第477話 伊勢家本家にご招待
月曜日
「すごいです……」
「想像以上に田舎であろう?」
「ま、何もねーとこだけど、空気だけは綺麗だぜ?」
自動巡回バスから降りたミオンが、じいちゃん家から見える田んぼや畑に驚いてくれている。
電車、リニア、電車、自動巡回バスと乗り継ぐこと5時間弱。人口7000人弱のこの村は、ほとんどの人が農業に従事しているらしい。
じいちゃんもお米と野菜を作ってるけど、ほとんどはAI制御のロボットで行われている。
「おーい、忘れ物ない?」
「ぁ……」
バスから全員分の荷物を下ろし終わったと思うけど、一応確認してもらう。
小ぶりのスーツケースを4つとおみやげをトランクから降ろし、自動巡回バスを送り出す。
「行くよー」
「おう」「うむ」「ぁ、はぃ」
じいちゃん家はここから坂を登った丘の上にある。
小学生ぐらいの時は、ずいぶん長い坂だった気がするけど、今だとそんなでもないかな。
「あれがじいちゃん家だよ」
「わぁ……」
純和風の木造平屋。
すっごく古い建物に見えるし、実際、昭和っていう元号の時に建てられたそうだけど、中身は何度もリフォームしてるらしい。
「ただいまー」
玄関の引き戸を開けると、そのまま土間が続いている。
土間の左手側に、長式台、上がり框、取次がある。
「どう? 本物見た感じ」
「感動です……」
そんな話をしてる横で、真白姉と美姫が靴を脱いで上がる。
「じじいとばばあはどこだ?」
「畑に出ておるのではないか?」
取次の先につながる板張りの廊下は縁側にもなっていて、いかにもな日本庭園に面してるんだけど、物干し台があって台無し感がすごい……
「ぁの、ご挨拶は……」
「ああ、荷物置いてからね」
じいちゃんは田んぼか山かどっちか見に行ってるんだろうけど、ばあちゃんがおそらく裏の畑にいるはず。
裏庭に面した一番奥、障子を開けると何にもない八畳間がある。昔は親父の部屋だったらしいけど、今はもう泊まりにくる俺たち用の部屋になっている。
「荷物はここにな」
「はぃ」
真白姉が押し入れを開けて、空っぽの下段にみんなのスーツケースを放り込む。
ちなみに、上段には布団が積まれていて、これちょっと干した方がいいかもなあ。
「澪ちゃん、こっちだ」
「はぃ」
右手側の障子を開けると板張りの廊下に出る。
「ここが……お手洗いな」
真白姉が『便所』って言いそうになって、ちゃんと言い直したのは、通ってるお嬢様大学のおかげなんだろうか。
そのまま進んで次は風呂を案内。脱衣所の奥には大きな風呂がある。檜風呂とかなら最高なんだろうけど、ごく普通の大きい風呂だ。
で、ぐるっと回ってきて最終的に、
「ここで土間に繋がってるんだよ」
「なるほどです」
玄関から続く土間は家の裏口までつながっている。
ただ、靴は玄関で脱いできたので、ここにある木でできたサンダルを使う。
ばあちゃんが使ってるやつがないので、裏の畑にでもいるんだろう。
「ちょっと行って、ばばあ呼んでくるわ」
真白姉がそう言ってサンダルを履き、裏口の引き戸を開けようと……
「誰がばばあだよ! いい加減にしな!」
ガラガラガラっと勢いよく開き、現れたばあちゃんが、真白姉の手首を掴んでグッと逆向きに捻る。
「いでででっ!」
相変わらず真白姉には容赦がないし、美姫よりちょっと背が高いぐらいなのに、何でこんなにパワフルなんだろう。
「……ばあちゃん、それぐらいにして。お客様がいるんだから」
俺がそう言うと、真白姉を解放してくれる。
そして、その目はミオンに向いて、ちょっと驚いてる感じ?
「俺のクラスメイトで、部活も同じの出雲さん」
「ぃ、出雲澪です。よろしくお願いします」
「おやおやおや! 可愛い子じゃないか! 翔太のこと、頼んだよ?」
「は、はぃ!」
なんか、頼まれてしまったけど、ばあちゃんのお眼鏡には適ったようで良かった。
で、待ちきれない様子でうずうずしていた美姫が、
「ばあちゃん!」
「美姫は相変わらず甘えん坊だねえ。よしよし」
飛びついた美姫の頭をニコニコ顔で撫でる。うちの家族、全員、美姫に甘いんだよなあ……
あ、いや、じいちゃんはそうでもないか?
「じいちゃんは田んぼ? 山?」
「山だよ。もうそろそろ降りてくるだろうし、2人で迎えに行ってくれるかい?」
2人でって、俺とミオンでってことだよな。
まあ、山道に入る手前ぐらいまでなら大丈夫だろうけど……とミオンを見ると、頷いてくれたので、迎えに行くことにしようか。
「じゃ、行こうか」
「はぃ。えっと……」
「澪ちゃんは、あたしのつっかけを使うといいよ。ほら、美姫、真白、お茶を淹れるから手伝いな」
「はーい」「おう……」
真白姉が履いてたサンダルと、ばあちゃんが脱いだサンダルを使って、土間を玄関まで戻る。
「ショウ君が前に話してくれたお家って、これなんですね」
「そうそう。なかなか面白い家でしょ」
「はぃ。素敵です」
ミオン家のマンションから見れば、この家は新鮮だろうなあ。
靴に履き替えて、サンダルを持って裏口に戻ってくると、ばあちゃんたちの声がキッチンから聞こえてきた。
どうやら、持ってきたおみやげをおやつにするっぽいし、さっさとじいちゃんを迎えに行こう。
「うわぁ……」
「今は8月咲のやつかな。ばあちゃんの趣味だけどね、菊は」
畑の三分の一ほどに白、黄、薄紫のスプレー菊が咲いている。
お盆に供えることが多いので、最近はこっちの方も忙しいんだろう。
「ミオン」
「ぁ、はぃ」
この畑の向こうに、裏山への登り口があるんだけど、畑の端を通らないといけない。歩き慣れてないだろうし、ミオンの手を取って、奥へと進む。
「あの、この山って……」
「ん? ああ、じいちゃんの持ち山だよ。伊勢家代々なのかな?」
二百年だか、三百年前からそうだって話は聞いた。
いっとき、固定資産税(?)が洒落にならないので手放すみたいなこともあったらしいけど、ちゃんと管理してれば税金無しになって、さらに補助金が出るようになったらしい。
「そうなんですね」
「放置してると熊とか猪とか出るからね」
「えっ……」
うん。普通はそういう反応になるよなあ。
今はその辺りの棲み分けもある程度できるようになっている。獣害対策も技術の発展があったかららしい。
「ちょっと坂がきついけど……」
「バウ!」
「「え?」」
山道の先から声が聞こえ、現れた黒柴がまっすぐと俺の方へと走ってきた。
赤い首輪をしてるから大丈夫だろうけど、一応、ミオンの前に出て……
「お座り」
「ワフ」
「よしよし、いい子いい子」
ピタッと止まってお座りする黒柴を目一杯撫でる。
うん、これは確実に……
「翔太。久しぶりだな」
大きな竹籠を背負ったじいちゃんが山道を降りてきた。









