パリピですか!?
ついに持ち込み当日がやってきた。打ち合わせはクイーンレコードかと思っていたらどうやら宴席での打ち合わせになったらしい。
僕はあまりこういった宴席というものに縁がない。
基本的には漫画執筆中は漫画に追われているし、終わった後も次回作に追われる。
アシさん達とも近く居酒屋とかで食事も含めて飲む機会はあっても、ほぼ食事会みたいなものだ。
担当編集は美味しい物でもーといって連れていってくれる事はあったが結局打ち合わせと化してしまう。
つまりはこういった商談といったものを併せ持った宴席の経験は皆無だ。
王子さんからすると「ま~今回の執筆活動でも必要な事じゃない~?」
という感じで何事も経験だといってくれた。
確かにこんな機会がなければこういった事に同席する事もないかもしれない。
最寄駅から電車に乗って王子さんと2人で出掛ける。
場所は少し離れて神楽坂だ。
夜にさしかかる時間の出発という事もおり、帰宅するサラリーマンや学生たちが目立つ。
こんな時間から出かけるのも久しぶりだ。
僕ら2人は流石に座れるほどの空席もなく、立っての移動だ。
「今日お会いする人ってどんな方ですか?クイーンレコードの方とは聞いていたのですが、どんな方なのかなって。」
レコード会社の人というのは今まで全く縁がなかった。
アニメの打ち上げの際にOPやEDを担当してくれたアーティストさんが僕のところに挨拶をしてくれた際に挨拶をした程度だ。
出版の人達とはまた違った雰囲気をもっている。
「そうだったね〜特に彼の話はしてなかったね〜。彼はね~、僕の作品の大多数を映像メーカーのプロデューサーとして支えてくれたやつでね〜ちょっとチャライ感じなんだけどね〜熱いハートは持ってるいる奴だよ〜」
「チャライのですね…あははっ」
確かに、出版社の人達と違うのは、どちらもスーツとか来ているタイプの会社の人達ではないのだけど、レコード会社の人達は、なんだかこう“パリピ”っぽう人たちが多かった気がする。
「うーん、しばらく会ってないけど電話口では相変わらずだったね〜。当時は超ロン毛でね~ほら昔渋谷を舞台にしたヤンキーのバトル映画あってその主演だった~久保山!あれに良く似ていてね~多分意識しているのだろうね~金髪、それでいてピアスに腰パンって感じだよ〜。まぉ流石に40過ぎたから変わったかもね〜。」
なんだろう、急に不安になってしまった…。
そんなヤンキーみたいな人が出てきても僕は地蔵になるだけだ。
でもこの王子さんが信頼している人だ、人は外見で判断しちゃいけない良い例だといいのだけど。
「そういえば、あんまり出版社の人ってそんな人いないか〜。俺はオリジナル作品が多くて、そのコミカライズの話とかで会った事があるけど、出版社の人で高橋くんみたいなタイプには会ったことないかな〜。」
「そうですね、真面目ってわけではないですけど、お話伺っている感じの人はいないかもしれません。」
そんなお互いの業界の人の話をしていたらほどなく会食場所の飯田橋に着いた。
今回の場所は程なく歩いた場所にある神楽坂だ。
その場所は沢山の良い雰囲気のお店が一つのビルに入っている落ち着いた感じのお店だ。
お店に着くと和室に通される。ちょうど4人が座れる部屋で既に対面に食器などが置かれている。
王子さんは迷わず奥に座る。
僕はあまり礼儀作法が得意ではないが、昔編集の人との会食に際に、僕はトイレが近いという理由で出口に近いところに座ろうとしたら、こういう時は接待される側が奥に座るものだと言われた記憶だ。
今回って僕らが持ち込む立場だから手前じゃなくてよいのかな・・・っと立っていたら。
「ほらほら~画人もこっち座って~」
と手招きされる。
「これって僕らがこっちに座らなくてよいのですか?」
「あっ意外と画人って常識人だね~まー今日会う人間とは古い付き合いだしねー。元は向こうから飯にしましょうって言ってきて、それに持ち込みの話を被せたから問題ないでしょ~。今回は森山画人先生がいらっしゃるから、なおさら向こうは敬ってくれるよ~」
そんな話を聞くとちょっと心苦しいな・・・。
しばらく談笑しているが、待ち合わせ時間は15分過ぎているがまだ来ない。
王子さんはいつものことだからと気にしていないとの事。
相手の会社は音楽会社であり、映像メーカーでもある国内大手の会社との事だ。
待ち時間に王子さんはアニメの成り立ちについて以前よりも詳しく教えてくれた。
どうやらアニメは製作委員会という共同でお金を出し合って作る形をとっているらしく、その中でも映像メーカーは最も出資をして、幹事になる事が多いらしいといった事を教えてくれる。
たしか、グリーンロードの時のDVDはクイーンレコードだった気がするな。
なんだか漫画の持ち込みの時と違って、一人ではないという頼もしさがあるけど、アニメの企画持ち込みは経験した事がないから、本当に緊張する。
「どうしたの~?緊張している?」
「やっぱり顔に書いてありますか?」
「そうだね、死にそうな顔してる」
「まーだから会食の場にしてもらったんだ~会議室とかだと本当にかしこまっちゃうからね~」
そんなにひどい顔しているのか・・・僕もしっかりしないといけないのに、困った。
そんな時だった、襖の向こうから店員さんが
「お連れ様が参られました」と声を掛けてくる。
「失礼しまーす。すいませんー!監督遅れましたー!お久しぶりですね!」
なんだか、見るからにチャライ人が出てきた。
王子さんに聞いていた長髪ではなく、むしろ単髪で茶髪ピアス。
長いか短いかの違いくらいか・・・聞いている音楽業界の人って感じはする。
やはり出版社の人も消して真面目な格好な人もいないけど何か違うな。
「あっこちらが森山先生ですか?すっげー嬉しいですね!初めまして高橋って言います!」
怒涛の勢いて名刺交換まで進む。高橋さんのアシスタントという若い女性のアシスタントプロデューサーの東山さんという人も同席する。
この東山さん、寡黙な感じで名刺交換以外は一切しゃべらない。
少しとっつき辛いが、みんな高橋さんみたいな感じではなくて安心もした。
というかこのタイプの違う二人でチーム組んだいるとは・・・平気なのか?
「僕先生の作品好きで、昔うちでグリーンロードのDVD扱わらせてもらった時に、本当に俺が担当したかったんですがけど、難しかったんですよー。あの時は俺もペーペーだったのでー残念で。その時は王子監督の作品をアシスタントPとして担当していたから、超が10回位つく位に忙しくてっ。」
なんかすごいテンションだな。きっと年齢も30半ばは超えていると思うのだけど、僕より若い感じがする。
「あははっそうだよね~あの時はすごい忙しかったよね~」
王子さんがいつもの感じで返す。
「あれ?それ監督が言っちゃいます??その忙しかった理由って監督が結構な原因でしたよーまじで!」
高橋さんは笑いながらだけど、棘のある感じで返す。目が笑っていない・・・ちょっと怖いな。
これは先日王子さんがいって言っていた「俺の事はみんな嫌い」発言からも、確かにいろんな人達から良く思われてなさそうだな。
「そうだったね~あの時は本当に若気の至りでね~。」
「それ便利な言葉っすねー。でも確かにあのころまだ20代前半で演出デビュー、半ばとかで監督デビューっすか、確かに若くしてって感じはしますねがね。流石です。」
へーアニメ業界はまだまだ知らない事が多いけど、かなりイレギュラーな速度で監督になったのだな、王子さんは。
まぁそんな事はさておきと言いながら高橋さんが店員さんを呼び出す。
みんな一杯目は“ビール”という事で、流れにそって“ビール”を頼む。
乾杯し、しばらくは、いかに高橋さんが王子さんに迷惑をかけられたかっという話を熱弁していた。
その間王子さんはへらへらと笑いながら、のらりくらりと高橋さんの話を流していた。
そして宴席も1時間半を過ぎる頃に差し掛かろうとしたところでいよいよ王子さんが動きだす。
<そうは問屋が!?>
「そうそう~、高橋さ~ぼちぼち本題の話をしていいかな~?送った企画書見てくれた~?」
王子さんが露骨な話題転化をした。
そして王子さんはそのままの勢いで話を続ける。
「今回ひょんな事から画人、いやいや森山先生と出会ってね~。二人が好きなフィギュアの作品を作りたいと思っているんだ~。そこで今回アニメ化に向けて相談したいと思って~。」
みんなこの場にいる人は全員が知っている、今日の会食は消して単なる懇親会ではない事を。でもそれがわかっている居るがゆえに恐らく高橋さんは意識してその話から遠ざかるような話を続けていたが、王子さんが企画の話しに切り替えた。強引に。
「あっ企画の話しですよね。」
明らかに高橋さんも表情が変わる。あんなに楽しそうに昔話をしていたのに・・・険しい方に。
「はい、先生のプロット読ませてもらいました。」
さらにわりとトーンが低い声で続く。
「正直かなり面白そうだなって思える企画です。この数年の中では群を抜いてます。これでも僕、監督作品以外でも結構人気作品担当させてもらってるんで、作品を見る目にはそれなりに自負があります。」
所謂ヒットプロデューサーという人なんだな、この人は。
「そんな僕があえて率直な感想を言うと、控えめに言って最高です。」
顔もトーンもそのままに最高の賛辞が高橋さんの口から発せられた。
やった!!かなり良い反応だ!!王子さんも少し顔が緩む。
「でも今回なんで監督は制作会社の方に連絡しなかったんですか?」
それは今までのテンションの中では一番強いテンションだった。人を攻撃するような口調という意味で。
「それは・・・」王子さんが口を開いたが高橋さんが被せて話す。
「本来流れでいったら監督の関係性深いの制作会社だと思うんすよね。もちろん監督の作品は過去クイーンから出させてもらっているのでその点でうちを頼ってもらったのは本当にうれしいですよ・・・。でも今までだったら制作会社がある程度決まってお話を頂いていた。」
「いや、それはね〜・・・」再び王子さんが口を挟もうとしたところで
「監督も既に制作会社に声かけてもらったんですよね?でも監督の作品を受けてくれる制作会社がない・・・。」
受けてくれる会社がない!?どいう事なんだ?
確かに王子さんはこの業界で嫌われていると言っていた、だからと言ってこれだけ実績のある監督に対してどこも引き受けてくれないという事があるのか?
王子さんは黙っている、
「僕も苦労したとはいえ、監督の作品は好きです。ご一緒した作品でヒットを出せて、監督のお陰で会社にも認めてもらってます。世間も監督の最新作、しかも森山画人先生オリジナル作品といったら観たいと思う人はかなり多い。ビジネスマンとしてはやらないなんてもったいない。」
普段なら明るい感じで切り返す王子さんも先ほどから黙ってしまっている。
しかし黙って高橋さんを見つめている。
消して怒りや悲しみを含んだ瞳ではない。
ただ、全てを受け入れる目をしている。
「しかしですね、監督。僕の付き合いのある会社以外も含めてほぼ名の知れた制作会社全部にあたりました。しかしスケジュールの都合とかではなく、僕があたった全ての会社が・・・監督との仕事NGでした。これが現状です。正直監督の求めるレベルに対応できる会社全てあたってのこの結果です。」最初のチャライ高橋さんとは違って、かなりまじめな顔つきだ。これは本当に深刻な状況だと実感せざるを得ない。
「まぁ、そう・・・だよね〜。」王子さんもこうなる事は分かっていたかのようなリアクションだ。いつになく神妙な面持ちだからその深刻さが分かる。
「そりゃそうですよ。監督はヒットの数だけ出禁の会社を増やして、いまやその噂は業界では有名な話だ。僕ではもうそれらの有望な制作会社を説得できない。まずは監督が制作会社を説得してください。それで映像メーカー探してクイーンでも良いって言ってくれるなら僕は会社を説得します。映像メーカーとしては最大限バックアップします。」
高橋さん、すごい軽い感じだったが、そんな事はない、言葉に熱気を感じる。
僕には何もいえない、これは過去に王子さんと一緒に仕事をした事のある人しか立ち入れない話だ。
「うん!ありがとう、高橋。その通りだよ。」
いつもの明るい感じではないが、さっきと同様に怒気や悲しみがあるわけではない、こうなる事がわかっていたかのような、いやわかっていたからこその達観した感じの雰囲気だ。
「高橋の言う通り、既にツテのある会社には声をかけていたからね。こうなるかなとは思っていたんだ。でも君なら今までもどうにかしてきたからどうにかなるかなって思ってしまっていてね。」
高橋さんも黙って聞いている。
「ごめん高橋に甘えてしまった。でもそこまで動いてくれてありがとう。今、言ってくれた事は、俺自身も理解はしているんだ。」
少し深呼吸する王子さん。
「でもね、高橋、僕はここであきらめるつもりは全くないよ。僕は絶対に、絶対にこの作品を世に出して見せる!しかも2年後の10月にね。だから高橋もあきらめないで付き合ってくれ!」
王子さんにしては凄い大きな声だ。そして王子さんは高橋さんに握手を求める。
少し驚いたが「はい!!」と高橋さんが大きな声で返答した。
そしてその直後に、
「でも、画人が書いた作品はいいだろ?高橋?」
その質問に対して高橋さんは食い気味に
「すげーいいです。だから悔しいんです。監督どうにかしてくださいよ!!!」
気迫が伝わる声で返答をしてくれた。
王子さんはこうなる事をわかっていた。それでも高橋さんの所に来たのは、会社を探してもらうべく話をしたかったのもあるかもだが、作品の良し悪しを聞きたかったのもあると思うし、さらに叱咤してほしかったのかも知れない。
二人は僕の知らない絆を持っていると感じた。
「さー真面目な話はここまでです。まだもう少し飲める時間もあるのでー。僕は今日先生とお近づきになりたかったんです!マジで俺先生のファンですから」
そういうと根掘り葉掘り色々と高橋さんから質問が飛んできた。
しばらく飲んでいたと思うが、遂に高橋さんは羅列が回らなくなっていた。
会計は東山さんが済ませたらしいが、高橋さんは酔い潰れていて、しばらくお店で休ませると東山さんが言ってくる。
お店からタクシーを呼んでくれたらしく、タクシーチケットまで用意してくれていた。
東山さんは高橋さんが酔いつぶれてから、かなりテキパキとこなしている。
この人相当高橋さんが寄ってからの対応に慣れているな。
お店の人も分かっています的な感じだったから常連なのだろう。
王子さんも割と酔っているが、どこかでいつもの王子さんとは違うテンションの低さを感じる。
タクシーを待っている間、東山さんに対して、度々王子さんが話を振るも、その質問の返答だけで終わってしまう。
なかなか気まずい空気が流れる。
でもタクシーが見えてきた頃、最後に彼女の方から話しかけてくれた。
「本日はありがとうございました。」
「いえいえ~こちこそ~」
「あっはい、こちらこそありがとうございました!」
名刺交換依頼初めて口を開いたのではと思うくらいに東山さんは僕らと会話をした記憶がない。
「高橋もああは言っておりましたが、本当に監督の為に各制作会社に必死に働きかけておりました。僭越ながら私もこの作品は、本当に素晴らしい作品になると思ってます。監督の制作会社への説得を期待しております。それでは。」
そして僕らはタクシーに乗り込む。
深々とした礼の後に、そっとタクシーの扉が閉められる。
事務的なコメントにも聞こえたが、彼女の眼はそうとは語っていない。
この人は不愛想ではあるが、作品に仕事に、作品に対してはまっすぐなのだろう。
ストレートな思いが伝わってきたのだった。