一緒にアニメですか!?
その後、いつの間にか打ち解けてしまった王子さんと観戦しつつ、試合は終わった。
ナオちゃんはフリーでの追い上げはすごかったが惜しくも全体では3位で終わった。
本当にすごい演技だった。“見るもの誰しも魅了する”とは今回のフリーの演技の為にある言葉ではないだろうか。
彼女の晴れ晴れとした笑顔と、「何も悔いはありません。むしろ感謝の気持ちしかありません。」というコメントでファンはもう大号泣だった。
僕もだけど。
王子さんなんて大絶叫していた。
そして余韻も冷めやらないうちに会場から離れ・・・
「乾杯~!」
入店してまだ1分も経っていないぞ、いったいこの店はどうなっているんだ。
「あははっ乾杯です」
「画人は焼き鳥でよかった?ここの焼き鳥うまいんだよ~」
「なんか、すごい美味しそうですよね!しかも出てくるのめちゃくちゃ早い!」
「うんうん、あんなナオちゃんの素晴らしい演技を見たんだ~、これは飲まずにはいられないよ~!」
王子さんのお勧めの焼き鳥も出てきて、しばらくナオちゃんの演技や試合の話で盛り上がっていると
「そうそう、画人はさっ、漫画家さんなんだよね?」
「そうでふね~」やばい、ハイボールを頼んだけどここの酒かなり濃い。結構酔っぱらっている。
なにぶん正樹以外の人物と飲む事自体かなりレアだし、元々お酒強くないからな。
「ちょっとググっちゃったよ~。本名がペンネームだとすると、画人って”グリーンロード”の先生?ごめんね!俺漫画家先生の名前までは詳しくなくて~。」
「あははっそうです、僕がグリーンロードの作者の森山画人です。ご存じでしたか?グリーンロード」
その問いに対して
「もちろん、知っているよ。僕にとっては色々あって・・・なかなか忘れられない作品だからね。」
その時の王子さんは少しテンションが異なって見えた。
「ほんとごめんね~そんな大先生を捕まえて来ちゃって~」
あれ?また戻った。
「あははっ。いいんです、いいんです。むしろそうやって気づかないで頂いた方が本当は気が楽です。最近は特にヒットもなく。絶賛スランプ中ですしね。読者からも、もう必要とされてないな~って、もう辞めた方が良いかなって思っちゃったりしてます」
長身の王子さんは、焼き鳥屋の小さなテーブルにどうにか収まりながら座り、カメラの被写体を見るかのようなポーズと共に「ふ~ん、でもさ、画人の目はそうはいってないよ!」と言い放った。
その瞬間、酔いが吹き飛ぶ気分になった。完全に見透かされた!そう思った。口ではそんな事言っても、僕はまだ読者から求められていると思っているし、漫画を描きと思っている、それは分かっているが上手くいかない現状を愚痴っているだけだった。
わずか数時間しか一緒にいない人に、まるで丸裸にされた恥ずかしさだ。
「そうですね!読者に認められたいですよ!描きたいんですよ!でもね、グリーンロードも、地獄白書もレイアップも今の僕には書けないし、逆に描きたくない。もう同じ内容では心躍らないんです・・・。」
それも事実だった。あれはあの時代自分が面白いと思っていた内容だったが、今の僕では面白いという考え方が既に変わってしまったのかもしれない。
「ふ~ん、じゃ~どういうのが描きたいの?」
王子さん、この人は直球だ。
僕は何が描きたいのか。
過去にグリーンロードの時は恋愛を、地獄白書の時にはバトルを、レイアップの時にはバスケを描きたかった。
最近の僕はそれがなかった。自分が描きたいという気持ちはおざなりで描き続けていた。
それが今日、やりたい事が見えてきた。
「ここ最近ずっと中途半端でした。自分でも何がやりたいか分かっていなかったんです。それが今日フィギュアスケートを観に来て思いました。ここ数年ここまで心躍った事は無い。それは断言できる。僕は女子フィギュアの漫画が描きたいです。こんな気持ちになったのは久々です。」
王子さんは黙ってうなずき、聞いてくれている。僕は続ける。
「でも・・・僕の舞台は少年誌・・・女性ヒロイン作品はタブーといえるくらいにヒットが少ない・・・青年誌に行こうか・・・いやいっそのこと女性誌も」
そうやっていつの間にか独り言のようになっていると
今日のナオちゃんの演技を見たあとだ、もちろん気持ちも高揚している。
でもそれだけではないものがはっきりと今日分かった、やはり自分が本当に面白いと思ったものではないと読者に自信をもって見てもらえないんだ。
「自分の描きたいモノが見えてよかったよ~。うんうん。でもね~そこで俺が画人を誘った理由なんだけど~」
王子さんが話に再び戻ってくる。
「はい!そうでした!なんでしょうか?」
「俺と女子フィギュアのオリジナルアニメを作ろう!!!」
「んっんっ??」
あまりの提案に、いや今まで選択肢になかった提案にのどを詰まらせてしまった。
驚き驚嘆してしまっている。
「俺ね、アニメの監督なんだ~!君の会場でのイラスト見て一目惚れだったんだよ~」
突然の告白にパニックになっているのをどうにか正常の頭に戻し。
「僕、漫画家ですよ!?アニメなんて作ったことないです。いや、確かに過去の作品はアニメ化されてますが・・・」
そう言って話しているとすかさず王子さんがはいり
「だから、このアニメの為の原作を二人が作るんだよ!その原作をもって完全オリジナルのアニメを創るんだ!」
今までの王子さんにはめずらしく両手はテーブルの上で、前かがみになり、非常に前のめりに話始めた
「もちろん画人のイラストはすばらしい。俺も一目ぼれしてしまうほどにね!でもフィギュアのような動きのあるスポーツはアニメだから映える部分もあると思わないかい~?」
俺もはっとなった。たしかに僕は漫画家であり、画力には自信もあるし、定評もある。
しかしどこまで行っても動画になる事はなく、フィギュアスケートの魅力を伝えるにはアニメの方が向いている。
「確かに、確かにそれはあります!!!せっかくのナオちゃんのような動きも漫画の表現だけでは限界がある!」
思わず声を大きくして言ってしまった。僕は相当酒を飲んでいるようだ。
「そう、だからアニメでやるんだ。画人が原案・脚本。俺ももちろん監督として一緒に創り上げる!共同作業で創り出すんだ!あまり画人は詳しくないかもだけど、俺もアニメ監督としてはそれなりだからね。って自分で言いたくないけど~。」
なぜだろう。酒のせいかな。心が凄いドキドキしている。ときめいている!
心が悩む必要ないといっている。「やります。いや、やらせてください」
とっさに答えていた。
「そうこなくっちゃ。いやー楽しみだね~。僕も最近心ときめく事って言ったらフィギュアの事くらいだから~」
王子さんはいつもの感じに戻っている。
「はい!」
僕は本当に久々に晴れ晴れとした気持ちになっている。
こんなにもご飯が美味しく、こんなにも息苦しくもない。やる気に満ち溢れている時間は久々だ!
「そうと決まれば、今日画人の家行ってよい?」
・・・
「んっ?なんですと?」
きっと生まれて30年近くで初めてか?というくらいに間抜けな声を出していたと思う。
『僕ね~今日、日本に帰ってきて今帰る家ないんだ~!だから画人の家に今日からしばらく泊めて!お願い~!』
「何?なんですと~~~?」
波乱な物語の幕開けだったとはこの時の僕はまだ知らなかった。