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20 釣りと炎と釣果

 翌日、ちょうど昼時の混雑している大食堂で、釣り作戦を実行することになった。

 掲示板魔道具の前に立ち、クロアは端末を手にしてペンを握る。


「釣りというのは、こういう掲示板などに情報を垂らして、興味を持った相手を引っ掛けることです。上手くいけば、ですが……関係者を動揺させて、あぶり出せるかもしれません」


 隣で見守るルイヴィスに概要を説明しながら、画面にペンを走らせた。書き込んだメッセージを妖精が預かり、掲示板の大画面へと転写する。


『前に火事のあった金庫室、たまたま近くを通る機会があったんだけど、なんか油臭くない? あの事件って放火だったっけ?』


 浮かび上がった文を見て、ルイヴィスはまたポカンとした顔をしていた。


「これはこれは……なんとも大きな釣り針だな」

「ちょっと怖い心地もしますが……とりあえず、試しに一週間くらい、保持の魔法をかけていただけないでしょうか」

「あぁ、かまわない。これで財務院の様子を見よう。ギレルモ氏が顔を青くするかどうかを」


 前世では、人々の間にはそれなりにネットリテラシーが広まっていたため、あからさまな釣りに引っかかる人はあまりいなかった印象だ。


 が、今世のこの世界においては、こういうツールは初めての出現となる。露骨な巨大釣り針でも、引っかかる人が出てくるのではないか――と、期待しておく。


 釣り投稿を終えて、これでよし! と眺めていると、思いがけず、すぐに言及の呟きがなされた。


『放火じゃなくて、官吏が盗みを働いて罰をくらったって事件だったような』

『あれは罰の魔法火の延焼じゃなかった?』


 食堂のテーブルにも、自由に使える端末を複数設置してあるのだが、人々は昼食を取りながら、掲示板の書き込みに言及し始めたのだった。


『いや、放火ってまずくない?』

『財務院では緘口令(かんこうれい)が敷かれてるという噂を聞きました』 

『今度通る時、油臭確かめてみようかな』

『なんか不穏だなぁ。魔法火で焼かれた官吏、ただの被害者だったりして』


 言及の書き込みはしだいに量を増していき、掲示板一面がその話題に染まった。画面上だけでなく、見上げている人々も口々に話をしている。


(これは……もしかして、燃えてる……?)


 掲示板と食堂内に交互に目を向けて、クロアは少し怯んでしまった。


 事件の関係者を動揺させてやろう、という釣り投稿だったのだが、周囲の焚き付けによって、釣り針は炎に化けた。


「不謹慎ではありますが……こういう状況をまさしく、『炎上』と言います。話題が悪い方向に燃え盛ってしまうことで、なかなか怖い現象です。……大丈夫かしら、これ……不安になってきました……」

「怯むことはない。怖ろしく思うのならば、私の影に隠れていればいい。小鳥様が焼き鳥にならぬよう、必ずやお守りする」


 ルイヴィスは冗談を交えて、頼もしい笑顔を向けてきた。


 そういえば彼はこの前、竜払いに出たのだったか。竜と対峙できるほどの人が守ってくれるというのなら、きっと大丈夫……だと、思うことにしよう。







 さて、一応、仕掛けは完了した。これで相手方がどう出るか――。


(何かしらの動きがあるといいのだけれど……)


 魔導院に削除を依頼しにくるか。それとも自ら書き込みを消し去ろうと動くか。もしくは釣られずに、影をひそめたままでいるか。

 反応なし、というのが一番厄介で、気を揉むことになりそうだ……。


 相手方のスルースキルが低いことを祈ろう。どうか、上手いこと釣れてほしい。


 そんなことを思いながら食堂を離れたのだが――……想像していたよりもずっと早くに、大きな釣果(ちょうか)を手にすることになったのだった。


 昼時が過ぎて食堂内が閑散としてきた頃、早速、財務院の使用人が書き込みを消しに来たそうだ。掲示板の設置に伴って配置している、見張りの警備兵からの報告である。

 

 書き込みは魔法で保護されているので、水拭きなんかでは消えない。使用人は困惑した面持ちで去り、その一時間後、今度は魔導院を訪れて削除依頼をしてきたのだった。


 ルイヴィスとクロアは、二人で顔を見合わせてしまった。


(釣れた! 早っ!)


 と、視線だけで会話をしつつ、使用人を執務室に迎え入れる。


「大食堂の掲示板に、財務院に関わる不届きな書き込みがあるから、即刻、すべて消し去るように――と、命令を受けまして、お願いに参りました。ご主人様がお怒りになられているので、すべて消したいのですが……一部の書き込みが拭いても消えず、どうしたものかと」

「命を下した主人の名を教えてもらおう」

「ええと、名前を出さないように、と仰せつかっておりまして……。クレーム事で名前を出すと、余計なやっかみを受けそうだから、と」

「そうか。ではその匿名の依頼主に伝えておけ。掲示板の文字残りは魔法の不具合だから、しばらくは消せない、と。画面を叩き割って、物理的に該当部分を取り除く他ない。そのうち直す予定だから、気長に待て。――と、言伝を頼む」

「かしこまりました。そのようにお伝えしておきます」


 使用人は礼をして、財務院へと帰っていった。

 扉が閉まった後、また二人で顔を見合わせて、ふむと考え込む。


「思っていた以上に相手方は動揺していると見える。動きが早いし、迂闊(うかつ)だ」

「炎上の速さと規模がなかなかですからね。食堂から、一気に話題が広がっている感じですし。不意を突かれて、さぞ焦っていることでしょう」

「冷静さを欠いて、短慮な犯行に及ぶかもしれないな。本当に魔道具を叩き割ってくるかもしれん。警備の解けた夜あたりに――」

「警備兵に夜の見張りも依頼しておきましょう……! 壊されてしまったら大事ですし……!」

「いや、兵がいたら姿を現さないだろう。私が待ち伏せして様子を見ようと思う」


 前世の感覚で言うと、炎上の盛りは大体三日くらいだ。すなわち、相手方のパニックも三日のうちがピークだろうと思う。


 その間に大きく動く可能性がある。注意しておくことに越したことはない。


「ありがとうございます。お力添えに感謝いたします。――あ! ソフィー様からご連絡が――」


 ルイヴィスの提案に頷き、感謝を伝えたちょうどその時、テーブルに置いてあった端末に文字が浮かび上がった。


『スコット様との面会が叶いました』


 その一文から始まったメッセージを読み切って、クロアは表情を険しくした。


「……もし、掲示板を叩き壊そうとするお方が現れるとしたら、()()()に違いありません」


 端末をルイヴィスに見せると、彼も神妙な面持ちで頷いた。


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