21 大罪人の捕縛
夜九時をまわって、食堂で働いている人々も帰り、明かりが落とされた後。見張りを終えた警備兵と入れ替わり、ルイヴィスが柱の陰に立った。
暗がりの中だが、念のため、さらに姿消しの魔法を使う予定だけれど――……隣にはクロアが立っていて、一緒に魔法を浴びようとしていた。
「……クロア、もう一度言うが、宿舎に帰りなさい。夜も遅いし、万が一あなたの身が危険に晒されでもしたら――」
「お願いします、どうかお供をさせてくださいませ……! 犯人が現れる可能性があるなら、わたくしも立ち合い、この手で取っ捕まえてやりたいのです! そうでないと腹の虫がおさまりません……!」
「と言っても、姿消しの魔法は魔導官のみ使用が認められていて、他人にはかけることができない決まりになっていて――」
「そこを何とか……! お兄様とソフィー様の分も、わたくしが犯人を一発殴ってやらないことには……っ」
クロアが食い下がると、ルイヴィスは諦めてため息を吐いた。
「……では仕方ない。こちらにおいで」
ルイヴィスはローブの合わせをひるがえし、クロアの手を引いて、そのまま胸元に抱き留めた。そうしてローブの内側に収めてから、自身に姿消しの魔法をかける。
「これなら、まぁ、合法の範囲だろう……」
「あ……っと……ありがとう……ございます……」
魔法をまとっているのはルイヴィスのみ。だが、そこへクロアを収納することで、合法姿消し、ということにしてくれたらしい。
こういう形に収まるとは思っておらず、照れと、服越しに伝わってくるルイヴィスの体温で、のぼせそうな心地だ。
「胸の音がうるさかったらすまない……」
「いえ、わたくしも相当うるさくなっておりますので……」
「そうなのか? それは、聞いておきたい」
「ひぃっ……ご勘弁を……!」
「ほら、もう姿を消しているのだから、騒がずに」
ルイヴィスはクロアを抱き留めたまま身を屈めて、顔を寄せてきた。耳元に低い声を吹き込まれて、例えようのないくすぐったさに身をよじる。
新手の拷問をくらうことになってしまったが……無理を言って居座っているのは自分なので、やり過ごすしかない。
ひっそりとヒィヒィ言いながら、待機を続けていたけれど――……一時間ほどが過ぎた頃、暗闇の中で、控えめな足音が聞こえてきたのだった。
足音は途中、何度か止まり、伺うようにして大食堂の中へと入ってきた。真っ暗な中を人影が進んでいく。
影は掲示板の前で足を止めた。そうして上着の下から金槌のようなものを取り出し、周囲を見回して――……大きく腕を振り上げた。
あっ! と、声を出しかけたが、クロアの口はルイヴィスの手で塞がれた。
間を空けずに、ガシャーン! と、けたたましい音が食堂内に響き渡る。人影は掲示板魔道具を叩き割ったのだった。
クロアは後ろに押しやられ、ルイヴィスが大声と共に魔法を放った。
「不届き者め! 顔を見せよ!!」
「っ!?」
逃げ出そうと身じろぐより速く、魔法の輪が犯人の腕と胴体を縛り上げた。食堂には一斉に明かりが灯り、眩しい光が人影を照らし出す。
そこにいたのは、髪を後ろに撫でつけた中年男――ギレルモ・ブラウンだった。
眩しさと驚き、そして魔法の捕縛でよろめき、彼は呻きながら膝をついた。
まさに魔王を思わせるような鋭く厳しい顔で見下ろして、ルイヴィスが吐き捨てる。
「ギレルモ・ブラウン、やはり貴様が現れたか」
「なっ……無礼者! 何をする!」
「それはこちらのセリフだ。貴様こそ、何をしている。財務院の金庫管理長ともあろうお方が、夜中にコソコソ犯罪行為に勤しむとはな」
「わ、私はただ……! 掲示板の不名誉な書き込みを消そうと思っただけだ! こんなモノが残っていては、金庫番の沽券に関わるだろうと思って……!!」
「言い訳は牢の中でしろ。高価な魔道具を破壊した貴様は、まごうことなき現行犯の罪人だろうが」
「ぐっ……! いやっ、違う! 他に方法がないと言うのだから、仕方なく――……っ」
ギレルモは血走った眼でルイヴィスを睨み上げていたが、その目はしだいに、ギョロギョロと周囲を見回し始める。破壊音と騒ぎを聞いて、見回り警備兵が続々と駆けつけてきたのだ。
「城内器物損壊の罪人だ。地下牢に収容し、ただちに王城警吏を呼べ」
ルイヴィスは警備兵たちに命令を下す。
兵に囲まれてパニックを起こしているのか、ギレルモは拘束から抜け出そうと、もがき暴れ出した。が、さらに足にまで魔法拘束をくらって、地面を転がった。
のたうち回る彼に歩み寄って、ルイヴィスは冷たく言い放つ。
「牢の中で余罪についても絞り上げてやろう。魔道具を壊した罪よりも、余罪の方が重く厳しい罪になるだろうな。覚悟しておくといい」
「うっ……ぐぬぅ……っ! 余罪など……っ」
荒々しい捕縛劇に怯んでしまっていたクロアだが、気を取り直してギレルモへと歩み寄る。
端末を取り出して、画面に書かれている字を見せつけてやった。
「これはお兄様――スコット・フローレスの証言です。『あの日は金庫室内で作業をしていて、気が付くと管理長が後ろに立っていた。振り向きざまに何か液体をかけられて、その直後、体が火に包まれた』――と、ようやく叶った面会で、彼は婚約者に語ったそうです」
ソフィーから届いた連絡には、代筆で、兄の言葉が綴られていたのだった。
「あなた様は別宅を失って、金庫から金を得たのではないですか? その隠ぺいのために、お兄様を巻き込んで火事を起こしたのでは? 彼を標的にしたのは、姪のグレイシー様の縁談が上手くいかなかった、報復を兼ねていたのでしょうか?」
「……っ……」
ギレルモは思い切り顔を歪め、頭に血をのぼらせているのが見て取れたが、顔色は赤いどころか青白くなっていて、ただならぬ様相を呈している。
そんな彼を見下ろして、クロアはさらに詰め寄った。
「ずっと面会が叶わなかったというのに、収容所の職員にギレルモ様のお名前を出して揺すったら、途端に面会願いが通ったそうです。『ギレルモ様はもうすぐ捕まる。味方をせずに寝返ってしまった方がいい』と持ち掛けたら応じたとのこと。あなた様には贈賄罪も加わることでしょうね」
ギレルモは声にならない呻きと荒い息を吐き出すだけで、もう何も言い返してはこなかった。黙秘に徹することにしたのか、それとも言葉が出てこなくなるほど、頭が真っ白になってしまっているのか。
ただただ顔を歪めて、拘束魔法の下で戦慄いている。
そのうちに王城警吏も駆けつけて、転がっていたギレルモは立たされ、地下牢への歩みを促された。
が、ルイヴィスが連行を止めて、クロアの顔を覗き込んできた。
「一発殴ってやりたい、と言っていただろう。連行前の今が最後の機会だろうから、どうぞ」
「あっ、はい」
最後に殴る時間をくれるらしく、目の前にサンドバッグ――ギレルモを用意された。……が、いざその時を迎えると、オロオロしてしまった。
「す、すみません……勢いで言ってしまったのですが、わたくし、虫を叩いた経験しかなくて……人の殴り方が、ちょっと……」
「そうか。クロア、目をつぶっていて」
「え……?」
クロアの目元にルイヴィスの手が覆い被さり、視界を塞がれた。その直後、ガツンと鈍い音が耳に届いた。
次に視界が開けた時、ギレルモはずいぶんと遠くに転がっていたが……この魔王は、どうやら物理攻撃も心得ているらしい。
警吏たちはあっけに取られていたが、『まぁ、ほどほどに』とたしなめる程度で、さっさと職務に戻った。捕り物中のいざこざでの殴り合いは、さして珍しいことでもないのだろう。
警吏に囲まれて連行されていくギレルモは、力なくよろめいていた。




