修羅場ですか!?
早速自室に入り考えを巡らせる。
はっきりと描きたいものは見えた。「女子フィギュアスケート」を題材にした作品であり「ナオちゃん」のような主人公を描きたい。
「ナオちゃん」のような輝きながらも、陰ながら努力を重ねて、強い意志を持つ主人公を描いてみたい。
そこも見えた。でも問題はどのようなストーリーにするかだ。
僕が描いてきた少年漫画は”友情”、”努力”、”勝利”が鉄則だ。でも今回はアニメだ。恐らく主役が女の子で、フィギュアスケートのファン層から女性向けになるだろう。
王子さんの構想だと、深夜アニメ想定といっていた。夕方のアニメなら今までのような鉄則で良いかもしれないけど、男性アニメファンを取り込むんだ、つまりは今までと同じ考え方では駄目なんだ、きっと。
しかも、フィギュアスケートはスポーツであると同時に芸術でもある。付け加えるならば、選手同士の友情ももちろんあると思うが、でも自分との向き合いであり孤独な闘いが多いようにみる、その部分も描いていきたい。
しかもアニメは12話で完結だ。
そのような内容を描くには王道的な主人公がフィギュアスケートに出会い上り詰めていくようなシンデレラストーリーにするべきなのだろうか、それとも今回のナオちゃんのように一度頂点に立ち、スランプになりながらも復活を遂げるストーリーにするべきなのだろうか。ナオちゃんの競技人生を考えると二つ選択肢があると思える。
今の心情は後者だ。だからあの最後のナオちゃんのポーズが忘れられないんだ。
でも、それは僕の今の気持ちだ、見てくれるみんなはどちらを求めているのだろう。
同じような考えが頭の中を堂々巡りする。
ずっと同じ考えから抜け出せない。
以前はこれが漫画を描く醍醐味なのかもしれないが、以前はあまり悩んだ記憶がない。
スランプと言われているのは知っているが、むしろ僕が怖いのは才能が枯れてしまったのではないかという不安だ。
そんな事を考えるとまた気持ちがよどんでしまう。
自室に入ってもうしばらく時間が経っている。
そんな時だ、カギを差し込む音がする。
あっ正樹が来る時間になっていたんだ。
「画人ー。ちょうど玄関の前で配送業者がいたけどベッド買ったの?」
やばい、そういえば正樹に何も説明していなかった。
「いや~ごめんごめん~!それ買ったの僕だよ~君が正樹君だね~初めまして~僕は白山王子っていうんだ~!しばらく画人のところに世話になるからよろしくね~」
やばいっ!ややこしい事になってきた。
「どういう事?画人ー?いるの?この人は誰ー!?」
何も説明してないから正樹がプチパニックになっている。
家中に聞こえる大きな声で正樹が叫んでいる。
「いるいる、ごめん!前もって正樹に連絡すべきだった!」
急いで正樹のところに向かい事情を説明する。
正樹の顔が徐々に曇っていく、話し終えるころには見た事ない目が座った正樹がそこにいた・・・。
「それって、一緒に住む必要があるの?」
正樹が僕を奥の部屋に呼び出して小声で話す。
「僕も驚いたけど、たしかに僕もアニメの制作に直接かかわるのは初めてなんだ。だから色々と相談しながら進めたいと思ってる。だからこの合宿のような状況は実は僕も今となっては望んでいるんだ」
少しまだ怪訝そうだが、いつもの正樹に戻ってきている。
「そっかー。まっ画人が決めることだからね。画人が良いなら、もちろん構わないよ」
「正樹君~ごめんねー突然押しかけて~。」
いつの間にか僕らの後ろに立つ王子さんが話しかける。しかもそのコメントは本来正樹ではなくて僕に言うべきだ。
「アニメが企画進行し始めると、俺の場合スタジオに缶詰めになる事とかはざらだから、お邪魔はしないよ~。」
さすがのマイペースの王子さんも正規の様子を察してか声をかける。
「そんなお邪魔なんて。僕はこの部屋に住んでいるわけではないですし、決めるのは画人なので平気ですよ。突然の事で自己紹介が遅れてすみません。改めまして山田正規です。画人のマネージャーをやりつつ、昼ご飯と夜ご飯も作っていたりします。よろしくお願いします“かんとく”さん。」
うわー営業スマイルだし、最後わざわざ強調しているあたりなにか怒ってる?
「こちらこそ改めまして初めまして~白山王子です。アニメの監督を生業にしてます!」
満面の笑みで正樹を迎える。さすが王子さんだ、意に介していない。
「うわー…そんな爽やかな笑顔されても、僕からは何も出せませんよ。」
うーん、完全に正樹は王子さんに対して敵対心剥き出しだ。普段はそんな事する奴じゃないのに…どうしたんだろう。
「ほらほら、正樹もちょっと荷物置いて。少し量が少ないかもだけど、王子さんにもお昼寝作ってあげて貰える?さっき朝ごはん作って貰っちゃったのだけど、僕は作れないから、お願い!」
「え!?・・・そうなんですね・・・」
なんでだろう、なんだか妙な沈黙が。
「正樹君、いつもお昼を画人に作ってくれてるって話だったから、せっかく泊めてもらってるし、少しでも恩返ししようと思ってね〜」
王子さんはいつも通りの感じだ。
「ちなみに何を作ったんですか?」
下を向きながら正樹がテンション暗めに返答を入れている。
「知り合いのシェフに教えてもらったフレンチトーストだよ〜」
「まさか卵使っちゃいました?」
間髪いれずに正樹の確認が入る。テンションは相変わらず低めなのが怖い。
「う、うん、全部じゃないけど〜」
「あーもう冷蔵庫のもの計算してご飯作ってるのに!」
やばい…正樹が怒ってる。さっきまでのテンションの低さから一遍して声を荒げている。
「正樹、ごめん、ちゃんと正樹に言うべきだった、LINEすれば前もって伝わったのに」
「画人が謝る話じゃない!この監督さんが勝手に人の家のもの使ったんでしょ?」
やばい・・・いつもの画人じゃない。
「違う、僕がそうしようって言って使ってもらったんだ。そうだよな、お昼の献立に影響するよな!」
「そっか〜ごめーん、正樹くん、後のことまで考えてなかった〜」
王子さんはハートが強い。この状況でものんびりとしている。
「いいです、画人の許可付きということなので!ただ勝手な事されてもこれから困りますので、監督さんがこの家にいる間は僕もこの家に泊まります。これ以上勝手な事されたら困ります。ちなみに画人はかなりの運動不足です。気遣って献立作ってるのに朝からフレンチトーストって、このバターの匂いが残っているあたり相当バター使ってそうだし…運動しない画人にはカロリーオーバーになりかねない。どうせ監督さんそんなことまで考えずにたかったのでしょうが、こんなのまたやられると画人の健康が心配です。」
なるほど、正樹はそんなことまで考えていてくれたんだな。
「ってえ!?正樹も住むの?この家に?」
「今は連載中でもないから部屋は空いでるでしょ?」
「そうなんだけど…」
この2日で同居者が2人とは…聞いていない。
「いいね〜いいね〜楽しそうじゃない!」
あっここにお祭り好きな人もいる。
「うーん、でも…プロットに集中したいのだけど…」
「駄目だよ、なおさら健康管理は重要だからね、それに画人がこの監督さんをパートナーに選んだならこの人の健康管理も僕の業務に入るよ。ちゃんと画人の力になってもらわないと意味がないから!」
「え?俺のご飯まで作ってくれるの~?嬉しいな〜」
「不本意ですが…仕方なくです、仕方なく!」
なんだか怒涛な展開だ。なんだかむしろ正樹の負担が掛かるのでは?
「平気なの?正樹?」
「全然平気!」
間髪いれずに返答がある。
「そうと決まれば、足りない食材みてみる…まぁこれならコンビニでいっか、ちょっとコンビニ行ってくるね。」
そのあと正樹が親子丼にお吸い物、サラダといつも通り美味しいご飯を作ってくれて、それに対して王子さんがベタ褒めだったが、素っ気ない態度が続いた。
こんな状態で一緒に暮らすなんて可能なんだろうか。
しかし早速正樹がベットを購入しているあたり2人の行動力は僕からすると舌を巻くレベルだし、似たもの同士なんだが…。
「そういえば正樹はベッドどうするの?」
「あーアシさん達が使っていたソファーベッドでいいよ。僕は」
なるほど、王子さんが大きすぎて入らなかったソファーは、アシさん用にソファーベッドにしておいたのだった。それを使うという、いかにも正樹らしいそつない対応だ。
「そうそう〜画人はプロットの進捗の調子どうかな~?骨子は見えてきた?」
聞かれるとは思っていたけど、思わずご飯を食べる箸が止まってしまった。
「そんな急にポンポン作れるほど簡単じゃないよね?画人?」
いつも僕に甘い正樹が答えてくれる。
「まぁ〜そうだね〜もちろんパット作れるほど甘くはないのだけれど、この前の画人の感じから大枠は見えてるのかなって思ってね〜」
その通りだ、僕ももっと大枠のプロットは組めるものと思ってた。
「はい、すみません、王子さんのいう通りなんのですが二つの方向性で迷ってまして…」
一緒にやるのだからここで隠していても仕方ない。
「じゃーここで監督さんに聞いてもらって方向性決めちゃえばどうかな?一緒に作っていくのだし」
誰もよりここ最近の苦悩する僕の姿を見ている正樹が、僕の迷っている姿を見て提案してくれている。
「ふ〜ん、なるほど。それも一理あるけど~画人はどうなんだい?君がそれを望むなら僕が一緒に作っていく形でも良いのだけど~実際アニメの世界ではみんなで決めることはよくある話だからね。」
それを言われて一瞬言葉に甘えそうになる、でも違うんだ…ここで甘えてはいけない気がするするんだ…。
ここで僕が答えを出さないといけない気がする。
「はい…本当はそうした方が良いのかもしれません、でももう少し考えさせてもらって良いですか?決して独りよがりになるつもりないんですけど、僕はここで甘えてはいけない気がするんです」
僕は迷惑を掛けていると思いながらも我儘を言ってしまった。
「あ〜もちろんだよ〜君ならそういうと思ってた~!でも一人で塞ぎ込むのは良くないな〜うーん、こんな時は〜…」
王子さん考えている…結構間が空いている。
「うん!そうだ、海に行こう」
「はっ!?」
思わず正樹と二人で声が揃ってしまった。