落ち込んでますか!?
帰りのタクシー道中で王子さんが自身の過去について話始めた
「いや~画人~ホントにごめんね~。実は画人とあった翌日、昔の付き合いのある会社には色々と話をしていたんだ~。でもね、過去に僕がやった事が原因で仕事を受けてくれるところがなくてね~。だからこうなる事は解ってはいたけどね~いろんな意味で高橋とは話しておきたかった~。」
口調はいつも通りだけど、目が少し寂しそうに見えてしまう。
「そうなんですか?でも僕は王子さんと仕事するのすごい好きです。僕がずっと悩んでいた事を乗り越えさせてくれました。これは王子さんのおかげです。」
僕一人ではけっして乗り越える事は出来なかったと思う。
「そもそも漫画の事しか考えたいなかったところに、アニメという可能性を示してくれました。アドバイスも適格なので、にわかに信じがたいんです、王子さんとの仕事が嫌だというのが。」
これは僕の本心だ。僕には一緒にやりたくない人の気持ちがわからない。
「そうだね〜。それは多分俺が現場に入った状況で、画人が一緒に仕事をしたことがないからだと思うよ~。ま〜流石にこんな状況だと俺に問題があると認識せざるをえないね~」
やはり寂しそうに話す王子さんの顔は切ない気持ちになってしまう。
「ちなみにどんな風な仕事のやり方だったのですか?」
僕は率直に王子さんに聞いてみる事にした。
「今は流石にやらないよ〜そこを念頭においてね」っと前置きをしたうえで。
「当時は僕もなかなか頑張ってたね〜。例えば・・・放送時間の3時間前に納品とか?あれは局の当日納品の規約のギリギリだったらしくてね~あっ・・・委員会メンバーのテレビ局の人そのあと異動してたな・・・。」
具体的な話になるとかなり胃が痛い感じになる話だ。
でも異動してしまった件は迷惑を掛けているのは事実だけど、僕も締切絡みで全く身に覚えがないかと問われたらそんな事はない。
「単純にアニメと漫画で同じではないと思いますが、比較的筆が早いと言われた僕でも、編集にギリギリまで待ってもらった事は多々あります。これは納期があり、そしていいものを創ろうとすると起こりうる事とは思ってしまいますが。」
「慰めありがとう~でもね~TVで放送する以上はやはりTV局に迷惑をかけるというのは厳しいものがあるよね・・・。俺もより良いものを創ろうと思った結果なのだけど・・・。あとは〜度重なるリテイクで・・・一緒に動いていた若くして総作画監督になった子が失踪して・・・あっそのあと見つかったけどね〜。」
「それも身に覚えあります。やっぱりアシさんも全員同じレベルの人じゃないというか、修羅場といわれる現場に居合わせると、どうしても全員が全員、連載が決まったとかのいい意味での卒業ではない事はあります。流石に突然いなくなるはないですが・・・。」
「画人優しいからね~。僕は追い込んでしまっていたんだよ~みんな俺と同じようにできるはずだってね・・・。」
少し沈黙が流れる。
「今となっては色んな作品で監督とかやっている子達が、まだ現場で支えてくれたから形にしてくれたんだな〜って今なら思うよ~。でも当時の俺はその現実が見えていなかった。俺が監督をやれば作品がヒットするってね・・・完全に独り相撲さ。」
僕は黙ってうなずく。
「ただね、こだわるよね、やっぱりいいものを創りたいから。そしてそうやって自分が納得できる作品の方が結局ファンも喜んでくれる。画人に言ったのは実体験からだ。やっぱり、そのこだわりを監督が持ち続けないとダメだよね・・。ただどこまでいってもチームプレイだからね、チームが破綻しないように、バランスを保つのが当時の俺は苦手だった。」
僕に掛けてくれた言葉は実体験からだった。
そうだよね、やっぱり同じ状況にたった人間にしかわからない部分だったんだ。
でも話すうちに徐々にまた王子さんがシビアなテンションになっている。
「過去に行った事を肯定もできないが、今言った様に僕の中ではそれなりの正義があったんだ。でもね、スケジュールという守らないといけないルールがあったのに・・・、チームを運営するという義務があったのに、俺は徹底的に無視をしていた。その報いが来ているんだろうね。」
王子さんはタクシーの窓を少し開ける。
まるで過去の自分を戒めるように窓から吹く風に自身の顔を当てる。
「ただ、今ならもっと良いやり方があると思うからその点では、やっぱり未熟だったと認めざるを得ないし、迷惑をかけた人達には本当に申し訳なく思うよ。だからこそ今度はその教訓を活かして監督に挑んでみたいんだ。それが俺の今の本心だよ。」
王子さんに独白にも近い語りは僕の心に納得できるものがあった。
僕も形が違えども、良いものを追求して、もちろん周りが見えない事もあった。
その時やはり僕にも僕なりの言い分があり、でも原作者である僕にはそれを押し通すだけの権限があり、アシさん達にも迷惑をかけたが、僕自身である程度巻き取れる部分はあった。
それがアニメではなかなか許されないのだろうし、こだわった分のしっぺ返しは人数が多く関わっている分、大きな影響力を与えてしまう。
そのこだわりの部分を王子さんは正義とし、一方で納期を守るべき、優良な進行にすべきという人たちも正義である。その正義は得てしてぶつかり合うが、一方で、どちらかに偏ってもいけないのだと痛感する。
そしてそれがわかった王子さんだからこそ、今後はその点を意識して取り組むと言っている。
「今のお話聞けて良かったです。同じクリエイターとして王子さんのこだわりに関してもすごく共感を覚えます。もちろん迷惑をかけた部分はその通りなのでそこは是正するとして、王子さんの言う通り今なら上手くやられると思うので!是非教訓にして頂きたいです。
そして”ICE PRINCESS”成功させましょう!」
王子さんは少し大き目な空気を吸い込み続ける。
「こんな話を聞いてもなお、そう言ってくれてありがとう画人。でもね、知ってのとおり、今はそんな風に仕事を進めた結果、俺からどんどんと人が離れていった。いくらヒットを出しても有能なスタッフも離れて行ったら限界も来る。そしてついに俺は業界から干された…だから、今回の作品の引き受け手が見つからない…」
僕は頷く事しかできない、ここで否定もできないが、王子さんに救われた立場として、他の人のように僕は離れる事はできない。
「ご存じのとおり高橋を頼ってもなお・・・。彼は敏腕だから彼を通せば行けるかもっなんて甘い考えもあったのだけど。だからね、このままでは画人も申し訳ないよ、作品が埋もれるのは避けたい。」
王子さんは今までずっと窓を見ていたが、ゆっくりと僕の方を向いて少し困ったような、そして悲しみが映る瞳で僕を見ながらこう言った。
「俺が監督を諦めて、この素晴らしい作品を森山画人として売り出せば高橋は必ず頼みになってくれるよ。こんな予感がしてたから今回の脚本には僕はほぼノータッチだったのだから。だからね、何も気にする必要はない。画人だけのプロジェクトにしてもいいんだよ。そうすればアニメ化は出来る」
僕が1人でこのプロジェクトを進める?そんな答えを求めていたわけではない。
なんだろう、そう認識してしまったら、頭がガンガンして、急に唇が震える。
そうかこれは怒っているんだ。
僕としては珍しく、怒りで頭に血が昇ったようだ。
「あり得ないです!」
即答だった。僕にはその選択肢はない。絶対に。何があっても。
タクシーの中で大きな声を出したものだからタクシー運転手の方がびっくりしている。
申し訳ない事をした。
でも僕としては、こんな事、絶対にありえない。
「僕は王子さん無しに今回の作品が出来上がったなんて一欠片も思ってないです。だからこの企画は王子さんがやらない…やれないなら世の中に出すつもりはありません。」
少し目を丸くした王子さんがそこにいる。
でも王子さんは少し安心したような顔をしている気がする。
そして優しく微笑みながら、僕の肩を叩きながら言う。
「OK〜少し前の画人ではないね~頼もしいよ~。今の叱咤で勇気出たよ~。ここって会社はあるんだ〜。やっぱりあそこしかないかなって思ったよ~。攻めてみるよ~。そこがだめならホントに絶望的なんだけど~あははっ。」
さっきまで王子さんらしさが無かったけど、アルコールの影響だったのだろうか、でもすぐに王子さんらしく戻るのは凄いと思う。
文字通り絶望的な状況だと思うのだけど、王子さんからは今や悲観感を感じがない。
でも王子さんは攻めると言った。
そう、攻めの姿勢だ。
「そうしたらどうしますか?僕は漫画でネーム書いてみましょうか?」
「うんうん、それも良いのだけど~、これは僕の問題の方が大きいからな~。」
そういってしばらくした黙った後に王子さんは答える。
「そうだな、まずは明日の朝から考えよ~。」
思わず笑ってしまった。
非常に楽観的な、でもいつもの王子さんで安心した。
王子さんがまだあきらめないなら、少しでも可能性があるならチャレンジしたい、僕はがんばるぞ!
やってやる、課題はシンプルだ。
制作会社さんにイエスと言わせればいい。いつだって面白い作品が有ればどんな編集者も首を縦に振ってきた。
首を縦に振れるだけの圧倒的な内容を作ってやる。
明日から全話のネーム作りを本格化するぞ。
夜のタクシーの中から見える光景は、首都高に乗っているせいか非常に明るく、僕らの気持ちを反映しているようだった。