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『ヴィクトリアの奇跡』

 本来であれば燐とゴルドーは、英雄にふさわしい鋼メンタルを持つ燐のどうしても欠ける部分をゴルドーのバフ魔法で補助してやっと、神力を自由自在に扱える英雄になるはずであった。だからこそ王族全滅事件を起こした黒幕であるアレクはゴルドーを狙った。ゴルドーと燐。

世界滅亡のために邪魔な二人の自分の息子を殺すには、『同じだけの力をぶつける』のが一番だったのだから。


 しかしアレクは己自身の復讐を己の手で遂げてしまったから、邪神と化した少女ルシスの抱える恨みや憎しみに完全に同調できなかった。ならばどうするか。過去の己と同じく、手の届かない兄に叶わぬ恋をする息子を使えばいい。そう考えたアレクは両親を失った王女の後見人という立場を利用し、ーー本来であればその身が例え周囲が穢れと忌み嫌う吸血鬼の血が流れる半吸血鬼ハーフヴァンパイアであったとしても王位に付くことが出来る選ばれし当代の王の証を持つーー兄である燐を分家エンドレス家から追放し、幼いゴルドーを王位に座らせた。剣を持つのをすら嫌がり追放された兄を恋しがって泣く息子に厳しく接し、愛しい人の忘れ形見でもある幼い王女を内心嫌悪しながら褒めたたえ弟の劣等感を煽り、王家に不満を持ち権力を欲する下衆な貴族達を集めた。そうしてこのエーアデという世界の全てに、数えきれないほどの絶望の種をアレクは植えていった。


 全ては『自分から恋人であるファイを奪った』、王家と世界そのものに対する復讐のため。幼い王女を内心貶しながら媚びへつらう貴族達も、ファイの政策で救われておきながらファイの死の理由も彼の枷となったことも知らないジェイクや叶を筆頭とした民達も、そしてファイがいなくなったのに回り続ける世界も。アレクはその全てが憎かった。勿論冷たくなったファイの身体を抱いた感触を未だ覚えているのに、こうしてのうのうと息をして生きながらえている己自身すらも。だから圧倒的に己では能力が足りない邪神召喚を、アレクは一人で成した。リフが世界を護るために己の命を使ったように、アレクは世界を壊すために己の命を使ったのだ。


 邪神ルシスが世界に顕現するための魔力タンクとなったのを感じ、朦朧とする意識の中アレクは自分を万年氷に封じる術式と生命力を回復し続ける術式を展開した。潰し合わせる予定の息子達以外の誰かが、邪神ルシスを撃破する『奇跡』が起きなければ。二度と、邪神ルシスの召喚解除が行われることのないように。そうしてアレクの意識はそこで終わるはずだった。しかしアレクは己の次世代の強さを見誤っていた。依代が倒れただけでは倒せない邪神ルシスを倒すための希望を、ローゼンが己の命を代償として守り。その希望を護り育て、己の生命力を代償にしてまでも依代であるゴルドーをリフが倒し。そしてアレクにとって一番の誤算すらも存在した。


 それはファイの娘のヴィクトリアだった。アレクが兄弟の不仲を煽るために操った、両親を幼くして亡くした操り人形の王女。後の世でヴィーと名乗り一つの騎士団を騎士団長として導くことになる彼女は、父と同じ瞳をして只人では起こせない『奇跡』を起こした。


 己と子供達を守り抜き言葉は無くとも想いをいまわの際に通い合わせ、事切れた想い人の遺体を抱いて。夫婦となってからも互いに同じ人物を愛し続け、泣きじゃくりながらも己の兄へその手を執念で伸ばす幼馴染。その幼馴染に闇色の炎となって纏わりつく、悲哀と憎悪を含んだ一人の少女の気配。


 ヴィクトリアには誰がこの惨劇を産んだ犯人かなど解るはずもなかった。アレクの想いも長年の計略も、唯一無二を理不尽に己の母親に奪われた憎しみも彼女は何も知らなかった。だからこそ、ただただ純粋な決意が彼女の中に生まれた。


 『想いを告げる事無く己の騎士として最期の瞬間まで護り抜いてくれた愛する人を、今度は自分が守りたい』


 師匠と養父である燐を失って涙を零す幼い子供達の額にそれぞれ、祖母と母の顔で優しく口づけた後。ヴィクトリアは子供達を崩壊するであろう城の外へ転移させる魔法陣に放り込み綺麗に微笑んだ。そして視界の外でよろよろと杖を支えに立ち上がっていた、夫であり幼馴染であるゴルドーの方を振り返った。


「……ずっと一緒にいたんだもん。解るよ。燐の事、ゴルドーも好きだったんでしょ?アタシもだよ。……この人が死ぬ寸前に、やっと想われてたことに気づくなんて遅いけど」


 女王としての仮面を脱ぎ捨て、ただのヴィクトリアとして静かに泣きながら目の前の彼へと彼女は問いかける。その問いに瞬時に、ゴルドーはその顔に凄まじい憎しみを滾らせた。乱れつつもその美しさを失わない、青緑色の長く艶やかな髪。折れそうに細いのに豊満な女性的なラインを持つ華奢な女性の肉体。大きな翡翠の宝石を長い睫毛で彩られた少女同然の若々しさを保つ美しいかんばせ。己の欲しかった全てを有しておきながら美しく泣く、世界で最も己が憎む女。そんな彼女に向けて、彼は感情を爆発させるように叫んだ。


「ああ、そうさ。幼い頃から兄さんだけを見てきた!!だからこそあの人の身も心も僕の傍から奪ったお前が憎い!!国を想い己を磨いたあの人を貶し利用するだけの世界から解放して、二人だけの世界で暮らすんだ!!だから何も知らない癖に、僕の邪魔をするなァ!!」


 絶え間なく滴り続ける赤い雫と共に吐き出された言葉は、悲痛な響きを含んでいた。己の護りたいモノのためならば、血を滴らせる茨で縛り続けられる事すらも受け入れる優しすぎる人。文字通り英雄と讃えられるに相応しい人。けれど英雄は世界を救うが、世界は英雄を救わない。ならば、世界を壊してでも英雄を縛り付ける枷を引き千切るのだと。瀕死の身体を引きずり彼は吼える。


「そうだね。アタシは何も知らない。……けれど、燐はそれは望まないってのだけは解るよ。勿論アンタが闇の中に縛られ続ける事だって彼は望まない!」


 何も縛られることなく、皆が笑っていられる世界。そんな夢物語のような世界が実現することがあるのなら。それを願うからこそ、目の前の彼を自分が止めなければならない。そんな決意を込めて、ヴィクトリアはゴルドーへと事切れた想い人の剣を向けた。


「そんな綺麗事で、大事なモノは守れない!!兄さんの剣を構えたところで、護衛である兄さんを失った箱入りの姫であるお前に出来る事など。最早有りはしない!!」


 ゴルドーが最も欲する兄である燐の魂と身体だけは渡さないとばかりに立ちはだかるヴィクトリアの姿に、忌々しそうに舌打ちをするとゴルドーは杖を構えこの城ごと燃やし尽くしてしまおうと詠唱をし始めた。もうこの器には用はないとばかりに、身からしたたる紅き雫すらも憎しみのままに蒼く燃え上がる炎に変え。自らと愛しい兄を縛り続けた憎き象徴である王城を消し去ろうとするゴルドーに、ヴィクトリアは不敵に笑った。


「いいえ。箱入りの姫とて『奇跡』は起こせるわ。それが守りたいもののためなら」


 そう言うとヴィクトリアは何の躊躇いもなく、手にした燐の剣で自らの心臓を貫いた。息が詰まるような凄まじい衝撃と生命が漏れ出す激痛が襲いかかるのも気にせず、ヴィクトリアは氷と光の複合魔法である聖極大魔法を展開させた。紅き氷の茨が目の前の彼に、邪神であるルシスの気配を封じるように纏わりついていく。


 すると荘厳な城の上空に真紅に輝く巨大な魔法陣が出現した。そしてその中心部から放たれた太く眩い光は、城の天井を貫き茨で囚われたゴルドーを捕縛する。時間経過か時魔法でしか溶ける事のない紅き万年氷の中に囚われていく幼馴染を見て、ヴィクトリアは切なそうに微笑んだ。


「……アタシでは神様を倒すことは出来なくても、アンタごと神様を封じる事は出来る。命を引き換えだけどね。転生が抜け道だっていうなら。アンタも神様も二人とも、何処へも行かせない!!」


 そしてルシスごとゴルドーを封じた万年氷と同じ色の真紅の氷が、崩れ落ちていく城を支えるように四方八方へと這いながら、飾りつけていく。勿論彼女の命を容赦なく吸い上げていきながら。


「……御免ね。浮婪、君尋……。でもアンタ達ならきっと、夢物語と笑われたこの国の明るい未来を、を掴めると、信じてるから……」


 命の輝きが流れ出てゆくのを感じながら、彼女は瞳をゆっくりと閉じていく。持ち主の意思を喪った魔力はやがて猛り狂う暴風のように城を包み込み、次第に辺りに命ある人の気配はなくなった。そして巨大な城は真紅の氷に十年間もの間閉ざされることになる。

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