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12 衝撃のオフ会

 一日、また一日と日が進み、いよいよ新年度を迎えた。


 この国では建国記念日とは別に、新年度の始めに三日間の祝日が設けられている。国の体制が整って、本格的な統治が始まった記念として、お祝いの日にしたのだとか。


 王城には大翼を広げたグリフォンの国旗が掲げられ、人々は羽飾りを身に着けて祝日を楽しむ。


 連休初日には、城では式典とパーティーが開かれる予定だ。これまでだったら、クロアはこのパーティーに参加する身分だったが……今年は別の場所で過ごすことになる。


 城内の大広間で催される華やかなパーティーとは別に、使用人たちも城の敷地の一角でガーデンパーティーをするそうだ。


 こちらはドレスコードもない気楽なもの。自由に飲み食いしてダンスなどを楽しむらしく、多くの使用人たちが楽しみにしているイベントだそう。


 けれど、下っ端の使用人たちは裏方として忙殺されるイベントらしく……クロアも例外ではなかった。


 朝から夜遅くまで、先輩使用人たちにいいようにこき使われて、ご馳走の一口にもありつけないまま終わったのだった。


 酔っぱらった面々から無秩序に命令が飛んでくる分、普段の城仕事より激務だったかもしれない……。


 そういうわけで、ガーデンパーティーは一切楽しめなかったが――……クロアにとっては今夜のオフ会がメインイベントなので、問題ない。


 色んな意味でドキドキハラハラしながら、宿舎の部屋でいそいそと支度をする。パーティーの後片付けやらで、時刻はもう十一時を過ぎている。


(急がないと……!)


 素早く髪をとかして、羽根の髪飾りをセットする。アイシャドウとリップだけ整えて、耳飾りをして部屋を出た。もちろん、掃除道具も抱えていく。


 服装はいつものメイド衣装なので、本当に少しだけのおめかし。……だったのだけれど、宿舎の玄関を出たところで、ハンナたちと鉢合わせしてしまった。


 もう夜も深まっているというのに、未だ外では使用人たちが酒を飲み交わしているらしく、ハンナたちもそのメンバーだったみたいだ。


「あら? クロアさん、今夜も罰仕事? 祝日だというのに」

「え、えぇ、そうです。毎晩掃除をするよう、命じられておりますので」

「へぇ。――ねぇ、ちょっとお待ちなさい。なんだかお洒落をしているように見えるのだけれど」


 ハンナは通り過ぎようとするクロアのエプロンを引っ掴んで止める。まずい、と思った時には、三人に囲まれてしまっていた。


「あなたさぁ、掃除って嘘でしょ? そんなおめかししちゃって! 絶対、男に会いに行くんだわ!」

「最近、城内でもやたらキョロキョロしてたわよね。やっぱり、あの警備兵と関係があるんでしょ」

「メイドは貞淑であるべき。不埒な夜遊びは断じて許しません。先輩として、しっかり指導して差し上げないと」

「ちょ、ちょっと……! 引っ張らないでくださいませ! 本当に掃除に行かなくてはいけなくて……!」


 訴えは無視されて、ハンナたち三人の先輩メイドは、クロアの服やら髪やらを力任せに引っ張って、宿舎脇の物置小屋に連れて行った。


 クロアも力一杯もがいたが、彼女たちはすっかり酒が回っているらしく、容赦がない。

 物置小屋に押し込まれて、あろうことか、かんぬきの鍵をかけられてしまった。


「どうか意地悪はおやめください……! 出してくださいませ! 掃除に行かないと……! 化粧は落としますし、飾りはすべて外しますから……! どうか……! ちょっと!? ハンナさん!? えっ、嘘っ、いない……!? ちょっと――っ!!」


 叩いても、体当たりをしても、扉はびくともしない。気付けばハンナたちの笑い声も聞こえなくなっていた。置き去りにされたらしい。


「まずい! まずい! 嘘でしょう……!? もう時間が……っ! 誰か――っ!!」


 叫びながら扉に体をぶつけたり、小屋の中を駆けまわって他の出口を探したりしながら、忙しなく懐中時計を確認する。


 無情にも、こくこくと針は進んでいき、ついに零時に差し掛かった時――……利き手に猛烈な熱が宿ったのだった。


「キャ――――ッ」


 こんな金切声、出そうと思っても出ないだろう――というくらいの声が容易に出た。


 右手の甲には契約を破った罰の魔法火が上がり、叩いても消えずに、チリチリと肌を焼く。

 パニックとあまりの痛みに気が遠くなり、倒れ込んでしまった。


(……痛い……熱い…………誰か…………)


 薄れていく意識の中で、同じように魔法火に焼かれた兄のことを思った。兄もこういう心地だったのか、と。


 いや、彼はもっと酷かったに違いない。情けをかけられる女とは違い、男は顔を焼かれるのだから。


 クロアは涙をこぼしながら、意識を手放した。







 時計の針が零時に近づく頃、ルイヴィスはソワソワと旧庭園の道を急いでいた。


 直前になって服装に迷ってしまい、遅くなってしまった。結局いつも通りの服で出てきてしまったけれど、夜に黒ローブ姿だと、魔物じみてて印象が悪いかもしれない。……ちょっと後悔しつつ、夜道を歩いていく。


 上等な酒と花とお菓子をごっそり詰め込んだカゴを片手の肘に下げて、さらに魔道具も手にしている。チラチラと何度も確認しているが、小鳥様からの返事はない。いつも夜九時過ぎくらいに返事がくるのに。


 連絡がないことがさらに緊張を加速させて、歩調はどんどん速くなっていった。


 そうして石碑広場にたどり着き、勢いのままに、思い切って中へと踏み込んだ瞬間――……心臓が変な音を上げたのだった。

 

 石碑の前には人影があった。あったのだが……想像していた大きさよりも、二回りは大きいサイズ感だ。


 自分と同じくらい背が高く、筋骨隆々。短く刈り上げられた髪に、腰元にはいかつい剣のような物が見えるのは気のせいか……。


 やたらと体格のいい、その人物は、あの魔道具を手にしてキョロキョロと周囲に目を向けていた。何かを……人を、探しているように見える。

 誰を探しているのか。……いや、そんなことは、わかりきっている。待ち合わせ相手を探しているに違いない――……。


 混乱する頭が一気に答えを導き出し、その瞬間に大声を放ってしまった。


「お前……っ、お前が……!? いや、あなたが……!? 小鳥、様……っ!? 男……!? 男だったのか!? 小鳥様、男……っ!? そんな……そんなはずは……っ、……男ぉっ!?」


 出したこともないような裏返った声を駄々漏れにして、ヨロヨロと歩み寄る。

 待ち合わせ場所にいた相手――小鳥様は息を呑み、ギョッとした顔でこちらを向いた。


「ひえっ!? 人……!? あのっ……えっ……!? おおお男ですが、何か……!? 俺は……あのっ、警備兵で……っ」


 あぁ、駄目だ……。小鳥様の雄々しい声が耳に入るにつれ、強烈な眩暈が襲ってきて頭がクラクラしてきた。


 ヨロヨロした歩みは、ゆらりゆらりと大きくふらつくものへと変わり、こちらが距離を詰めるほど、小鳥様は逆に後退っていく。


「……そんな…………小鳥様は……文章に可愛らしい絵を添えるお方で…………」

「ちょっ、ちょっと……!? あなた、大丈夫ですか……!?」

「……花をくださる……可憐なお方で…………」

「あのっ……ちょっと……っ!?」

「……俗でいて洗練された、魅力的な筆才の持ち主で……ユーモアと、優しさと……愛くるしさがあって…………」

「ひっ……ひぃっ……!?」


 感情の乱れで魔力の制御が効かない……。心の中を映すように、黒い魔力がドロドロとあふれ出てくる。


 魔力の漏れに構う余裕もなく、垂れ流したまま、小鳥様の肩をガシリと捉まえた。

 混迷を極めた頭はすっかり稼働を停止して、秘めていた想いまでポロリと吐き出してしまった。


「……私は……あなたのことが…………とても…………好きでした…………」


 自分が今、どういう顔をしているのかはわからないが……きっと、酷い死相を浮かべているに違いない。


 その証拠に、小鳥様は野太い悲鳴を上げたのだった。


「ヒギャ――――ッ……! 魔物だ……! 闇の魔物が出た――……っ!!」


 彼は手を振りほどいて、一目散に逃げ出した。魔道具は放り出されて石碑の根元にぶつかり、ガチャンと音を立てて割れた。


 バタバタと駆けていく足音が遠のき、暗がりの中に姿が消えていく――……。



 残された闇と静けさの中、言いようのないショックで立ち尽くしてしまった。


 動くことができずに、その場に留まっていたけれど……零時を過ぎてだいぶ経ってからも、他には誰も来なかった。


 その後、どうやって屋敷に帰ったのかは覚えていない。


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