから来ますね」と言って、部屋から出て行った。
お茶を飲みながら部屋を見渡す。
基本、留学生は一人部屋となる。竜人達は、公爵と侯爵は個室、伯爵以下は二人部屋。
寮に、侍女などを連れて来るのは禁止で、基本は自分1人での生活で、食事に限っては寮内か学園の食堂で食べる事になっているが、部屋にはキッチンも設備されている為、自分でお弁当やご飯を作って食べる事もできる。
ここに来る迄の3年で、簡単な料理やお菓子の作り方も、ハウンゼントの料理長やジョリーから教えてもらったから、また時間のある時にでも作ってみようと思っている。
「………ようやく…だ。」
ようやく、今迄とは違う始まりを迎えられた。
きっと、五度目ではハロルド様の婚約者になる事はない。それだけで……心がとても軽くて穏やかだ。
ー本当に…今世でも、2人で勝手にラブロマンスでも繰り広げてれば良い!ー
五度目の私は、ちょっと……口が悪くなっている……よね?仕方無いよね?捻くれ者になった訳では無いと思うけど……。
「うん。気を付けよう。」
ここはトルトニアではなく竜王国だ。トルトニア国民として、あの2人みたいに恥を晒したりなんて、絶対にしない!
そして──
自分の明るい未来を切り開く為に、立派な薬師を目指しつつ………
あの真っ黒な竜を……助ける──
勝手に約束しただけだけど。あの、四度目に見た竜さんの目は……穏やかで優しい色をしていた。それに、私の突拍子もない最期のお願いを聞いてくれて……痛みを感じる事なく終える事ができた。
どうやったら、あの強靭な竜を言葉一つで操れる事ができるのか─
「それも、調べなきゃだよね?」
いつもあの場に居る彼女が誰なのか。するべき事は多くて大変だけど、やっぱりワクワクした気持ちしかない。不安もあるけど、楽しい。それと──
「恋愛を……してみたいなぁ………」
確かに、ハロルド様にも恋はしたけど…我慢をするだけの恋で、裏切られて…裏切られて…………
ー本当に腹が立つなぁ……ー
コホンッ───
フルールとジョナス様みたいに、喧嘩したりもするけど、お互い自分の気持ちを素直に言い合える人と……
コンコン
「ハウンゼントさん、ニノンです。入っても良いかしら?」
「あ、はい、どうぞ入って下さい。」
「気分はどうですか?無理ならこのまま休んでもらっても構いませんけど…。」
「大丈夫です。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。今日は、予定通りでお願いします。」
「元気になって良かったわ。では…寮長室に行きましょうか。」
「はい!」
こうして、私の竜王国での生活が始まった。
 




