『サリエリ=サンデュエフォンという男』
【サリエリ=サンデュエフォンという男】
ロストブラオンという領地には、何ヵ月かに一度大規模侵攻といっても良い程の――山や海など四方から様々な種類の魔物達が街へと押し寄せる魔物の大量発生である――スタンピートが起きる。その際には第一騎士団・第二騎士団・第三騎士団・第四騎士団表向きに存在する騎士団のその全てが動員される。サリエリ=サンデュエフォン=ヴァルト=ヴァイスという男を騎士団長として第四騎士団は、その中でも厄介だとされる魔物――ただ獲物を喰らうために本能のままに突進する獣型の魔物とは違い、獲物を捕獲するための罠を張る程度には知能が高く一筋縄ではいかず、搦め手が苦手な相手には天敵である粘度の高い糸を吐く大蜘蛛の集団であるとか、魔法詠唱を出来なくするように身体を麻痺させる鱗粉を撒く巨大な蛾の魔物の集団など虫系の魔物がこれに当たる――が回される。
幼少時から戦闘訓練を受けていないはずの一般人が多く在籍するはずの第四騎士団をそれら厄介な魔物に向かわせる事を、国王は彼らを捨て駒にしていると感じる者もいるかもしれない。けれど国王である浮婪の意図はその逆にあった。目には目を、歯には歯を。かの有名な法典で謳われる法則のなぞるかのように。悪賢い魔物の知恵には、人類が築き上げてきた叡智を。そして一人一人では無力な彼らだとしても。敵の弱点を突き束と成れば三本に束ねられた矢のごとく、強力な魔物にすらも立ち向かう事が出来るという成功体験を積ませるためであった。それでも凶悪な魔物と対峙してしまえば恐怖で足が震えて魔導具を握る指が震え、勝てるわけがないと戦意喪失してしまい座りこんでしまう者もいるだろう。そんな者を守り導くために、第四騎士団の騎士団長であるサリエリ=サンデュエフォンという男は其処にいた。
「俺の部下達は、誰一人お前らなんかの餌には上等すぎんだよ!!」
大蜘蛛が戦意喪失し座り込んでしまった騎士達を絡め取ろうとした粘糸はいつのまにか周囲に張り巡らされた鋼糸でその粘糸の一片すら彼らの誰一人に触れる事を許さないように防がれ。巨大な蛾の魔物達から放たれた鱗粉は、鋼糸で守られた騎士達が麻痺しないように風の巨大な壁で防いで元々の持ち主である蛾の魔物達に倍返しして麻痺させていた。そして指を保護するため硬い魔物の皮で作られた漆黒のグローブから伸びる鋼糸をサリエリが操作すれば、自らの進路を阻む鋼糸に組み付き己の牙を鳴らして突破しようとしていた魔物の尖兵達が細切れへと変わった。目の前で仲間である魔物達が倒されたことに困惑するように鳴く魔物達を前に、サリエリは魔物達を威圧するように意地悪く笑った。
「お前達の手には、何がある?人類の叡知が産み出した、不可能を可能にする産物だ!!…恐怖してもいい、怖じ気づいてもいい。だが己の護る者を喰らおうとする虫ケラ共にその武器を向けろ!人類の知恵を魅せつけてやれ!」
勇ましく魂を震わせるような響きを持つ、サリエリの発破をかけるその声に。今まで未知なる魔物を前に震えていた騎士達の身体の震えは止まっていた。自分達はただ魔物に怯えて暮らすだけの無力な存在では無い。己の護りたい者が、己の背後には存在する。それを喰らおうとする者達に立ち向かうために、自分達は守られるだけではなく、自ら刃を取ったのだと。そう誰もが騎士を志した理由を思い出させるような、声だった。敵に恐怖する事も、怖気づく事も恥ではないのだと。だがそれ以上に、護るべき者の事を思い出せと訴えるサリエリの声に何人もの騎士達がその手の中で出番を待っている魔導具を握り直し、目の前の魔物の集団に向かって構えた。
「良い子だ。俺達を舐めてかかった虫ケラ共に、思い知らせてやれ!!」
サリエリが上げた手を真っすぐに振り下ろすと同時に、鋼糸で阻まれ此方へ来る事が出来なかった魔物達が銃撃部隊の雨のように降り注ぐ銀色の弾丸によって撃ち抜かれていく。個々の魔力を込めて風の魔力で飛ばす銀弾には、今回襲撃してくるであろう魔物達に合わせた対魔物用の劇薬が詰めてあった。魔物に撃ち込まれた弾丸は魔物の体内で炸裂し、あれ程厄介であった粘着質な糸は撃ち抜かれるたびにサラサラとした液体状へと変わっていった。厄介な麻痺鱗粉も薬剤によって自らの自慢の羽を濡らされてしまえば、次第に出す事すら許されないようになっていった。すでに出されてしまった鱗粉は最前線でサリエリが風の魔法を用いて持ち主の元へと返していた。しばらく銃撃部隊の無双の時間が続き、目の前の魔物達が自慢の武器をことごとく全て奪われた状態になるとサリエリは鋼糸を解除し己の相棒でもあるハルバード――サリエリの身の丈以上あるだろう柄に巨大な刃がついた斧である――を何処からともなく取り出すと、それぞれ己の得意な魔道具に武器を変えた騎士達に向かって勇ましく叫んだ。
「待たせたなお前ら。薬剤が染み込んだフィールドで新しく出てくる奴も常に弱体化。と、くれば解るな。こっからは俺達の狩りの時間だ!!」
それから得意げに襲撃しにきた魔物達がオロオロと逃げ惑う程の第四騎士団の猛攻が始まり。魔物を撃退し素晴らしい魔物を素材を手にいれたは良いものの、薬剤や敵の体液などにまみれ見るも無残な状態になった草原を見た領主のアインとその代行官であるロードにやりすぎだと正座で説教されるサリエリの姿がとある日のロストブラオン領であったとか。