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傷つけない方法


ジョセフ様とわだかまりもなく四回目の面会を終えた後、何度も彼と会ったが、私の吸血衝動が起こることはなかった。

お母様から聞いたところによると、それは人それぞれで、お母様に関してはお父様をかっこいいと思った時に起こるらしい。

そして、私はファーミュ家が母娘そろって花の痣を持つ家だったことにとても驚いた。

ゲームではファーミュ家について、公爵位を持つ家であること、父親が国の騎士を束ねる騎士団長を務めていることしか判明していなかった。そのため、自分が”お母様はどんな時に起こるのだろう?”と無意識に考えた時には少し混乱をしてしまった。

あの日から時間が経つにつれてカーミラの記憶と”私”の記憶が別々になってしまうことも少なくはなったが、たまにそのようなことが起こるのが面白いような、気持ち悪いような、なんとも言えない気分になってしまう。



「また考えごと?」



青空を水晶玉に透かしたような瞳がこちらをまっすぐ見つめる。

今日はジョセフ様と王宮のバラ園にあるガゼボでお茶会をしていた。



「少し、バラの香りを楽しんでいただけです」



風に乗って微かに香るバラの香りはとても心地よく、私はそれを言い訳にしてしまった。



「そう…、カーミラがそう言うならそういう事にしておくよ」



ふわり、と笑うその笑顔とは裏腹に、何か含みのある言い方をするジョセフ様。その様子は五歳児にしてはずいぶん大人びてみえた。

最近、彼は私との交流にも慣れたのかこのような態度を見せることがあるが、これもまたゲームとは違う何かを感じずにはいられない。

ゲームの彼はこんな言い方をするような人だっただろうか。弱々しいや可愛らしいという印象はなかったが、何というか………、そう、キャラクター設定で言う腹黒に分類されるような、そんな仕草や言動だ。



(まぁ、これだけで腹黒っていうのは違う気もするけど…)



ティーカップを手に取りそっと口を付けると、バラの甘い味が広がる。鼻腔に抜ける芳香は花茶のせいか、それとも庭に咲き誇るバラのせいか…。



「今日はバラがたくさんですね」

「少し趣向を凝らすのもいいかと思ってね…、お気に召さなかったかい?」



本日のお茶のお供もバラの形をしたお菓子や、バラのジャムを使ったお菓子たち。確か、女王殿下がとてもバラが大好きで、好きが高じてこのようなお菓子を料理人に作らせているのだとか。



「いえ、私もバラが好きですし、それにこのようなお茶会は初めてでワクワクしておりますわ」

「気に入ってもらえたなら嬉しいよ。…そうだ、食べきれない分は持ち帰られるよう準備をさせよう」

「よいのですか?」

「うん。その方が君もシャオの視線を気にせず家でゆっくり食べれるだろう?」



ジョセフ様の言葉にちらりとシャオを見る。精一杯の配慮をしながら指をクロスさせているが、どうやら今、この瞬間、私は視力が悪くなったようだ。だから、私がカップケーキを手に取ってこれ見よがしに食べても、シャオの視線は気にならない。

ジョセフ様に視線を戻し、ふふっと笑うと彼も楽しそうに笑ってくれた。



「そうですね。今日もシャオからここに来るまで、お菓子はたくさん食べないようにと口うるさく言われましたから」

「カーミラは本当にお菓子が好きだね。これじゃあ管理も大変そうだ」

「…管理?」



何のことかわからなくて疑問を投げかけると、ジョセフ様は一瞬困ったような顔をする。



「最近、君のほっぺが焼きたてのパンのようにふっくらしているってことだよ」



そう言ってジョセフ様はハンカチを取り出し、それで私の口元を拭うと、「綺麗になったよ」と、言って微笑んだ。

離れていく彼を見て、顔に熱が集まるのを感じる。



「あ、う…」

「ふふ、君でもそんな顔をするんだね」



恥ずかしい気持ちを必死に抑え何かを言おうとするが、それが言葉になることはなかった。



(ジョセフ様にこんなことを言われるなんて…)



最近、顔が少しふっくらとしてきたのには自分でも気が付いていた。

カーミラが甘いもの好きという設定は知っていたが、思った以上にこの体は欲望に忠実な体のようで、お菓子が出されればペロリ、と平らげてしまう。そして、誘いの増えたジョセフ様とのお茶会。普段、運動と言う運動をしないのも相まって体重が増えるのは目に見えていたはず。完全に自分の失態である。

ふと、皿に乗った食べかけのカップケーキを見る。まだ半分も食べていないそれが、ぽつん、と置かれているのを見ると、とってもおいしいから早く食べてよ!と、誘惑しているように思えてくる。

食べたい、でもこの流れで食べられない。その誘惑が頭の中でぐるぐるしていると、ジョセフ様が私を呼んだ。



「どうやらからかいすぎたようだね」

「いえ、私が食い意地を張っているから…」



ジョセフ様と話しているのに、その視線は皿の上のカップケーキへ注がれているのだからもう自分でもどうしようもない。



「そのカップケーキを食べ終えたら少しバラを見て回ろうか」

「え、」

「それだったら少しは運動になるだろう?」



そんな程度で私の顔周りのお肉がどうにかなるわけではないが、私のことを考えてくれた上での提案がとても嬉しかった。

私はジョセフ様にこくり、と頷くと、シャオに目配せをした。すると、彼女はこうなることを予想していたのか、すでに私用の傘を手にしていた。


カーミラは日差しに弱い。全くダメという事はないが、屋内の日に当たる場所に居るときでも肌が焼けるように熱くなるらしい。

と、言ってもこれはゲームの知識で私はまだ体験をしたことはない。ファーミュ家では2人痣持ちがいるせいが、わざと日当たりを悪くしている場所が多く、わざわざ日当たりの良い場所に行くことがないのだ。

お母様からも日差しには気を付けなさい。と、言われていることもあり、恐らく本当なのだろう。流石にそれで命を落とすことはないとは思っているが、どこまでなら大丈夫なのかなんて試す度胸もない。痛いのは怖いのだ。

空を見ると今日も綺麗な青空が広がっている。暑い夏から少しづつ遠ざかっているが、まだ日差しは強そうだ。



(今日も気を付けていないと…)



そう思いながら、私は残りのカップケーキに口を付けた。



――――――――――――――――――――



「わぁ!綺麗!」



圧倒的なバラ園に感嘆の声が漏れる。そんな私を見て、ジョセフ様は満足げに笑った。



「この辺は長い季節の間楽しめるものを集めているんだ」

「そうなのですね。バラは初夏というイメージが強かったので驚いておりますわ」

「よく知っているね。初夏の物は向こうの方になっていて。ここからは見えないようにしているんだよ」



ジョセフ様が指さす方向には、少し高い生垣のようにバラが植えられており、確かにその向こうは見えないようになっている。

恐らく、四季咲きの中に何も咲いていないところを置くと見栄えが悪いのだろう。そのため、枝が長く伸びる品種で目隠しをしているのだ。そして、それも目を引く大輪が咲くものではなく、小輪が咲くものを植えることで向こうにある空間を意識させないようにしている。



(宮廷の庭師さん、すごい…)



何をメインに綺麗に見せるか、それを目立たせるためにどうやって他のバラを活かすか、ただ手入れが行き届いている庭なのではなく、空間自体を装飾しているようだった。

ファーミュ家の庭にもバラを植えている箇所はあるがこんなに大きな規模の物を見るのは初めてだ。

色も原種に近い色ばかりかと思えばそうでもないらしく、濃い黄色やオレンジ系などもあり形も様々で、品種改良がしっかり進んでいることがわかる。

そんなことを考えてジョセフ様の隣を歩いていると、ふと、一か所だけ二つの種類の赤いバラが混ざり合うようにして咲いている場所があることに気づいた。

他のところは移り変わりが分かるようにしていたり、高低差を付けて種類を分けているにもかかわらず、それは何か意味があるかのように咲き誇っている。



「フロリバンダとハイブリッドティー、ですか」



つい、その系統の名を口にしてしまう。

高校生の私にはバラを愛でる趣味はなかった。恐らくこれはカーミラの知識だろう。



「ああ、ここは母様が一番好きな場所でね」



ジョセフ様はそっと、一輪のバラに手を差し伸べる。まるで愛おしいものに触れるかのように花弁を指で撫でた後、あっと言う間にその花を手折ってしまった。



「ジョセフ様!?」



バラを素手で触るなんて危険すぎる。彼の行動が理解できずにいると、彼はそれを私の耳にそっとかけた。



「やっぱり、君にはこのバラが似合うね」



その言葉で、なぜ私はこのバラの系統を知っているのかを思い出した。

ファーミュ家にもあるのだ。一角だけ、混合でこのバラたちが咲き誇っている場所が。

それが不思議でたまらなくて、なぜそうなっているのかお母様に聞いたことがある。その時に系統の名を教えてもらった。そして………。



『このバラはね、私たちと女王のバラよ』



お母様はそう言って、それ以上は何も言わなかった。ただ、お母様がバラを見つめる時の眼差しは、私に向ける優しい眼差しとはまた違った何とも言えないものだった。

今、ジョセフ様に飾られたバラは私の下腹部に咲くバラととてもよく似ている。でも、恐らく彼はバラの痣を見たことがない、しかし、的確にそうだと当てたのだ。なぜなら、もう一つが彼の母、つまり女王の花だとわかっているから。

お母様と女王殿下の関係は親友だったはず。だとすると、このバラたちは二人の関係を表しているのだろうか?



(でも、お母様はバラの蕾の痣…開花をしているのは私のほかには居なかったような…)



先ほどから自分の考えに少しの違和感を感じる。

女王陛下とは花の痣を持つ子のお披露目の時にお会いしたことがある。その一度だけでお母様と女王陛下の関係に入れてもらえるとは思えない。だとすると、お母様のお友達に開花したバラの痣を持つ子がいたのだろうか。

………私は何かとても重要なことを忘れてしまっているような気がする。例えば、普段使っている物の名前がとっさに出てきそうで出てこない、そんな感覚がするのだ。



「私たちと女王殿下のバラ…」

「なんだ、知ってたんだ」



ジョセフ様そっちのけで考え込んでいると、どうやら私はその言葉を口に出してしまっていたようだ。



「知っての通り、このバラは君のお母様たちと女王陛下を表したバラなんだ」

「ジョセフ様はお母様とアンテ様以外のバラの痣の持ち主を知っているのですか?」

「? 知っているもなにも…」



彼はそこで、少し考えるような仕草を見せると、ぽつり、と何かをつぶやいた。

それは声になったかならなかったぐらいだろう、微かに口が動いたことだけは分かった。



「…いや、君ならいずれ分かると思うよ」

「教えてくださらないのですか?」

「意地悪で教えないわけではないよ。今は教える必要がないだけさ」



彼はそう言うと、バラに視線を戻した。



「…私にとってカーミラは紅だと思うんだけれど、君にとって私は何色かな?」

「白です」

「即答だね」

「ええ、だって、ジョセフ様ですから」

「理由を聞いてもいいかい?」

「…ジョセフ様ならいずれ分かると思いますわ」



私の返しに一瞬彼は驚いた顔をしたが、すぐにそれは崩れ、クスクスと楽し気に笑い出した。

流れが先ほどと似ていたので何となくそう返してみたが、楽しそうに笑う彼を見て、上手い返しができてよかったと思った。そして、ジョセフ様に本当の理由を言わずにすんだことも…。

この流れで、”あなたが私にとって一生にただ一人の王子様だからです。何色にも染まらないただひとりの王子様”なんて言えるはずもない。


口元に手を当てて笑う彼を目に焼き付けるために、彼を見つめると、その手の項には紅い線ができていることに気づいた。



(あ、けがしてる…)



それを見つけると、私は何を思ったのか彼の手首をつかみ、私の口元にそれを寄せた。そして、優しくそこに舌を這わせると、背筋に得も言われぬ快感が走る。あの甘美なものを再び味わえる喜び。そして、心の奥底にこぽり、と湧き出るほの暗い感情。

頭がぼんやりしてきて、自分でも何をしているのかはっきりわからない。ただ、目の前の花に夢中な蝶のように舌を使って、そこから甘い蜜を吸いだすように口を付ける。



「カーミラ」



どれくらいそうしていただろうか、全く抵抗をしなかったジョセフ様がふいに私の名前を呼んだ。

口を付けたまま彼に視線だけを合わせると、彼はいつもの微笑みを浮かべ、その真っ白な首筋を指で叩く。

その瞬間、何かが決壊したかのような激情が私を襲った。

さしていた日傘を脇に落とし、彼を抱き寄せるようにその腰に手をまわす。早くあの白くてやわらかい首筋に噛みつきたい一心だった。

逃げられないように、逃がさないように手首をつかんでいた手を離し、彼の背に回すと、二人の距離はゼロになる。

柔肌を破る快感を思い、口を開けた時、彼の微かな汗のにおいが混じった暖かい太陽のような香りを感じた。

すると、その行為が何だかひどく悪いことのような気がして、私は彼の背に回していた自分の手を素早く動かし、彼の肩越しに噛んだ。



「お嬢様ッ!!!」



シャオが叫ぶ声が聞こえたと同時に、私の口にあふれ出た血はどう考えても普通の血の味、いやむしろそれよりもっと不味く感じる。

途端にこみあげてくる吐き気と手の痛み、そして、それでもこれを離してしまってはいけないという気持ちで目頭が熱くなる。



「カーミラ!?何を、」



私が首にホールドしている状態なので状況があまり理解できていないジョセフ様は、自分の肩に滴るもので状況を判断したのか、そっと私の背に手をまわしてとん、とん、とまるで赤子をあやすように叩く。

何かを言いたかったが、頭の中がぐちゃぐちゃで、興奮状態なのか口からは獣の唸り声のような荒い息しか出なかった。

日差しが当たり、肌が微かに痛み出したところで、私とジョセフ様を黒い影が覆った。



「カーミラ、よかったね。シャオが日傘をさしなおしてくれたよ」



ジョセフ様の声に反応をしなければいけないと思い、頭を縦に振る。



「そうしたら、私はそろそろ君の顔を見たいな」



その言葉には頭を横に振ったが、彼は今度は私の名を諫めるように呼んだ。



「じゃあ、鼻でスーっと空気を吸って、そして…、吐いて…。それを繰り返してごらん?」



それならできそうだと思い、言われた通りにしてみる。始めはうまくできなかったがジョセフ様がしっかりと声で合わせてくれたので、徐々に口に入れていた力が弱まっていった。



「そのまま牙をゆっくりと抜けるね?」



私の呼吸が落ち着いたのを確認してからそう言ったジョセフ様は、私の背をさすって、”大丈夫。大丈夫。”とささやいてくれる。

すると、手が痛いのも少しは和らいだ気がして、落ち着いて口を大きく開けた。

つぷ、と牙が抜ける感覚がすると、ただただ痛かっただけだったものが次第に熱を持ったような痛みに変わってくる。



「お、っと」



脱力して膝から崩れ落ちそうになった私をジョセフ様はしっかり抱き留め、優しく地面に座らせた。そして、私と向かい合うように地面に座ったジョセフ様は私の顔を見て、目を見開くと、ぎゅっと私を抱きしめる。



「…ごめん」



それは小さな謝罪だった。

私はわけがわからず、とっさに何か言う事もできなかった。だってジョセフ様は何も謝ることが無いのだ。むしろ彼の真っ白なブラウスを私の血で汚してしまったことを全力で謝罪したい気分だ。

そんなことを考えていると、私は自分の背に回された手が、微かに震えているのに気づいた。



「単なる好奇心から君を煽ってしまって、ごめんなさい」



今度ははっきりとした口調で謝罪をしたジョセフ様。

”すまない”でも”悪かった”でもなく、彼らしくない、でも彼の内側を少しだけ覗けたような言葉に、私はゆっくりと頷いた。



「私も、ジョセフ様のブラウスを汚してしまって、そして、また暴走をしてしまってごめんなさい」

「ブラウスはいくらでもある。君の暴走だって…」

「それでも止めれなかったのは私です。今回、ジョセフ様に反省点があるように、私にも反省点があります」


お互い様です。と言って笑うと、ジョセフ様は少し間をおいて、それに答えるように私を強く抱きしめなおした。



「お嬢様、傷のお手当を」



シャオの声がした方を向くと、そこには彼女とジョセフ様の護衛の騎士様が立っていた。騎士様の手には桶に入った水と、真っ白な布、そして、何かが入った箱。彼はすぐに膝をつき、私が差し出した手を取ると、手慣れた手つきで傷口を洗い始める。



「跡を残すなよ」

「お言葉ですがジョセ、」



騎士様は恐らくジョセフ様に小言を言おうとしたのだろう、しかし、そのあとの言葉は続かず、彼は作業をする手を止めた。



「…はは、あなた様もそんな顔ができるのですね」



珍しいものを見た、というように笑う騎士様にジョセフ様は何も言わない。ただ無言で、私の肩口に顔を埋めていた。

その肩が次第に濡れてきているのを私はどうすることもできずにいたが、騎士様の手当が始まると手持ち無沙汰になり、無意識にジョセフ様の背を撫でる。”彼と良好な関係を”と決めたのに、怖い思いをさせてしまった私がこんなことをしていいのか、という疑問も浮かんだが、先ほど彼が私を落ち着かせるときにしたように、彼もこの手で少しでも心が落ち着けばいい、と思った。

それに反応するように彼はまた、私を抱きしめる腕に力を込める。彼から伝わる心音は少し早く、二人の体温でわずかに汗ばむ体が今だけは心地よく感じる。

彼がどんなことを考え、何を思い、その青空のような瞳から静かに涙をこぼしているのかは分からない。ただ、この優しい王子様がこれから先こうやって泣くことがあった時は、ヒロインが現れるまでの間だけ、この私が彼の傘になろうと思ったのだった。

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