8 外出の予定と夢の魔道具
今日も王城の一日が終わり、陽が沈んで夜が深まっていく。クロアはルーチンワークとして馴染みつつある、石碑の掃除へと向かう。
広場の中に歩を進めると、石碑の根元で金色の花が輝いていた。コウモリさんが添えてくれた飾りだ。
「わぁ、綺麗な花。どこに咲いてたのかしら?」
周りにこういう花はないので、どこからか摘んできてくれたのだろう。荒れ放題の旧庭園に、こんなに綺麗な花が咲いているとは。
キラキラしている花を観賞してから、包みの中の手紙を開く。
『小鳥様へ。怖い思いをしたと聞いて、とても心配しています。その後は大丈夫? たとえ高官が相手であっても、人気のない場所では絶対に、男と二人きりになってはダメです! 何をされるかわからないから、本当に気を付けて! 約束して!』
昨日の件について、なんだかものすごく長文で心配されてしまった。
「コウモリさん、なんて優しい子……。ハンナさんたちとは大違いだわ」
久しぶりに人の優しさを感じてほっこりしつつ、続きを読んでいく。手紙の終わりの方には、コウモリさんの愚痴が連ねられていた。
詳細は書かれていないが、何やら理不尽な仕事が回ってきてしまったらしい。長々と呪詛が綴られていて、苦笑してしまった。
今回の手紙は全体的に口調が砕けていて、ところどころに可愛らしい絵文字も描かれている。クロアの書き方を真似してくれているみたいだ。
心の距離がグッと近くなった感じがして、とても嬉しい。これはもう『仲の良い友人』と言っても過言ではない雰囲気ではなかろうか。
喜びたいところだけれど……ちょっと寂しいことも書かれていて、表情を曇らせてしまった。
「そう……城を出る用事があるのね。十日くらいって書かれてるけど、もしかして王都を出るのかしら? 郊外の街まで買い出しとか?」
手紙には、『面倒。怠い。サボりたい』なんてネガティブなことが書かれている。
『何より、小鳥様との筆談が絶えるのが嫌だ。出先でも毎日手紙を交わせたらいいのに』、とも。
クロアもまったく同じ気持ちだ。せっかくこうして仲良くなれたのに、その矢先に交流が断たれるなんて……。
コウモリさん不在の十日の間は、城畜生活にも張り合いがなくなりそう。
寂しいなぁ、としみじみしながら、前世の通信機器へと思いを馳せた。
「……あぁ、インターネットが恋しいわ。神よ……スマホ的なものを、コウモリさんとわたくしにお恵みください……」
出先であろうがどこであろうが、スマホをつつけば容易に連絡を取り合えた前世が懐かしい。
思わず神に願ってしまったけれど……この世にそんな都合のいい神はいない。
仕方ない、と気を取り直して、手紙の返事を書き始めた。
ちょうど話のタネにもなりそうだし、前世の通信のことについても書いてみようと思う。夢で見た、という体で。
「……――こういう、遠く離れていても連絡が取りあえるような、便利な道具が現実にあったらいいですね(笑)、と」
コウモリさんはノリが良さそうな子なので、きっとこういう話も面白がってくれると思う。どういう返事がくるか、楽しみだ。
■
まだ薄ぼんやりとした早朝の光の中で、ルイヴィスは食い入るように手紙を見つめる。
「小鳥様は不思議な夢を見るのだな。でも、そんな道具があったら、確かに便利そうだ」
手紙には『夢の魔道具』なるものが、図解入りで書かれている。つるつるの板状のものに、指先で字を入れて、それを相手の機器へ瞬時に転送するのだとか。
調子のいい空想に思わず笑ってしまったが――……読み返すうちに、真剣に考え始めてしまった。
「……作れるのではないか? 魔石を加工して、妖精を飛ばしてやれば――……」
頭の中にピンと光が走った。と同時に、ルイヴィスはローブをひるがえし、足早に石碑広場を後にした。急いで城に戻る。
さっき出てきたばかりの自分の執務室へと舞い戻り、ガサガサとテーブルの上を片付けた。
そこへ魔石の塊をドンと置き、さらに、ワラワラと妖精が入っているカゴを持ってくる。
妖精は光の玉に、触角と羽が生えたような見た目をしている。特定の魔石間を行ったり来たり飛び交う習性があり、その際、石の表面に絵を描き入れて、仲間たちと情報を共有する。
魔石から魔石へ、仲間から仲間へ、伝言ゲームのように絵の情報を回していく、面白い妖精だ。
描かれている絵をそっくり覚えて、別の石に転写する能力があるので、これを上手く利用すれば、模倣絵の作成や写本作業をやらせることができるのでは――と思い、訓練中の妖精を飼っている。
カゴの中でチョロチョロと飛んでいる妖精たちをつついて、仕事の命令を下した。
「お前たちには、絵や本の複製訓練をさせてきたが、別の仕事を与えることにする。私と小鳥様の橋渡しという、重大な任務だ。心してかかれ」
妖精たちは気合い十分といった様子。……というのは、こちらが勝手に想像しているだけで、この者たちには人間のような知性はない。
どちらかというとミツバチなどの虫に近い生き物なので、命令の意味などまったくわかっていないだろう。
仕事の褒美として与えられる、砂糖を楽しみにしているみたいだ。
「――さて、完成に至るかはわからないが……やってみるか」
今日のタイムスケジュールから、『帰って寝る』という予定を削除する。夕方には出張の馬車に乗らないといけないので、時間との勝負だ。
小鳥様への手紙に、この夢の魔道具を添えられるよう、頑張りたい。
■
新棟に移った魔導院では、本日も人々が片付け作業に追われている。
グレイシーにこき使われて、クロアが慌ただしくしているのはいつものこと。なのだけれど、思いがけず、今日はそれなりに快適に働けている。
それというのも、怖ろしい宵闇の魔導官ルイヴィスが、帰宅せずに執務室に籠りっきりになっているからだ。
官吏たちの執務室と広間は壁一枚なので、皆、騒がしくしないように粛々と仕事をしている。
叱責を受けたばかりともあって、ハンナたちも大人しい。クロアへのちょっかいも控えめなので、心穏やかに過ごせているというわけである。
今日は片付けの最中に、手を休めて周囲を見回す余裕もある。広間内の雑務メイドたちを目で追って、チラチラと観察してしまった。
(コウモリさんはどんな子なんだろう)
文章の雰囲気から、明るくて可愛らしい人物を想像している。城勤め歴はそれなりに長そうなので、自分より少しお姉さんくらいの歳だろうか。優しくて真面目で、気がまわるメイドさんだが、それゆえに人間関係の悩みを抱えがち――という印象だ。
そういう雰囲気の人物を探して、視線をさまよわせる。
(あのメイドさんとか、すごくそれっぽいけど……いや、やっぱり他の場所のメイドさんかしらね)
城の外に出る用事がある、ということは、買い物に駆り出されるメイドだろう。魔導院では今のところそういう仕事は聞かないので、他の場所に在籍している可能性が高い。
そんなことを考えながら周囲を見回していると、執務室の扉が勢いよく開かれた。
目元に濃いクマを浮かべて、魔王のような容貌を極めたルイヴィスが足早に出てくる。広間の人々が反射的に緊張感を高める中、彼は荷物を小脇に抱えて大股で歩き去った。
すっかり姿が見えなくなってから、緊張をゆるめた人々が軽口を交わしていた。
「ルイヴィス様、寝ずにお仕事をされていたみたいだけど、疲れたお顔も精悍で素敵だわ」
「今日はこの後、外出のご予定だとか」
「竜払いに行くという噂を聞きましたよ。すごいですね!」
何やら、魔王と竜が戦うらしい。凄まじい話だなぁ、と呆けてしまった。自分とは一生、縁のない世界の話だ。
いや、一つだけ、クロアにも関係する問題が起きてしまうか。
(……ルイヴィス様がご不在となると、グレイシー様とハンナさんたちのちょっかいが盛り返しそうね)
そういう意味では、早く帰ってきてほしい気もするけれど……いたらいたで怖ろしさもあるので、複雑な心境だ。