三度目は療養から
『私の力がまだ──の───い。』
『───どうか………正しい路に……』
『でなければ────だから。─を───って欲しい……どうか……』
「お嬢様!?」
「…………ジョリー?」
「あぁ、良かった!今すぐ、何かお飲み物と医師を呼んで来ますね!」
何故か泣いていたようなジョリーは、急ぎ足で私の寝室から出て行った。
「…………」
ーまた、時が戻ったのねー
一度目と同じだ。あの竜に噛み付かれた後、またあの声が聞こえて、次に目を覚ますと自分の寝室のベッドの上。
でも、今回─三度目の今は、体が重くて思うように体を動かす事ができない。汗もかいている。
「本当に……“正しい路”って……何?」
ポツリと呟いた後、医師を連れたワイアットと飲み物を持って来たジョリーがやって来た。
三度目の私は、ハロルド様の誕生会の3ヶ月前に戻って来ていた。そして、2日前に風邪をこじらせて寝込んでいたそうだ。
体は元気になっても、どうしても気分が晴れる事はなく、寝室に引き篭もる日が増えた。
考えても考えても“正しい路”が何なのかが分からない。
結局、ハロルド様に二度恋をして、二度とも裏切られた。もう、あの胸の痛みを味わうのは御免だ。
それに、二度も贄にされて竜に殺された。今回だって、“正しい路”に進まなければまた、贄にされてしまう。あの噛み付かれる直前の恐怖も、二度と……三度も味わいたくない。二度目のあの場にも居ただろう女性は誰なのか。時間が戻る前に聞こえる声は誰なのか。それが分かれば…少しは“正しい路”に近付けるかもしれないけど………。
三度目も、ハロルド様の誕生会には参加予定だ。
「……」
私が直接ハロルド様を庇って助けても、間接的に助けても結果は同じだった。
「どうすれば良いの?」
考えたところで答えが出る筈もなく、私は考える事を放棄して布団に潜り込んだ。
それ以降、風邪はすぐ治ったものの、精神的に追い詰められていたせいか、ベッドから出る事ができず、学園にも行く事ができずにいた。
「リーナ、学園は休学して、暫くの間領地で療養しようか。」
「お父様…でも…第二王子殿下のお誕生会は……」
「それも、参加しなくていいから。リーナの体調の事を宰相様に相談したら、“残念だけど、ゆっくり療養して欲しい”と、王妃陛下から直接言葉を頂いたから。」
ー誕生会に参加しなくても…いい?ー
それなら、私が第二王子を助けたり庇ったりしなくて済むし、婚約者に選ばれる事は……ない。
「…はい。領地で…ゆっくり…したいです…」
「リーナ……」
不安からなのか、それとも安堵からなのか、自然と涙がポロポロと流れ落ちて行く。そんな私を父は優しく抱きしめてくれた。
それからの父の行動は早いもので、第二王子のお誕生会の2ヶ月前には、私は王都から馬車で2日程の距離にある領地へとやって来ていた。
「リーナ!おかえり!」
「お兄様、お久し振りです。」
私を出迎えてくれたのは、私の兄─ジュリアス─だ。
学園を卒業後、王城で文官を勤めている父の代わりに、兄が領地運営をしている。その為、王都に住んでいる私が兄に会うのは1年ぶりだ。
「お兄様の迷惑にならないように、ひっそりと過ごす予定なので、暫くの間、宜しくお願いしますね。」
「何を他人行儀な事を!リーナは私の大切で大好きな妹なんだから、いつまでもここに居て良いからね?」
「お兄様…ありがとうございます。私も、お兄様の事が大好きです。」
ふふっ─とお互い笑いながら軽くハグをした後、家令のランスロットの案内でサロンに行き、暫くの間、兄と2人でお喋りしながらお茶を飲んだ。
久し振りの領地で過ごす時間は、とても穏やかなものだった。兄は色々と忙しいらしく、朝は早く起きて執務をこなし、昼食は執務室でとり、午後からは外回りや来客の相手をしていて、兄と会って話ができるのは、夕食の時ぐらいだった。
そんな穏やかな日が2ヶ月程続いたある日。
「第二王子殿下の誕生会で、第二王子殿下が怪我を負ったらしい。」
ヒュッ─と息を呑む。
ここでの生活が、あまりにも穏やか過ぎて忘れていた。
「幸い、命に関わる程の大怪我ではなかったそうだけど、その怪我を癒やす為に、我が領地に療養に来る事になったらしい。」
「───────は?」
「本当に、私も驚いたよ。」
確かに、我が領地は、それほど王都から離れている訳でもないのに自然豊かで、比較的気候も安定していて年中過ごしやすい。その為、貴族達が療養や保養目的で別荘を建てたりもしている。王家所有の別荘も……確かに……ある。
ー領地に引き篭もっても、ハロルド様が付いてくるの!?ー
いや。療養に来ると言うだけで、私とハロルド様が会う事は……ない……よね?それに、私も本当に、療養する為に居るから、貴族令嬢として挨拶をしないといけない─と言う事も…ないよね?
大丈夫だよね?──と思いつつ、不安は膨らんでいき、私はその日からまた、自室に引き篭もる日が増えていった。




