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『願いの行方』

【お借りしたよそ宅(敬称略)】

桐一葉

オリス

ノアベアト

竜の卵ズ

「卵抱えてたら下手に抵抗出来ない、そう思って二人を襲いにきたんだろうけど。残念だったね!俺が護衛としているからには、二人を拐わせたりなんてしないから!」


 悔しそうに武器を持ったまま三人を囲む密猟者の男達に向かって、桐一葉の勇ましい声が響く。彼はそれぞれ少女と女性の姿で誕生の時を待つ我が子達が眠る竜の卵を胸に抱くオリスとノアベアトをその背に庇っており、更には己の魔力を短剣の形状に変えて威嚇するように男達の足元へ放った。

 風属性の魔法も使って放たれたその剣は、守護結界を作るかのように三人を周囲を囲むように刺さっていく。男達が三人に近寄ろうとするも剣に阻まれている様に桐一葉は少しだけ安堵の息をつくも、最前線の剣が男達の攻撃で微かにひび割れるのを見るとその端正な顔を歪めた。


 幼い自分を痛め付けた密猟者達とは違う奴らだと解ってはいるのに。あの頃感じた理不尽な暴力と恐怖を思い出してしまいそうで、身体が微かに震えるのを桐一葉は感じた。心の奥底から沸き上がる記憶に染み付いたトラウマ。けれどその恐怖以上に、過去の自分のような目に大切な幼馴染や子供達を合わせたくない。桐一葉はそう強く思うと、密猟者達への恐怖を懸命に振り払うように大きく首を左右に振り目の前を見据えた。

 しかしどちらかといえば主戦力のサポーターという立場のほうが得意な自分と、卵を産んだばかりで母体に負担がかかっており回復しきっていない二人。効果的なダメージを目の前の敵達に与えられていない今、この戦いが消耗戦であることは明白だった。何かこの場面を変えうる一手を打たなければ、いずれ桐一葉ごと三人が捕まってしまうだろう事も。

 竜人族は西洋竜が人化する術を得た、出生率が低いがその血の一滴鱗の一枚ですらも稀少な素材に成り得る種族。そして三人の内二人が抱く卵のその片方は戦闘に特化させて創生神に創られた種族の血を引くハーフ。この場にいる卵以外の全員が男達が素材として欲してやまない純血の竜人族である上に、そんな稀少な幼体を密猟者達が早々諦めるとは到底思えなかった。


「いつもならオレ一人で、こんな奴ら全員倒せるんだが……」


「卵産んだばかりなんだから、無理しちゃ駄目だよ父さん!イザーシュさんも難産だったからしばらくは安静に、って言ってたでしょ」


「だが……」


 大切そうにその胸に卵を抱きながら、ノアベアトは悔しそうに僅かに唇を噛み締める。そんなノアベアトを宥めるようにオリスは我が子を片腕で抱きしめながら、ノアベアトの背中を優しくさすった。

 男達に捕まれば自分達が囚われてしまうのは勿論、大切な卵すらも奪われてしまう可能性があるのだから、此処は無理のしどきであるのではないか。自分がするなら少々寝込む程度で済むのだから。そうノアベアトが桐一葉とオリスを守りたい一心で決意して口に出そうとした、その時だった。


「そうそう、自分が思ってる以上に母体に出産のダメージは入ってるんだからな。母体の絶対安静は必ずだ」


「自分を犠牲にしてでも大切な人達を守りたい、っていう気持ちは尊いとは思うけど」


 その場にいる誰もが聞きなれず初めて聞く、少しだけ呆れたような青年と少年の声。桐一葉の目の前にそれぞれ少しずつ色味の違う金糸の小さな海が降り立ち、三人を護るように密猟者達との間に立った。大地に二人の人影が降り立つと同時に竜巻のような突風が巻き起こり、三人と二人から男達を引き離すと突風などなかったかのように穏やかに風が凪いだ。


「ッ、アンタ達は、味方、なのか…?」


「ああ。……とは言っても多分、信じられねェだろうな。この状況じゃ」


「私はヒース。狩人のヒースだ。貴方達の幼馴染であるクグロフから貴方達の救出を依頼された。こっちのジェイクはアプフェルに。…別に言葉で信じさせる必要はないだろ、じゃ三人の護衛は任せたジェイク」


 突然の見知らぬ人物達の登場に思わず、ノアベアトは己の卵もオリスに持たせ桐一葉とオリスを庇うように前に出た。味方かと聞きつつも警戒心を解く事は出来ないノアベアトに、ジェイクと紹介されたほうの薄金髪で水色と青のオッドアイを持つ青年は少しだけ苦笑する。

 敵前ということもあり端的に自己と仲間の紹介を済ませると、ヒースと名乗った少年は桐一葉達の守護を仲間であるジェイクに一任し己は単独で大勢の密猟者の男達と対峙した。


 たった一人で自分達に対峙しようとする彼に、密猟者達は下品な笑い声をあげながら稀少な竜人族の前に前菜として目の前の吸血鬼の少年も自分達の獲物にするかと侮った態度で嘲り笑う。そんな態度の密猟者達に少年ー、ヒースはわざとらしく大きくため息をつくと、こう言い放った。


「こういう時はな。邪魔なモンを一掃しちまってから話したほうが、話が早いんだよ」


 そう言うが早いか無造作に片手をあげたヒースの、その掌に氷のように透き通った長槍が現れる。


 水魔法で創られたらしいその氷の槍は丁度刃の部分が潰されており、斬ることも突くことも出来ない得物をヒースが取り出した事に男達は自分達を一掃する、と宣った事も含めて笑いー、そして憤った。全員が全員ヒースの長槍とは違った銀色に煌めく刃を揺らめかせ、数の暴力で思い知らせてやろうと一斉にヒースへと襲いかかる。


「おいっ!あの子供一人であんな大勢こそ無茶だろう?!」


「平気平気。むしろ手加減するためにいつもの釘バットじゃなくて、わざわざ魔力で氷の槍作ってんだぜあいつ?」


「そ、そうなんだ…それなら、ってちょっと待って今釘バットって言わなかった?!」


「あの子が腰に下げてる長いのなんだろ、って思ってたけど釘バットなの!?」


 大勢の武器を持った密猟者達に一人で戦おうとするヒースに、焦った声でノアベアトは傍らで男達から自分達を護るために結界を展開し始めたジェイクに声をかけた。

 それに対しジェイクは結界術式を展開する手は止めず、もう片方の手を心配ないとでも言うかのようにひらひらと振る。そして桐一葉とオリスがそれぞれジェイクの言葉に混ぜこまれていた『釘バット』という聞き慣れない単語にそれぞれ仰天しているのを横目に、ヒースは大きく踏み込みながら周囲をなぎ払った。


「当然だ。『最低限』の戦闘でSランクのスタンピートを起こす魔物ですらも狩れるように強化術式を組んである得物で、魔物に比べて一般人同然のこいつらを殴ったら破裂させて殺しちまうだろーが。…だからそこの坊主。貴方が怖がっている奴らはただの、『集団で粋がっているだけの不良共』ってだけだ」

ー力があるからこそ、悪に堕ちる。集団でいれば、正しき道ならば通らぬ道理もまかり通ってしまう事もある。私はそれを知っている。だからこそ。


 それは、ほんの一瞬だった。円を描いてヒースの周囲を薄水の細い線が描かれたかと思うと、次々と密猟者達の持つ得物の刃が切り落とされていく。そして戦う術を失った者から順に懐へと潜り込まれてその意識を落とされていく。自分達が所謂『人外』とすら呼ばれる強さを持つ相手に喧嘩を売った事には気付かぬまま。恐怖の一欠片さえ感じる暇すらも無く、一対多数の戦闘が繰り広げられ始める。


「こんな奴らを貴方が怖がる必要なんてないことを、私がこの手で教えてやる」


 ある者は鳩尾に容赦なく一瞬息が止まる程の掌底を叩き込まれ。またある者は、宙を踊る長槍の柄で地へと叩き伏せられた。そしてまたある者達は槍を中点の支えにして、弾き飛ばすかのように円を描いた蹴りによって蹴り飛ばされる。

 そして重さなど存在しないとでも言うように氷の槍はヒースの肩や腕を滑りながら舞い踊り、先程まで桐一葉が恐怖を感じていた男達をヒースはたった一人で倒していく。男達の攻撃をいなしては回避し、己が傷一つすら負うことなく。

 勿論ヒースの攻撃は物理だけに留まることはあるはずもなく。温度が高い事が察せられる触れた刃を瞬時に炭へと帰す青い焔弾、焔が舞い踊る間を抜うように飛び回る氷の刃。様々な魔法が物理攻撃の合間に先程の攻撃を免れ、ジェイクが護る三人へと攻撃しようとした密猟者達に向かって放たれる。

 しかしジェイクの頑丈な悪意を持つ者達を通さない結界に阻まれた男達は、狙い定めて己に放たれる魔法達による凄まじい激痛と追い討ちとして狙撃され傷付いた部分をわざと踏みつけるヒースの飛び蹴りによってその意識を飛ばしていく。


「オイオイ、戦いが大ッ嫌いでろくに鍛練したこともないこーんなか弱い私一人に大勢で同時にかかってこれか?興冷めだな」


「ろくに鍛練したことないのに、勝てないにしても鍛練趣味の虹龍族と互角に戦う奴はか弱いって言わないと思うぞ……」


「知ってる!それってチート性能って言うんでしょ?」


「アプフェルの嫁さんは賢いなァ!そういうことだな。まあヒース本人が戦闘より庭弄りや料理の方が好きな性質してっからそれが基本活かされることはねェが」


 ヒースは倒した者達の両腕を全員指を鳴らして土魔法で拘束すると、手の中に存在していた氷の槍を砕け散らせる。そして地に伏せほとんどの者が意識を刈り取られた男達を見下ろし、先程男達にされたように煽るように笑った。そんなヒースにジェイクはやれやれといった様子で呟き、そのジェイクの言葉にオリスが反応する。するとパッと顔をあげたオリスの柔らかい髪をジェイクは笑顔で撫でると、少しオーバー気味に大きく頷いた。二人のその様子を見たヒースは少しだけ拗ねたように唇を尖らせてから、爽やかに桐一葉・ノアベアト・オリスの三人へと右手を差し伸べながら笑いかける。それと同時にジェイクが張った結界が、指を鳴らす音と共に光の粒となって弾けた。


「フン、何かを護るためじゃなければこんな力使わないさ。…ああ、クグロフとアプフェルはこいつらをけしかけた貴族達の所に殴りこみに行っててな。ナウヴェレも怒り狂ってスキル封印弾けとんだ状態で付いていってたし、クグロフ達を下級貴族と庶民と侮ったな彼らは。……さて。これで私達が貴方達の味方だと解ってくれたか?」


「あ、ああ…。助かった、有難う。本当に味方だったんだな。救出を頼んでくれたクグロフとアプフェルにも後であったら礼を言わないと」


 ほっと安堵した様子で微かに口元に笑みを浮かべ、守りきることの出来た我が子をオリスから受けとるとノアベアトは大切そうに優しく抱きすくめた。そんなノアベアトにジェイクは微笑ましそうに頭を撫でながら、静かに怒り狂っていた大切な物を護るためなら手段は選ばない友人を思い出してぶるりと震えてからこう言った。


「クグロフあいつ老舗温泉旅館の大旦那なせいで、下手な上級貴族より人脈あるからなあ。アプフェルとナウヴェレの物理的な報復はともかく、犯人達は今後貴族でいれるか怪しいな。少なくとも社交界からは爪弾きにされるだろうな。各種ギルドどころか王の手足の蒼碧騎士団や王族にも伝手あるからなあいつ」


「えっ?!クグロフそんな立場だったの?!だって、いつも俺達には『俺は旅館じゃもう隠居中の爺だしな』って言ってたのに!」


 そんなジェイクの言葉に普段はひたすらに甘く優しくクグロフに溺愛されている幼馴染である桐一葉は驚いた声をあげる。クグロフが家族のような幼馴染達には優しい部分だけを意図的に見せようとしている事を知っているヒースは呆れたようにジェイクに注意し、ジェイクはしまったとばかりに口元に手を当てた。


「あ~あ。可愛い幼馴染達とその子供達にその人脈的な意味での恐ろしさはあいつ隠してるんじゃないのか?怒られるぞ、バラしたってクグロフが知ったら」


「あっやべ、やっちまったわ」


 するとジェイクのその様子にヒースは己の顎に親指を当て、考え込むような仕草をして悪戯っぽい笑みを浮かべた。まるでさも今悪戯を思いつきましたとばかりのそのヒースの表情に、オリスは驚いて声をあげる。


「まあクグロフもナウヴェレも幼馴染や嫁さんに隠しておきたい般若な部分暴露されたのに、アプフェルだけ無傷ってのなんだかな。せっかくアプフェルの嫁さんがいるんだし暴露するか」


「えっアプフェルさんの秘密!?」


「ああ。あいつ基本猫みたいな魔物にまみれてさも自分は非戦闘員です、って顔してるけどさ。『二度と同じことが出来ないように〆てやりに行こう』って笑顔で言いながら、そいつん屋敷の門と屋敷の玄関ぶち壊したあげく、貴方達の居場所犯人達ぶん殴って聞き出したのアプフェルだぞ!」


「あれは俺達が犯人達の屋敷まで案内したんだけど、止めに入らなかったら殺してたんじゃないか?ってレベルだったもんな。まったく目が笑ってない笑顔で自分よりガタイの良い奴の胸倉掴みあげるってあいつどうなってんだ?まあナウヴェレはナウヴェレで警備全員倒してたけどよ」


 ジェイクがそうヒースに便乗して暴露した、その瞬間。


「救出は頼んだが、嫁に怒り狂っている様子を暴露しろとは頼んでいないんだが?ヒース」


「まあ確かについでに埃も勢いよく叩いて上級貴族でいられなくさせてやったけどな?キリ達にな~に暴露してくれてんだよジェイク」


「怖かったでしょ?御免ねすぐに助けにこれなくて!おわびにノアベアトさんが好きなスイーツ帰ったら作るね!」


 真顔に近い表情のまま指を組んで鳴らすアプフェルに、青筋の浮かぶ笑顔でジェイクに笑いかけるクグロフ。成長魔法で成人男性の姿に変化しており、いつもの数倍ガタイも身長も大きくなっているナウヴェレがそこにはいた。

 勿論前者二人とは違い、ナウヴェレはノアベアト至上主義とばかりに今の姿なら自分よりだいぶ低くなっているノアベアトを我が子の卵ごと優しく抱きすくめていたが。


「だって一人だけ無傷なんて狡ィだろ?」


「御免って、ついばらしちまったんだ許して!!」


「スイーツだけじゃなく、……っ、しばらく一緒にいて欲しい。このこが、生まれるまで。」


 ヒースは戦闘民族とも称される虹龍族であるアプフェルの怒りにも一切動じることなく笑顔で返し、ジェイクはパン!と音が鳴るほど勢いよく両手を顔の前で合わせて謝る。その横でノアベアトは勇気を振り絞ったという様子でナウヴェレにしがみついた。


 ヒースの返しに理性を手放したアプフェルがオリスに叱られ、素直に謝ったジェイクを許したクグロフを桐一葉が褒め。珍しいノアベアトの愛らしいおねだりに、旅館の客室の一室をナウヴェレが卵が孵るまで貸しきったのはまた別の話。

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