クルシュカ王国 〜婚約破棄から始まるのは終わりか、始まりか〜
ツッコミべき部分が多分多くあると思いますが、流してください(−_−;)
穴だらけだと思いますが、見逃してくださいませ・・・・
「ソフィア・エーリンデル。ローザへの嫉妬、嫌がらせが目に余る故、今この時を持ってそなたとの婚約を破棄する」
「そうですぅ。レオンさまぁ、あたしぃ、ソフィアさまにい〜っぱいいじめられてぇ、とぉ〜っても怖かったですぅ〜!」
「そうか、怖かったな。もう大丈夫だからな」
広いホールに突如として響いたよく通る声。声の主はこのパーティーの主役であるレオンハルト・クルシュカだ。王子である彼の隣には、間延びした媚びるような声で話す、豊かな胸を押し付けるようにしてしなだれかかるピンクブロンドの小柄な少女、ローザがいる。ローザは最近平民から成り上がりの新興貴族、バハガット男爵家に迎え入れられ、突如として貴族入りしたのだ。
そんな彼らの向かい側には、毅然とした態度で相対するレオンハルトの婚約者、ソフィア・エーリンデル公爵令嬢がいる。スラリと背が高く、彼女の美しいプラチナブロンドがシャンデリアの光に照らされて輝く様と宝石の如きサファイアの瞳がゆっくりと瞬く様は、芸術のようだ。
「あら、そうですか。その婚約破棄、謹んで承りますわ。」
全く興味がなさそうに淡々と返事を紡ぐソフィア。その声は女性にしては低くハスキーだ。
「あっおい! 文句の一つもないのか?・・・・はん! お前が俺のローザに嫉妬していたのは知ってるんだぞ。だが俺に愛されないからといって、嫌がらせをする理由にはならん!」
「そうでございますか」
無表情で淡々としてるように見えるソフィアだが、よく見れば口の端が小さく引き攣っている。だが、気付く者はだれもいない。
そのソフィアの心中は、大変に荒れていた。
(おいおいおいおい。ハハハ、誰が誰に嫉妬してるだって? 愛されたくもねーよお前なんかに。しかも俺のローザとか言っちゃって気持ち悪いわ! ローザちゃんとやらもバカだよな。こんな身分と顔だけが取り柄の奴を誘惑してなんかメリットあんのか? 第一、男の俺が男のお前に恋するとでも思ったのかねえ。まあ向こうは俺が男だって知らないからしょうがないとしても、公衆の面前で婚約破棄はないだろ。バカなのか? バカだから実行したんだよな。これが将来国王になるなんて、世も末だな)
衝撃の事実:ソフィア・エーリンデルは男だった!
正確にはこの場にいるのは、ソフィアの双子の兄であるエルリックだ。
エルリックは妹の代わりにこの夜会に出席しているのだ。
しかも口に出したら即首とおさらばになるだろう、レオンハルトの悪口のオンパレード。
その時、パンと手を叩く音がした。
貴族たちが一斉に音のしたほうを見る。そこには、淡いホワイトミルクティの髪にレオンハルトと同じアメシストの瞳をした少女が立っていた。
「演奏が聴こえてこないと思ったら、レオンハルト。あなた何をやっているの?」
「あ、姉上・・・ッ!? なんで・・・・」
「なんでとは酷いわね。実の姉と五年ぶりの再会だというのに」
現れたのは五年前、14歳の時に北の雪の国ウィンランズに留学したレオンハルトの姉、この国の第一王女エミリアだ。エルリックと同じ年齢である。
「姉上はウィンランズに留学していたはずでは・・・・」
「あら、帰ってきてはいけないの? わたくしは愛しの婚約者と弟に会いにきただけよ。ねえ、ソフィアさん?」
それを聴いたエルリックの背中に冷や汗が流れる。
(いや、俺に聞かないでくれよ。・・・・あっ、もしかしてバレてるのか? 婚約者って俺のことだよな。って、ひっ!)
優雅な淑女(?)の微笑みをそのままにエルリックはちらりと婚約者のエミリアを盗み見た。
するとそこには目が全く笑っていない極寒の笑顔でこちらを見るエミリアがいる。
(え、え? エミリアよ、さっき愛しの婚約者とか言ってたのになんでそんな目で見るんですかね?)
エミリアの目が、後で全部吐け、逃がさないぞと言っている。
思わず心の声まで敬語になるエルリック。
「で、話を戻すけれど。わたくしの弟は何をやっているのかしら?」
「そ、それは·····」
「ちょっとぉ、レオのお姉さぁん! あたしたちが今ソフィア様とお話してるんですよぉ~!
勝手に割り込まないでください!」
とそこに、勝手にこの国の貴き王女の話をさえぎって鼻につく声で声を上げた令嬢がいた。
いわずもがな、ローザである。
「あら・・・? レオンハルト、こちらの可愛らしいお嬢さんはどなた?」
「えっ・・・あ、」
「あたしとレオは真実の愛で結ばれてるんですよぉ〜!」
「っ」
(おうおう、エミリアもわざとらしいなあ。まあ、まるで今初めてそこにいたのに気がついた、という嫌味もローザ嬢には全く伝わっていないようだが。しっかし、ローザ嬢は怖いもの知らずなのか? ここまで来るといっそ可哀想にみえてくるわ。言っとくけど、エミリアは敵に回すと怖いぞ〜)
まさか、浮気相手ですなんて馬鹿正直に言えるはずもないレオンハルトは顔を青くしてしどろもどろになっている。
「そうなの?」
「・・・・・・」
問われてなお、だんまりを決め込むレオンハルト。
「そうなのね! おめでとう。真実の愛で結ばれた2人を引き裂くようなことはしたくないもの。祝福するわ! それで、結婚式はいつなのかしら? まさかわたくしに参加させない、なんてことはないわよね?」
しかし、エミリアはあっさりと2人を認めた。王女に認められた2人の仲。
その瞬間、ホールに大きな歓声と拍手が沸き起こった。
次々におめでとうやらお幸せにという言葉がレオンハルトとローザにかけられる。
だが当の2人はなにが起こったか分からず、固まっている。いや正確には、今にもきゃ〜!嬉しいとでも叫びそうなローザを呆然としているレオンハルトが押さえつけている。
そんなお祝いムードの中、ひとりだけ戦々恐々と引き攣った顔をしている人物がいる。
もちろん、エルリックである。
(う、うわあ・・・・これはまたエミリアが何かよからぬことを企んでいるな。よからぬことかは知らんが何か企んでいることは間違いない。己の道の障害となるものは必ず徹底的に排除するあいつが今あっさり引き下がるなんてな。レオンハルト王子の醜聞は当然、身内である王族にも影響が及ぶ。なのにそれを認めたってことは何か考えがあるんだろう)
そこで、完全に傍観者として自分の世界に浸っていたエルリックを現実に引き戻したのはエミリアだった。
エルリックの下までやってきたエミリア。
「ごめんなさいね、ソフィアさん。今度弟に代わって謝罪させてもらえるかしら? 近いうちに公爵邸を訪れる旨の書状を送るわ」
それだけ言うとエミリアは戻っていく。言われたエルリックはというと、あ、これは問い詰められるなという引き攣った表情をしていた。
そしてそのあとは何事もなく夜会は進み、無事お開きとなった。
あの夜会から二日後の今日、エミリアが言っていたとおり王宮からの使者が書簡を持って現れた。
内容は三日後にクルシュカ王国第一王女エミリアがエーリンデル公爵邸を訪問するということだった。
エルリックは執事長から受け取った書簡を手に覚悟を決めた顔をした。
(正直、三日後何を言われるかちょっと怖いが、エミリアも悪い人ではないんだよなあ。芯が強い凛とした女性はカッコいいし、魅力的だよな。つまり、あの腹黒で腹が真っ黒な所さえなければエミリアは魅力的ということだ! まあそれぐらいないと王族なんてやっていけないのかもしれないが)
「・・・・・ほどほどにしてくださいね」
「うん? なにが?」
(やべ! 声に出てたか?)
執事長の一言に咄嗟に公爵令息としての仮面を被るエルリック。
エルリックは別に声に出してはいないが幼い頃から、それも赤ちゃんの頃から彼を見守ってきた執事長にはお見通しだったというだけである。
執事長は先代公爵、つまりエルリックの祖父時代からこの公爵家に仕えているベテラン使用人だ。
公爵夫妻が長期視察などで不在の間の資金管理も任せられている。
今現在、エルリックの両親は視察でいない。
長男であるエルリックも次期公爵として任されていることがあるため、今はエルリックと執事長が主に采配を振るっている。
「その笑顔でエミリア王女も虜にできるのでは?」
珍しく冗談を言う執事長。
「あいつがこんな胡散臭い笑顔に騙されると思うか? 無理だから現に今も距離があるんだよ。それならまだ素の方が可能性があるかもなあ?」
素でも態度は変わらないけどな、という言葉は飲み込む。
「まあ将来、良きパートナーとなってくれりゃそれでいんだよ。恋や愛などに溺れるつもりはない」
それを見て執事長は黙り込む。その通りだからだ。政略結婚に恋や愛を求めるものではないというのが貴族の常識だ。
エルリックは言葉遣いはアレだが公私での使い分けはできるし、貴族としての自覚や次期公爵としての自覚もきちんと持っている。
容姿もソフィアに瓜二つで中性的だ。真っ白な肌にサラサラのプラチナブロンドの短髪、サファイアの瞳は白皙の美青年というのがまさに相応しいだろう。
(まあ名誉なことにその相手は王女だ。本来なら喜ばなきゃいけないんだろうがエミリアはあの通りだからな。実際に結婚した後、どうなるか。尻に敷かれる未来が今から見える)
王女訪問日当日。
「ようこそ我が公爵家へ。応接室にご案内いたします。どうぞこちらへ」
「ええ。ありがとう」
エルリックはエミリアをエスコートして部屋に案内する。
応接室には大きなソファが四角いテーブルを挟むようにして設置してあった。
2人がソファに着くと、メイドがお茶をテーブルに置く。
カチャ、とカップを置く音がまだ一言も発さない二人の間に響く。
その時エミリアがようやく口を開いた。
「どうもありがとう。貴女はしばらく下がってていいわよ。その間ゆっくりしてなさいな」
次に菓子を準備しようとしてるところにかかったその一言にメイドがスッと頭を下げ、出ていく。
よく教育されている公爵家の使用人なので、戸惑いを顔におくびにも出さない。
部屋にはエミリアとエルリック、部屋の隅で控えている二人の従者が残る。
「さて、エルリック。なにが言いたいか分かる?」
「・・・・愛しの弟君の代わりに謝りに来たんじゃないのか?」
エルリックの一言に張り詰めていた空気が緩んだ。
エルリックが素の言葉遣いで返したということは、お互い気安く話そうということだ。
10歳の時に婚約を交わしたエルリックとエミリアは伊達に婚約関係を9年も続けているわけではない。
とっくに猫被りをやめた姿なんてお互いに知られている。
「・・・・・そうね。それももちろんあるけれど、それだけじゃないわ。あのバカには私が留学前になにもしでかすなと言いくるめておいたのにやらかしたのだから、それはもちろん謝るわ。でもねえ? まさかあんたがソフィアちゃんと代わってるなんて、ねえ? あの時ほんとにびっくりしたのよ?」
「いやあ、まさか秒でバレるとはな。流石に思わなかったぜ」
「分かるに決まってるでしょ。ソフィアちゃんとは全然違うもの。知ってる人もよく見れば分かるだろうに、レオンハルトはちっとも見抜けなかったんだから、ずっと放置してたのがよくわかったわ」
(それってお前は俺のことよく見てるってことか?)
「そもそもなんで急に帰ってきたんだ? 1年ごとに帰省する約束じゃないのか? 前回からまだ半年も経ってないぞ」
「それはレオンハルトが婚約破棄を企んでるって情報を掴んだだからよ」
「は? そんなの知る機会ないだろ?」
「もちろん私の優秀な子たちを弟に付けてるからに決まってるじゃない。お陰で動向はいつも把握しているわ」
「・・・・・うわあ。家族をストーカーしてんの? 過保護だな、シスコンか?」
驚くことにエミリアは弟のレオンハルトを見張っていたらしい。
「馬鹿ね、そんなわけないじゃない。身内のスキャンダルは私にも響くから何かあったらすぐ対処できるようにするためよ。いくら可愛い弟だとしても王の命令で結ばれた婚約を勝手に破棄するようでは、流石に庇い切れないわ」
(・・・・・本当に可愛い弟なんて思ってるのか怪しいがな。たださすが抜かりないな)
とそこに爆弾が落とされた。
「ああそれと。あの二人の結婚式は明日に決まったわ。貴方も私のパートナーとして参加するように」
あの二人とは、婚約破棄騒動を起こしたレオンハルトローザだ。
「は!? いくらなんでも急すぎだろ!」
「招待者は私たちと他の貴族数人、新婦の家族よ。あの二人にそこまでお金をかける必要なんてないもの、人数は少なくて十分だわ。あとは勝手に噂を広めてくれるでしょう。この結婚は確たるものにしないとね・・・・」
「なあ、今回は一体何企んでるんだ?」
「やあね、企んでるだなんて。でもそうね、あえて言うならやっと願いが叶う、かしら」
(願い? エミリアの願いなんか聞いたことないしわかんねえよ・・・・)
「パートナーの件は良いが、くれぐれも俺に迷惑かけるなよ」
「ふふっ、それはどうかしらね」
「おい!」
「うふふっ」
怒ったように声を荒げるエルリックに対して笑うエミリア。
(なんか読めない奴だよなあ)
次の日、レオンハルトとローザの結婚式に参加したエルリックとエミリア。
印象的だったのはどこか硬い表情のレオンハルトと、それとは反対に結婚できて嬉しそうな満点の笑顔のローザだった。
ローザはレオンハルトの表情に気付くことなく、始終浮かれていた。
正反対の二人の様子は当然招待者にも伝わっていたが、婚約破棄騒動を知っているのでああ、という思いでしかなかった。
そのあと二人の結婚の話はあっという間に広まっていき、その時の様子から夫婦仲はあまり良くないのでは、と言われている。
実際はどうかわからないが、その噂を真実に仕立て上げるに十分な目撃情報があった。
例えば、ローザが王妃教育をさぼって王城で見目の良い高位貴族の男性に声を掛けて回っているとか。
(まあおそらく、王子様と結婚して王妃になれると浮かれてたところに、あらかじめ高度な教育を施されている高位貴族令嬢でさえ苦戦すると言われている王妃教育を課されてイヤになったんだろう。まともな教育なんか受けてない教養がないのは一目瞭然なローザ嬢が耐えられるわけないよな。レオンハルト王子から乗り換えるために優良物件を探し回ってるのか。そんな簡単に王妃になんてなれるわけがないのはちょっと考えればわかるはずだがな。エミリアがそれを見逃してるのは何故か・・・・・)
エミリアは願いが叶うと言っていたが、エルリックにはそれが何なのか分からなかった。
話が変わるが、ここでクルシュカ王国について話しておこう。
クルシュカ王国はかつて千年以上前、魔族に占領されていた。もともと実力が全てであった魔族の支配下となったこの国は完全実力至上主義の国となった。
魔族は力において絶大だった。歯向かう人間は全て力で捩じ伏せ、人間を支配していった。
そんな時、ひとりの勇敢な男が立ち上がった。男は、彼の勇気を称えて女神から魔族をも上回る力を与えれた。女神も人間の姿で地上に降り立ち、共に立ち向かう男を支えながら同族を苦しめる魔族を成敗していった。他の人間たちも彼の勇姿に心打たれ、男に付いて一緒に戦った。
そしてついに人間が魔族から解放された時、共に戦う中で絆を深め恋仲となった女神と男は魔族との戦いで荒れた土地を復興し、ひとつの国を建国した。それが、クルシュカ王国だ。
男が王となり女神との間に子を設け、そして子孫代々栄えていったクルシュカ王国。
女神の加護により、王が愚かであったとしても栄えることができていたため、だんだんと王がが怠慢になっていくのは明らかであった。
そのせいか女神の加護も年々、弱まってきている。
なので、そのような王に育てられたレオンハルトも愚かに育ってしまうのはある意味当然と言えた。
そしてその裏では、千年前にいなくなったはずの魔族の子孫が動き出そうとしていた・・・・
ーーーーーーこれは後に女神と勇者の再来と呼ばれるようになる、愚かな一族の元に突如誕生した、ひとりの優秀な女とひとりの貴族の男が紡ぐ物語の、ほんの初めの章・・・・・・
王子の婚約破棄から始まるのは果たして、終わりか、始まりか。それはまだ、誰にも分からない。
エミリアがレオンハルトが婚約破棄を企んでいるの知っていたのは、なにも情報だけではありません。とある力によって知ることができました。
それによって、せめてもの対策としてエルリックの妹ソフィアに、夜会は兄と入れ替わって参加するようにあらかじめ言っていました。エルリックは知りません。
全てはエミリアの掌の上(笑)
エミリアが何者かわかった人はいますか? いたらぜひ感想欄で教えてください!
題名の終わりか始まりかというのは、エミリア以外のクルシュカ王国王族にとって、という意味です。
エミリアは自分の家族を救ってあげるのか? それとも報いを受けさせるのか?
ちなみにエルリックの家族は愚かではありません。優秀です。