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5 思いもよらない返事

 翌朝はドスッと横腹を蹴り飛ばされて目が覚めた。昨日の重労働で全身筋肉痛だというのに、モロに打撃を受けて呻いてしまった。


 寝間着姿のハンナがこちらを見下ろして、あくび混じりに命を出す。


「いつまで寝てるの。さっさと起きて、朝ご飯の支度に行きなさい。宿舎の下っ端たちの仕事よ」

「しょ……承知しました……」


 バキバキの体を無理やり動かして起き上がり、今日もクロアの一日が始まった。





 宿舎で慌ただしく朝の仕事を終えたら、一息つく間もなく、城に上がって仕事をする。


 引き続き、魔導院の引っ越し作業が主だが、荷運びは昨日のうちに頑張ったので、今日は体力的に少し楽できた。


 が、その分、グレイシーの小言に付き合わされる時間が長くて、精神的には疲れ果てることになったけれど……。


 他には小物の仕分けやら、掃除やら、意味があるのかわからない新棟周りのドブさらいなんかもやらされた。


 そうして日中はみっちりとグレイシーにこき使われて、夕方、宿舎に戻ってからはハンナの命令が飛んでくる。


 宿舎内の雑用をあれこれこなしているうちに、就寝時間を迎えた。もちろん、クロア以外の面々にとっての就寝時間だ。


 クロアはというと、掃除道具を抱えて宿舎を後にしたところである。これから一日の最後の仕事、石碑の掃除をしなくてはならない。


 クタクタの心身を叱咤して石碑の前に立つ。昨夜と同じようにゴシゴシ水拭きしながら、本日のストレスランキングなんかを考えていた。


(今日も色々あったわね……。ストレスランキング第三位、虫退治を命じられたからその通りにしたら、『気持ち悪っ、こっちに寄らないで』って言われたこと。第二位、ハンナさんに足を引っ掛けられてすっ転んだこと。人前で、ものすごく恥ずかしかった……。第一位は――……)


 ドゥルルルルルルルル、ジャジャーン! と、脳内BGMを鳴らしておく。やけくそである。


(第一位、グレイシー様にハタキの柄で引っ叩かれたこと。腕に痣ができたわ……)


 思い出すとまた痛くなってきた。腕をさすって盛大にため息を吐く。


 失態の罰で叩かれたわけではなく、理由は『あなたのドブ色の目がイラつくから』だそう。彼女は緑色が嫌いらしい。知ったこっちゃないわ……という言葉が喉まで出てきたが、どうにか堪えた自分をほめたい。


 兄と一緒に、父から継いだ目の色だ。ドブ色なんかではなく瑞々しい葉っぱ色。顔を焼かれてしまった兄の目が、今どうなっているのかはわからないけれど……。


「……どうかご無事でありますように……」


 罪人とはいえ、家族が無事を祈るくらいは許されるだろう。彼は意識も虚ろな状態で、牢に入れられてしまったそうだが……どうか怪我の治療が適切になされているといい。そう願う他ない。


 拭き掃除を終えて、時間潰しの草むしりに移る。昨夜の愚痴落書きはまだ残っていて、自分で書いておきながらあきれた顔をしてしまった。


「わたくしったら、よくもまぁ、こんなにたくさん愚痴が出てきたものだわ」


 こうして見回してみると何かの呪文みたいだ。と、そんなことを思った時、ふと見慣れない文字列が視界に入ってきた。


『城畜、面白い言葉ですね。私も自称したいです。色々大変ですが、お互い適当に頑張りましょう』


 ランプを寄せてよくよく見てみて、目を丸くする。こんな言葉を書いた覚えはないし、筆跡も自分のものとはまったく違う。


「えっ……!? これ、誰が書いたのかしら!? わたくしの愚痴への返事(リプライ)? やだ、『城畜』が通じてるみたいだわ……ありがとうございます……。って、旧庭園、人通りあるの?」


 まさか返事が書き込まれるとは思わなかった。冗談のつもりで前世のSNS呟きみたいな愚痴を残してみたのに、本当にそれっぽい交流が発生してしまった。


「この人も大変な立場にいるのかしら……。もしかして、わたくしの他にもこういう罰を食らっている、下級メイドがいるのかもしれないわね」


 城勤めの使用人はものすごく多い。クロアが身を置いている建物以外にも、宿舎はたくさんある。他の宿舎、他の院に籍を置いているメイドで、同じように理不尽な罰仕事をしている人がいたとしてもおかしくはない。


 自分だけじゃない、と思うと、不思議な勇気が湧いてくる。なんとなく、共に戦う仲間ができたような心地だ。


 ついテンションが上がり、草むしりもそこそこに返事を書き込んでしまった。


『お返事に驚きました! 城畜、わたくしの他にもいて草……いや、あなたも大変なご苦労をなさっているのですね。『適当に頑張りましょう』って、ほんそれでございます。理不尽は適当に受け流し、日々を乗り越えていきましょう(^o^)ノシ』


 勢いでスラングを使ってしまったが、『(笑い)』という意味が通じないかと思い至って、注釈を添え書いておく。


 さらに賑やかな顔文字や絵文字なんかも混ぜて、浮かれ切った文章にしてしまった。


 たまたま通りがかっただけの人で、次は届かないかもしれないけれど。まぁ、時間潰しを兼ねての書き込みだ。


 最後にまた小鳥の絵を描いて、丸で囲っておいた。


「さて、と。時間は……よし、零時過ぎ。帰りましょ」


『きたくりこ……』なんて空元気の呟きを口にして、クロアは宿舎への帰りの途に就いた。









 朝日と共に退勤をきめたルイヴィスは、いつもより少しだけ歩調を速めて帰路を進む。向かう先は石碑広場だ。

 

 昨日、遊び心に任せて返事を書いてしまったが、あの落書きはどうなっているだろう。呪詛士の小鳥様は目にしただろうか。


(……いや、別に何を期待しているわけでもない。断じて。昨日三時に出勤した時も、何も変化はなかったのだし)


 そう思うけれど、心の一割くらいはソワソワしている。また何か面白い愚痴や、もしくは返事などが書かれていやしないかと。


 我ながら子供みたいであきれるが……日々の繰り返しに疲れ果てている大人は、こういうちょっとした非日常に心躍らせてしまうものなのだ。


 朝日を反射する石碑へと歩み寄りながら、周囲の地面に目を向ける。――次の瞬間、無意識のうちに口角を上げてしまった。


「返事が書かれている……! それに、新しい呪詛――いや、愚痴も!」


 辺り一面に書き綴られていた文面は、なんと一新されていた。昨日よりもさらに小気味いい語り口で愚痴が書き込まれている。


 濁さず率直に負の感情を露わにしながらも、言い回しが巧みで不快な感じがしないところがすごい。


 クスッと笑える上に共感できて、『わかる……!』と頷きながら一気に読み切ってしまった。


「小鳥様、一体どういう人なのだろう」


 語彙が豊富で、言葉の略しや造語が多い。これだけ自在に書き綴っているのだから、きっと学のある人物だろう。


「官吏か……いや、女官か?」


 自分への返事と思われる文面には、ところどころ簡易的な絵が添えられている。顔であったり、キラキラした光のようなものだったり。花や音符もある。

 可愛らしい雰囲気なので、おそらく女性だろう。


 人物像を想像しながら、転がっている木の棒を手に取った。また空いているところに返事を書こうと思ったが、ふと空を確認する。


 雲が多く、空気がどことなく湿っている。今日はこの後、雨が降るかもしれない。

 棒切れを放って、代わりに懐から手帳とペンを取り出した。


(宛名は小鳥様でいいだろうか。また地面に小鳥の絵が描かれているし、きっと彼女を表すものなのだろう。ええと、『小鳥様へ――……』)


 石碑に背中を預けて、ゆっくりと考えながら返事を書き綴った。


 今日は、自分も当たり障りのない範囲で愚痴をこぼしてみることにする。ストレスを溜めている者同士、きっと共感し合えるに違いない。


『夕方以降に仕事を振られるのが嫌』とか、『城内を移動中、微妙な知り合いと行き先が一緒になってしまった時に気まずい』とか。彼女のように巧みな言い回しはできないが、色々と書いてみた。


 今まで自分の中だけで悶々としてきた反動か、書き始めると止まらなくなってしまった。結局手帳二ページを使って、裏表にびっしりと愚痴を綴ることになった。


(締めに、私もペンネームを添えておくべきか。相手が小鳥様なら、私は――……コウモリにしよう)


 朝の小鳥の対になる生き物として、コウモリがいいだろう。ペンネームを書き添えて、ついでにコウモリの絵を描いた。

 

 ページを破り取って畳み、近くの木から大きな葉を数枚、拝借してしっかり包む。仕上げに防水魔法で守りを施して、石碑の根元に置いておいた。飛ばないように石ころを重しにしておく。


 届きますように、と心の中で祈り、今度こそ帰途に就いた。


 官吏ともあろう者が、どこの誰とも知らない人の落書きのやり取りに、返事をするなんて――と、傍からは滑稽に見えることだろう。


 自分でも、何をやっているのだか、と思ってはいるが……でも、どうにも心が弾んでしまって仕方ない。


 人との交流が苦手で、嫌いだ――と、自分のことを分析してきたつもりだが、案外そうでもないのかもしれない、なんてことを、ふと思ってしまった。


 このやり取りに関しては、純粋に好奇心と面白さを感じる。


 文通だと沈黙に焦ることもないし、匿名だから体面を気にせずに素の気持ち――負の感情なんかも出せるのが気楽でいい。


 加えて、小鳥様は変な造語や、悪びれない物言いを堂々と繰り出してくるから、こちらも多少おかしなことを書いても大丈夫だろう、という妙な安心感がある。


「……人との交流は、存外楽しいものなのだな」

 

 叶うのならば、この不可思議な交流がもう少しだけ続くことを願いたい。


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