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7 退勤時の一喜一憂

 朝方には雨も止み、ルイヴィスの退勤時には、もう空は澄んでいた。


 魔法をまとって泥はねを除けながら、大股で石碑へと急ぐ。道中の考え事は、もっぱら小鳥様のことだ。


(下級使用人が旧庭園の方に出入りしているとは知らなかったな。私が思っているよりも、この道は人が通っているのかもしれない。もしかして彼女が――……とも思ったが、雑務メイドにあのような筆才があるとは思えない。考えすぎだな……過敏にならぬよう、気を付けよう)


 昨日、たまたま仕事を命じた下級メイドの一人を疑ってしまったのだが、見当違いだろう。やはり、ある程度身分があり、教養の高い女官だろうと思う。

 

 そんなことを思いながら石碑のもとにたどり着き、置いてあった葉の包みを手に取った。


「小鳥様だ……! 花が添えてある……なんと可憐な心遣いだろう」


 昨日のメイドは『もう二度と近づかない』と言っていたから、やっぱり小鳥様は別の人物のようだ。


 いそいそと包みを開けて手紙を取り出す。さぁ、今日はどんな愚痴話が展開されているだろう――と読み始めたのだが、直後に表情を険しくしてしまった。


「……怖ろしい男に詰め寄られた、だと? (笑)じゃないだろう。まったく笑えん。……どこのどいつだ、その不届き者は」


 城内で女官に詰め寄る不埒者がいるとは、許せない。いや、そういう話は世間的に珍しいものでもないが、小鳥様が被害に遭ったとなると、なんだか無性に腹が立つ。


 そして心配だ。怪我などしていないだろうか……。語り口は軽いが、きっと傷ついたに違いない。


 男が女を襲うようなことがあれば、魔法火の罰が下ることになるが、それはいわゆる決定的な行為があった場合だ。

 その手前までなら、と、ちょっかいを出す男の官は、残念ながら少なくないと聞く。


「お可哀想に……大丈夫だろうか……。クソッ、私がその場にいたならば、魔法で即時抹殺してやったのに」


 歯がゆさに顔をしかめながら、続きを読んでいく。

『優しく明るく楽しい人のもとで、心安く仕事をしたいものですね』と、理想が綴られていた。


「小鳥様はそういう人物を好むのか。……真逆をいく私のような人間は、嫌われてしまうかもしれないな」


 それは、なんか嫌だ……と、思った。できることなら好かれたい。彼女とは友好的な関係でいたいのだ。

 ならば、せめて文面では明るく朗らかな人物でいよう――。


 そう心に決めて、返事を書くべく手帳を取り出す。陽気な雰囲気を意識して、語り口を少し砕けたものにしてみた。小鳥様の真似をして、絵や顔を模した記号も盛り込んでみる。


 手紙の半分が心配の文面で埋まってしまったが、別に仕事の信書ではなく、率直な気持ちを交わすやり取りなのだから、まぁいいだろう。


 書き終えたら、また葉に包んで置いておいた。周囲を見回して花を摘み、魔法で美しい金色に変えておく。


 もらった花は帰ってから自室に飾るとしよう。小鳥様の花を手にしたまま、ルイヴィスは帰途に就こうとした――が、思いとどまって逆方向に歩き出す。


 城内に不埒な男がいるということが、やはり気がかりでむしゃくしゃする。どうにも気持ちが収まらないので、警備兵の見回り強化願いを出しておくとしよう。


 足早に来た道を引き返して、城へと戻った。


 今まで帰りの道中では、『一刻も早く帰って寝たい』としか思うことがなかった自分が、こうして他の用事を優先させるなんて――と、どこか他人事のように驚いている。


(生活に張り合いが出る、というのは、こういう心地のことを言うのか)


 仕事上がりに街へ遊びに行く官吏たちを見て、『よくそんな元気が残っているな……』と心底疑問に思っていたけれど、今、少し理解できた気がする。


 なんにせよ、城勤め生活で初めてできた愚痴友達(仮)を大事にしたい。不埒な男は城内から駆逐してやろう。


 と、意気込んでとんぼ返りしたというのに、警備兵の屯所を訪ねる前に、厄介な人物に捉まってしまった。声を掛けてきたのは魔導院の上官だ。


「おぉ、まだ上がっていなかったのか。ちょうどよかった、今話しておこう。ルイヴィスよ、急ぎで悪いが、少し外仕事を頼めないか?」

「……外仕事? と、言いますと」

「王都郊外の空に雷竜が出るようになっただろう? いよいよ駆逐の依頼が入ったから、お前に頼もうと思ってな。出張中は、夜の急ぎ仕事はこちらでどうにかしておくから、よろしく頼む」

「……かしこまりました」


 前も、その前も、そのまた前の出張も自分に回ってきたような気がするのだけれど……また引き受けてしまった。


 恐らく同僚たちがそれとなくパスを回しに回し、自分のところで着地しているのだろう。

 自分も上手いこと回避できるくらいのコミュニケーション能力があったら、もっと城勤めが楽だったろうに……。なんて、他人事のように思ってしまった。


(雷竜より不埒な男の方を駆逐したいのだが……。……帰りがけに愚痴を書き足しておこう……)


 小鳥様が笑ってくれるなら、理不尽な仕事も役得か……。そう前向きに考えておくことにする。


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