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23 転落令嬢と愚痴友達

 お縄についたギレルモとグレイシーはすっかり意気消沈して、問われるがまま、すべてを白状したのだった。

 

 ギレルモの供述によると、半年前に雷竜の災によって別宅を失い、損失の埋め合わせと再建のための金が欲しかった、とのこと。


 ちょうどその頃、兄スコットがソフィーと婚約したことで、グレイシーは決定的な失恋を迎えた。そうして報復を望むグレイシーと金を欲するギレルモが手を組み、犯行を企てるに至ったそう。


 グレイシーは当時抱えていた下っ端メイドに金を渡す約束をして、魔導院で魔法未処理の契約書を盗ませた。ギレルモは半年ごとに行われる契約更新に、その未処理契約書を用いて、罰の魔法が解除されている状態を保っていたそうだ。


 そして次の契約更新の直前――年度末に犯行に及んだ。金庫から鞄いっぱいに金を盗み、その翌日、作業中の兄と金庫内紙幣に油をかけて、火をつけた。罰の魔法火の火事ということにして、隠ぺいを図った――とのことだ。


 グレイシーがクロアの身元引受人となったのは、辛く当たって報復を続ける目的と――……クロアの容姿が、想い人のスコットによく似ていたから、という理由らしい。


 愛憎渦巻く複雑な感情によって、側に置かれていたのだと知り、クロアは今更ながらゾッと身を震わせることになった。――ということをルイヴィスに話したら、彼も思い切り顔をしかめて、酷い魔王顔になっていた。


 



 そういうわけで、改めて真相が明らかにされたことで、フローレス家のお家取り潰しは撤回された。

 伯爵家令嬢の身分も、一応取り戻したけれど――……屋敷は空っぽのままだ。


 兄は高度な治癒魔法の医療を受けるために入院し、巻き込まれて投獄されていた初老の家令も、しばらく療養するとのこと。 

 他の使用人たちも散り散りになってしまったし、皆が屋敷に戻るのはまだ先になりそう。


 クロアはそんな空っぽの屋敷に、一人ぽつんと帰ってきたところだ。


 久しぶりに対面する我が家。外観を見回し、屋敷の玄関扉を開け放ってみたが……中へと踏み込む一歩が出ずに、立ち尽くしてしまった。


「う~ん……すっかり埃っぽくなって……。庭の草木はボウボウだし、ロビーの窓は割れてるし……泥棒でも入ったのかしらね」


 人が住まなくなると、家の傷みが早くなる――とは、よく聞く話だが、空き家となっていた我が家は、本当に劣化が進んでしまったように見える。


「まったく……屋敷のこの傷みも、全部、何もかも、あの人たちのせいね。やっぱり、わたくしも直接殴っておくべきだったかしら」


 このフローレス家の惨状をどうしてくれよう。過激な愚痴の一つや二つ、吐きたくもなる。

 一つ幸いなのは、そういうぼやきを受け止めてくれる相手がいることだ。


 愚痴友達に現状を伝えるべく、クロアは鞄から魔道具を取り出した。――すると、既に画面にはメッセージが浮かび上がっていた。


 送り主はもちろん、ルイヴィスである。


『お屋敷の様子は?』

『すっかり寂しい屋敷になってしまいました(´・ω・`)ショボン』

『屋敷暮らしが寂しければ、いつでも城に戻っておいで』

『そうですね……宿舎のほうが賑やかで良いかも。あなたとも遠くなってしまいましたし……』


 身分を取り戻したことで、クロアの下級使用人としての城暮らしは、一旦区切りがつくことになった。


 とはいえ、ルイヴィスのもとで仕事に励む日々はやりがいがあって楽しかったので、この先、また改めて城勤めをすることも考えている。


 予期せず転落させられたフローレス家の再興のためにも、クロアが働き手となって家計を支えるべきだろう、という思いもあり。


 なんにせよ、まずは事件関係のゴタゴタが落ち着いてからの話だけれど。それまでは魔道具越しに、ルイヴィスとの交友を続けていくつもりだ。


『でも、こうして離れていても、筆のお喋りができることは幸いですね。本当に、素敵な魔道具を作っていただき、ありがとうございます』


 物理的な距離が離れていても、画面をのぞき込めば、相手と繋がっていることを実感できる。――これは、そういう素敵な交流の魔道具である。


 お礼のメッセージを書き込んで、妖精に届けてもらう。――けれど、返事は画面越しではなく、直接届くことになった。


 書き終えてから、ふと顔を上げると、ちょうど門前に一台の馬車が停まったのだった。


 馬車から降りてきたのは、昼間の明るさとは正反対の真っ黒なローブ姿の男。宵闇の魔導官――ルイヴィス、その人だ。


 彼は魔道具を片手に、苦笑しながら歩み寄ってきた。


「やはりお一人で帰すのは心配で……仕事をサボって追ってきてしまった」

「まぁ……! 官吏ともあろうお方がサボりとは」

「これも脱城畜活動の一環ということで」


 もうすっかり馴染んでいる『城畜』という造語に、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。


 けれど、ルイヴィスはすぐに表情を整えて、真っ直ぐにクロアを見つめてきた。姿勢までも正して、彼は少し緊張したような声音で話し始める。


「……魔道具越しのお喋りも楽しいが、私は、できればあなたとは直接話す時間も、たくさん欲しい。これから先も、ずっと」

「それは光栄です。週末など日を決めて、定期的にお茶会を開きましょうか。愚痴友オフ会と銘打って」

「素晴らしい会だ。きっと楽しいに違いない! 違いないが……! 友人としてお会いするのではなく、もっとこう、近い関係で……私は、あなたと…………その…………」


 ルイヴィスは喋るほどに表情を険しくして、言葉を選ぶ間が長くなり、ついには口をつぐんだ。


 神妙な面持ちのまま、しばらく言葉に迷っている様子だったが――……そのうちに、彼は何か覚悟を決めた顔をして、手にしていた魔道具にペンを走らせたのだった。


 それをクロアの目の前に掲げて、メッセージを直接見せてきた。


『友人としてではなく、夫婦の縁を結ぶべく、交際を続けさせていただきたい。あなたをお慕いしております。結婚してください』


 文章を目で追い、三度読み返したところで、クロアは顔を真っ赤にしてひっくり返りそうになった。


「――って!! ちょっと……!! そそそそんなストレートに……!! 結婚!? わたくしと!? ですか……!?」


 思わず裏返った声で問い返し、一人で大騒ぎしてしまったが、対するルイヴィスは静かに愛のメッセージを掲げ続けている。が、静かではあるが、顔は同じように真っ赤だ。照れが極まって固まっている、といった様子。


 直球でぶつけられた縁談に、思い切り動揺してしまったけれど――……でも、想像もしていなかった、というと、嘘になってしまうかもしれない。


 前々から、思うところがあるにはあったのだ。彼が心を寄せてくれているのではないか、と。城勤めの日々の中で、度々、そういう熱や甘さを帯びたアピールをしてくれていたから。


 身分を取り戻した今、二人に縁談が持ち上がっても、差し障りは何もない。

 事件がなければ、兄スコットの結婚式の後に、ちょうどクロアの縁探しが始まる予定でもあった。


 つまり、今、クロアには断る理由が何一つない。


 肝心の自分の心だって、交流の中で、もうとっくに傾いてしまっている――……


 クロアは深呼吸を繰り返し、いくらか気持ちを落ち着けた。姿勢を正してから、魔道具ではなく、ルイヴィスへと真っ直ぐに視線を向ける。


「ええと……目の前にいるのですから、そういう愛の言葉は、直接、声に乗せて届けてくださいませ!」

「……ごもっともな指摘、痛み入る。失礼した……では、改めて――」


 ルイヴィスはローブの下に魔道具をしまい、裾をふわりとなびかせて片膝をつく。クロアに手を差し伸べて、魔王とは程遠い、優しげな、はにかんだ笑みを浮かべた。


「あなたを心から愛しております。小鳥様も、クロアも、好きで好きでたまらないのです。どうか私と縁を結んでください」


 伸ばされた手を取り、クロアも笑いかける。


「わたくしでよければ。どんな愚痴でも、泣き言でも、楽しいことでも、何でも話せる相手として、どうぞあなた様のお側に置いてくださいませ。愛しのルイヴィス様、大好きなコウモリ様」


 ルイヴィスは立ち上がると同時に、クロアを腕の中に閉じ込めた。

 小鳥は大きなコウモリに思い切り抱きしめられて、愛に満ちた、やわらかな口づけを贈られたのだった。

 

 顔も名前も知らない、遠くの『誰か』だった相手。そんな二人の距離が、今、すっかりなくなってしまった。

 





 転落令嬢の愚痴友達は、後に、『情報伝達手段の革命』と呼ばれるほどの偉大な魔道具を生み出した官吏として、王から功績の勲章を(たまわ)ることになる。


 ――いや、その頃にはもう、『友達』ではなく、すっかり『夫婦』と呼ぶのがふさわしい間柄になっていたけれど。

 あとほんの少しだけ、先の話だ。






おしまい


お読みいただきありがとうございました!

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