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13 一日遅れの邂逅

 気が付いたら宿舎の寝床に横たえられていた。気を失っている間に夜は過ぎ去り、窓からは日の光が差し込んでいる。


 目覚めのぼんやりとした心地の中で、室内に人が出入りしているのを感じた。人々の話し声が耳に入ってくる。どうやら昨夜、金切声が届いて、自分はすぐに助け出されたらしい。


 そんな話をぼうっと聞いているうちに、段々と意識がはっきりしてきた。寝床の側には椅子が置かれていて、そこにはグレイシーが座っていた。


 目を覚ましたことに気が付くと、彼女は微笑みながらも、冷え切った目を向けてきた。


「おはようございます、クロア。やれやれ、お兄様と同じ道を歩まずに済んでよかったですこと。罰の魔法火が移って物置小屋が火事にでもなったら、わたくしにまで責任が及ぶところでしたわ。これからは重々、気を付けて過ごすように」


 それだけ言うと、グレイシーはさっさと部屋を後にした。


 控えているハンナたちも、ツンとした表情でこちらを見下ろしていたが、少しばつが悪そうな雰囲気だ。


「……昨夜のことは悪く思わないでちょうだいね。罰仕事まで魔法契約の内だったとは知らなかったのよ」

「というか、そもそも男と会おうとしてた、あなたが悪いのだし……」

「今日明日は仕事をしなくていいから。どうせその手じゃ、何もできないでしょ」


 彼女たちはペラペラと口早に言うと、グレイシーを見送りにいったのか、そそくさと部屋を出ていった。


 静けさが戻った室内で、一人、のっそりと体を起こしてみる。身じろぐと同時に、焼かれた右手が酷く痛んだ。倒れた時に打ち付けたのか、体まで、あちこちが痛い……。


 手には包帯が巻かれている。指先はどうにか動かせるが、傷が癒えるまでは何かと大変そうだ。


(……うぅ……痛い……最悪だわ……。……何が最悪って……わたくし、約束を……。謝らないと……)


 怪我にも気が滅入るが、さらにガックリくるのが、オフ会の約束をすっぽかしてしまったことである。


 とにかく、早く謝罪をしなければ。痛みにヒィヒィ言いながら、身支度を整えて宿舎を出た。



 祝日二日目の今日も王城は賑やかだ。そんな城からは離れて、旧庭園の方へと向かう。

 途中、いつもの警備兵に声を掛けられた。


「おや、祝日にも掃除ですか?」

「ええと、掃除とは別に、少し用事がありまして……」

「昨夜、見回りの警備兵が、『旧庭園で闇の魔物に魅入られた!』とかなんとか言ってたので、一応気を付けてくださいね。――まぁ、あいつ酒が入ってたから、夢でも見てたんだろうけど。あ、今のはご内密に」


 警備兵は軽口を交わすと、また見回りの仕事へと戻っていった。クロアも歩き出し、旧庭園の道を奥へと進んでいく。


 こうして昼間に来るのは初めてだ。闇に包まれている夜とは違い、緑が鮮やかでのどかな雰囲気。だけれど、クロアの心の中は真っ暗である。


 もはや愚痴すらも浮かんでこない虚無の心で、ただただ足を動かしているうちに、目的地に到着した。


「あ……魔道具が……」


 石碑の前の地面には、割れた魔道具が残されていた。

 血の気が引いてしまって、フラフラと倒れるようにしゃがみ込み、破片を拾い集める。


 約束をすっぽかしたクロアを咎め、コウモリ様が魔道具を廃棄したのだろうか。外に置きっぱなしにしていたことにも、きっと怒りを覚えたに違いない……。


 これではもう、謝罪文を送ることすらできない……。


 割れた石板の画面には妖精たちがたかり、悲しげにオロオロしているように見える。――クロアがそういう気持ちだから、そう見えているだけかもしれないけれど……。


 拾い集めた破片を前にして、ひたすら項垂れるしかなかった。


「……ごめんなさい…………本当に……ごめんなさい……コウモリ様…………」


 地面に転がっていたチョークを手に取り、並べた破片に謝罪の言葉を書き連ねる。手がズキズキと痛み、字はずいぶんと歪だ。


 魔道具はすっかり壊れているので、誰にも届きはしない。ただの手慰みの、独り言の謝罪文となってしまった――……と、思ったのだが、妖精はいつも通り反応し、クルクルと表面を飛び回った後、空へと飛び立った。


「……! 割れてても使える……!?」


 慌ててチョークを握り直し、破片を繋ぎ合わせてメッセージを書き込んでいく。数匹の妖精たちが謝罪文を携えて、ふわりと舞い上がった。







 自邸の私室で、ルイヴィスは机に突っ伏したまま、一晩動けずにいた。


(……記憶消去魔法を自分にかけてしまえば、この虚無感をなかったことにできるだろうか……)


 ようやく動揺がおさまってきた頭で導き出せた答えは、これだけだった。記憶消去魔法……これが最適解だ。禁術だが、かまわない。今ならどんな魔法だって、使ってしまっていいように思える……。


 そんなことを考えながら、死相じみた顔を上げた。――と、ちょうどその時。窓の隙間をすり抜けて、妖精が入り込んできた。


 妖精は机の上に放り出されていた魔道具に粉を落として、メッセージを転写する。

『ごめんなさい』――という書き出しで、連ねられている謝罪文を見ると、また眩暈がぶり返してきてしまった。


 暗がりで見た、筋骨隆々の雄々しい小鳥様の姿が頭の中に蘇ってくる。あの逞しい腕で、このメッセージを書いていると思うと……頭痛がしてきた。


「……私は大男を相手に、あんな可愛らしい髪飾りのプレゼントを……。ハートの絵だって、何度送ったかわからない……。……駄目だ、死にたい……やはり記憶消去魔法を……」


 生気の抜けた顔で魔道具の画面を眺めていると、続けて妖精たちが数匹飛んできた。キラキラとメッセージを残していく様を、ぼんやりと見ていたが――……浮かび上がってくる言葉を追ううちに、胸の音が大きくなっていった。


『昨夜、待ち合わせに向かう前に、怪我をしてしまい……約束を破る形になってしまい、お詫びの言葉もございません。本当に、本当に申し訳ございま――……』


 続く言葉を読む前に、魔道具を引っ掴んで部屋を飛び出した。


(約束を破ったお詫び、だと……!? 小鳥様は、あの場に来ていなかったのか……!? だとしたら、昨夜の男は――……)


 あまりの勢いに、屋敷の使用人たちが何事かと目をむいていたが、かまわずに廊下を駆けて玄関を出る。


 家から近い城の正門を駆け抜け、敷地を突っ切って旧庭園へとひた走った。


 正門を抜ける時、視界の端に、昨夜の大男とよく似た警備兵の姿をとらえた。彼は魔道具を手にしていない。この書き込みをしているのは、やはり別の人物だ。

 確信すると、さらに心臓の音がうるさく鳴り響いた。

 

 旧庭園を駆け、息を切らして石碑を目指す。

 全力疾走の果てに、たどり着いたその場所には――……一人の娘が座り込んでいた。


「……っ……小鳥……様……?」


 弾んだ息のまま呼びかけると、娘は弾かれたように顔を上げた。

 長い金髪に緑の目をしたその人物は、確か魔導院の女官がつれている、雑務メイドではなかったか――。


「……コ……コウモリ……様……!?」


 クロアは突然飛び込んできたルイヴィスに驚愕しながらも、喉から声を絞り出す。自分のことを小鳥と呼ぶ人は他にいないから、確信する他なかった。


 宵闇の魔導官ルイヴィスが、コウモリ様、その人であると――。


 長い黒髪に、威厳に満ちた黒いローブ姿。澄んだ紫の目の下にはクマを浮かべていて、美しい顔立ちを怖ろしげな雰囲気にしている。


 この、魔王が顕現したかのような男、ルイヴィスが、出張帰りに『きたくりこー(^o^)ノ』などと言って寄越してたのか――……?


 どう考えても、見てはいけない一面を見てしまっていた。特定してはいけない人物を、特定してしまった……。


 前世において、オンライン上でのキャラと実際の人物像が大きくかけ離れていて、オフ会でギャップに驚くというのは、よくある事象だった。

 が、それをまさか、今世で体験することになるとは思わなかった。


 驚きと、そして色んな意味で死を覚悟して、クロアはその場にへたり込んだ。


「……あの……何と言いますか……色々と……すべてにおいて……本当に、申し訳ございませんでした…………せめて痛くないように、わたくしを消し飛ばしてくださいませ……」


 自分はこの後、魔王の闇の魔法で抹殺されて死ぬに違いない。最期を悟って、ほろりと涙がこぼれた。


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