11 どこかの誰かとオフ会の約束を
クロアは今晩も、足早に石碑のもとへと急ぐ。木に隠してある魔道具を取り出して、石碑の側に座ると、小箱が置かれていることに気が付いた。
魔道具の画面にはメッセージが浮かび上がっている。
『きたくりこー(^o^)ノ お土産を買ってきました。石碑の側に置いておくね』
前に教えた言い回しで、帰城したという連絡が入っていた。この小箱はコウモリ様のお土産らしい。
魔道具チャットを始めてから十日ほどが経ったが、クロアはその間、悩み通していた。このまま続けるのはまずいだろう、と思いつつも、転落生活の唯一の慰みということもあり、やめられずにいる。
チャット依存に片足を突っ込んでいる心地がする……非常によろしくない。
そう思いつつも魔道具を抱え込み、文字列にもう一度目を通す。
「コウモリ様は……陽キャな官吏……? って雰囲気よね。魔導院にこんなお方いるかしら? 警備兵なら、なんとなくわかる気がするけれど。文体が若いから、たぶんお若い方、よね? どなたかしら……」
今まで、城内ではメイドばかりチェックしていたから、官吏についてはまったく把握できていない。自分が知らないだけで、こういう陽気な人もいるらしい。
書き込みをハンカチでこすり消した後、返事を書き込む。――と、その前に、お土産の小箱を開けてみた。
入っていたのは羽根をモチーフにした髪飾りだった。もうすぐ迎える新年度の祝日にピッタリの品だ。
『コウモリさん、お帰りなさい。お疲れ様でした(・∀・)! お土産とても嬉しいです。ありがとうございます、すごく可愛い!』
『喜んでもらえてよかった! 身に着けたあなたの姿を想像しています。きっとよくお似合いで、素敵に違いない』
返ってきた文の最後には、大きなハートの絵が添えられていた。思わず頬の内側を噛んで、表情が崩れそうになるのをグッと堪える。
「ついにハートまで送ってくるようになってしまったわ……何このやり取り、甘酸っぱ……っ」
これまでは気安い同性の友達感覚だったのに……じわじわと崩壊してきている心地がする。本当によろしくない心理状態だ。
一応、クロアも歳若い娘の身。殿方にハートなんて送られたら照れてしまう年頃なのだ。
が、気を取り直して、盛大にため息を吐きながら考え込む。
前世において、SNSなどの匿名の繋がりの場では、身分がどうこうという話はないに等しかった。けれど、今世ではやっぱり何かと問題がある……。
「お偉い官吏が罰仕事なんぞをしてる下級メイドに、ハートマークを送ってるなんて知れたら……うん、アウトだわ。よろしくない……よろしくないわよね……」
やはり事情をすべて明かして、やり取りを終わりにするのが賢明だろう。
短い間ではあったが、愚痴を吐き合い、励まし合い、笑い合う、良い交流だったと思う。名残惜しいけれど、そんな良い関係のまま終わりにしたい。ズルズルと続けて、互いに転落を招く事態になることだけは避けなければ……。
(コウモリ様も帰城されたことだし、そろそろけじめをつけないとね……。直接お会いして、身分と経緯を明かして謝罪しよう。そしてお礼を言って……魔道具をお返しして、お開きにしましょう……)
クロアは覚悟を決めて、十日にわたる長い脳内議論に決着をつけた。ゆっくりと丁寧な字で返事を書き込む。
『一つ、お願いがあるのですが、お会いすることは叶いませんか? あなたにお会いして、直接お話ししたいことがあるのです。どうか、オフ会のご機会をいただけますよう、お願い申し上げます』
妖精が飛び立ったのを見送った後、のそのそと掃除を始める。返事がくるまでにはずいぶんと間があった。
■
夜中の静まり返った魔導院の執務室で、ガターンと大きな音が上がった。
ルイヴィスは椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり、そのまま執務室内をグルグルと歩き回る。
(どうしよう……! 顔合わせのお誘いをいただいてしまった……! オフ会……!? オフ会とは何だ!? なんでもいいが行きたい! 小鳥様にお会いしてみたい! ……けど……ガッカリされる恐れがある……どうすべきか)
身分と本性がバレて、『思ってた人と違った……』と嫌われてしまうのが怖ろしい。リスクを避けるためには断ってしまった方がいいのだろうけれど……でも、心は会いたいという方に傾いている。
忙しなく歩き回りながら悩み込み、棚に仕舞ってあった酒を手に取った。勤務時間中に酒を飲むなど、駄目官吏の最たる例だが、今日この時ばかりは見逃してほしい。
グイと数口あおり飲んだ後、よし、と気合いを入れてチョークを握り直した。
『是非、お会いしたく思います。日取りはどうしましょう? 新年度の連休中でしたら、私は初日の夜九時以降、まるっと予定が空いております。二日目も三日目も、暇をしておりますゆえ』
『お受けいただきありがとうございます。では、祝日一日目の夜、零時頃に、旧庭園の石碑の前にて、いかがでしょう』
『承知しました。楽しみにしています!』
オフ会なるワードの意味も聞いてみたが、どうやら顔合わせのことをそう呼ぶらしい。
約束を交わしたことに心が浮き立って、たまらずに、室内を舞う妖精たちと小躍りしてしまった。
「当日用に美味い酒を買っておかなければ! アルコールを入れておかないと喋れる自信がない……! あとは女性の好むお菓子と、花と――……そうだ、服はどうしよう! 祝日とはいえ、私服では格好がつかないか? しかし気合いを入れ過ぎても引かれる可能性が――……あぁ、オフ会、楽しみだ……!」
緊張とときめきに、また執務室内をグルグルと歩き出してしまった。
そうして落ち着かない気持ちにかまけているうちに、とっくに夜が明けていた。朝方になって大急ぎで仕事をこなして、今の時刻は八時過ぎ。
人々が出勤してくる中、ルイヴィスは廊下を逆走して退勤をきめる。
途中、多くの女官たちとすれ違ったが、その度に目がいってしまう。あの贈り物――羽根の髪飾りをつけている人はいないだろうか、と。
またすぐ隣を女官が歩いていった。軽く会釈だけをして通り過ぎていく眼鏡の女官は、飾りを身に着けていない。
けれど、その後ろを歩くメイドの一人が、長い金髪に羽根を飾っていた。
「……っ!」
反射的にその姿を目が追って、手が伸びかける――……が、理性で堪えた。
今の時期、羽根の飾りをつけている者は多い。耳飾りやネックレス、もちろん髪飾りなども、まったく珍しい物ではない。
(……何をやっているのだか)
会う約束を交わしているのだから、焦る必要などないのに。……そうわかってはいても、目が勝手に探してしまう。知りもしないのに、小鳥様の姿を追ってしまう――……。
やり取りを重ねるにつれ、この何とも例えようのない心地が強まっていくのを、意識の端で感じてはいたのだが……もう言い訳のしようがないところまできてしまったみたいだ。自分の心の状態を認めるしかない。
(私は小鳥様に……惚れてしまっているのか……? 見たこともない相手だというのに……)
胸の内で認めると、途端に顔に熱が上ってきた。
これから帰宅して睡眠をとらなければいけないのだが、困ったことに、まったく寝付ける気がしない。
すれ違ったルイヴィスの後ろ姿を、チラッと一目だけ見て、クロアはまた歩き出す。
さっきからよそ見をしてばかりだが、どうにも気になってしまうのだから仕方ない。
(陽キャっぽい官吏……陽キャっぽい官吏……)
頭の中はそればかりだ。つい周囲の官吏たちの姿を目で追ってしまう。
一体、どの人が――……? と、もどかしさにもだえながら、オフ会の日を待つことになった。




