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ごめんなさいをした後は


「え、ジョセフ様が…?」

「はい、先ほど使いの方が来られて、おやつの時間にこちらにいらっしゃるそうです」


私が三歳の時から侍女をしてくれているシャオに朝の身支度をしてもらっていると、彼女は思い出したようにジョセフ様が来ることを教えてくれた。



「昨日の今日で、ジョセフ様は怖くないのかしら…」



私が不安で少し俯いてしまうと、シャオは慌てて大丈夫ですよ!と大きな声で言った。



「昨日、お嬢様を無理やり引きはがしたのはこの私ですが、私の腕の中でお嬢様が気絶してしまうと、王太子殿下は慌ててお嬢様のお名前を呼ばれていました」

「それは本当?」

「はい、それにここだけのお話ですが、王太子殿下のお付きの方が首の手当を勧めたところ、それよりお嬢様のことが心配だと仰っていました」



ジョセフ様が心配してくださっていた、その話だけで私の心は少しだけ落ちついた。

死亡フラグを立てず、ジョセフ様を幸せにする。そう決めた私がまずしなくてはならないことは、”彼と友好的な関係を保ち、嫌われないようにする。”という事だ。それを実現するためにはこんなところで躓けない。

本当ならば私がその場で床に頭を擦り付けて精一杯の謝罪をしないといけないところを、彼は加害者である私に気を使ってくれたのだ。



(そういえば…)



ゲームでのジョセフ様はカーミラが彼を噛んでしまったことについて、悪く言うことはなかった。なぜなら彼はそれが彼女が一生かかっても変えることができない体質であり、自分が拒絶をしてしまえばカーミラが苦しむことを十分理解していたからだ。とても優しい王太子。彼のストーリーではそれゆえ、彼がカーミラから離れられず、その一方でオリアへの気持ちが芽生えてしまい、苦悩に苛まれる様子が痛々しく描かれている。


………彼はこれからどんな気持ちで私のところに来るのだろうか。

心配をしてくださっているとは言っても、それは心優しいジョセフ様の性格がそうさせているのであって、本当は恐怖心を必死に抑えているのかもしれない。もしかしたら、本当は会うことも嫌だと思っているかもしれない。


不安な気持ちが心に嵐を巻き起こす。人の気持ちを『かもしれない』と、いう言葉で推し量ってしまうのはこれは紛れもない”高校生だった私”の癖だ。

言葉はなんとかこの国の五歳児らしい振る舞いが自然とできるようだが、思考に関しては転生前と変わらないようだ。



「お嬢様、できましたよ」


私の髪を高い位置で一つに結い上げ、可愛らしいリボンを飾ったシャオは自慢げに手鏡を私に手渡した。

枯れかけの花のような顔がそこに映ると、シャオが私の肩を叩く。


「お嬢様、王太子殿下のお好きなものは知ってますか?」

「ジョセフ様のお好きなもの…?」

「はい。物でつる、わけではないですが、失敗をしたときには謝罪の言葉と相手が喜びそうな品が定番ですから」


ね?と笑うシャオに私も少しだけ頬が緩むと、ジョセフ様の好きなものについて考え始めた。

すぐに準備するとなると無難なのはお菓子だ。



(ジョセフ様の大好きなお菓子はバターたっぷりクッキーだけど、今は5歳だし…)



私が知っているのはゲームの年齢、つまり16歳の彼の好きなものだ。それがいつ好きになったのかは分からないため、できるだけ違うものを選択したい。

あれではないこれではない、と考えていると、2回目のお茶会での会話を思い出した。



『このマフィンは蜂蜜がたっぷり入っていてとても美味しいよ』

『気に入っていただけてとても嬉しいですわ。私も家の料理人が作るお菓子の中で一番好きなものですの』


真ん丸な瞳を輝かせてマフィンを頬張るジョセフ様はとても愛らしかった。



(蜂蜜マフィン、いいかもしれない…)



幸い、今日の昼食後の習い事は、ジョセフ様がいつ来てもいいようにすべて自習になったことをシャオから聞いているので時間はありそうだ。



「シャオ、お願いがあるの…」

「なんですか?お嬢様」

「私、ジョセフ様のために蜂蜜マフィンを作りたい」

「蜂蜜マフィン、ですか…」



今までこんなお願いをしたことがなかったので、少し驚いた様子を見せるシャオ。しかし、それはすぐにいつもの笑顔に変わった。



「わかりました。まず奥様にお嬢様を厨房に入れていいか確認を取ってみますね」

「ありがとう!」


こうして私のこの転生生活最初のミッション、『彼と友好的な関係を保ち、嫌われないようにする。』がスタートしたのだった



―――――――――――――――――――



あの後、お母様からの許可も無事に取れ、お菓子担当の料理人と一緒に蜂蜜マフィンを作った。ちなみに、作ったと言っても私は与えられた材料を混ぜるだけで、あとは料理人にしてもらった。仕方ない、私は五歳児なのだから…。

でも、膨らんでいくマフィンを見て、料理人とハイタッチをしたりと、とても楽しいお菓子作りだった。



「ごきげんよう、ジョセフ様」



ソファから立ち上がり、挨拶の動作をする。

ジョセフ様はそんな私を見てニコリと笑ってくださった。



「昨日はジョセフ様を傷つけてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、私の方こそカーミラを不安定にさせてしまいすまない」

「でも、私が、」

「カーミラ、元はと言えば私が君に、」

「はいっ!そこまでです!」



シャオの言葉に合わせて、パンッと大きな音が鳴った。

それに驚きシャオの方を見ると、彼女は微笑んで、「まず、席に座ってお茶を飲みましょう。」と提案した。

確かに今の流れはどちらも謝るだけで話が進まない。ジョセフ様を見ると、彼もまた私の方を見ていて、お互いにフフッと、笑ってしまった。



「シャオの言う通りだね。カーミラ」



ジョセフ様はそう言って、私の方に歩み寄ってきた。



「隣、いいかな?」

「え、でも…」



昨日噛んでしまった相手が隣に座ることに躊躇してしまう。

ジョセフ様は気にしないのだろうか。いつ、吸血衝動が起きてしまうかもわからないのに…。



「今日は仲直りするためだけではなく、君がどんな条件で吸血をしたくなるか確かめたくて来たんだ」


私の不安げな顔から察したのか、そう言ったジョセフ様は、半ば強引に私をソファに座らせ、自分もその横に座った。

ほら、大丈夫。と言ってジョセフ様は笑ったが、私はそれどころではない。



(顔、顔が…。これが、5歳の推し…!肌真っ白で、少しふっくらしたほっぺが血色のいい色をしててそれもまた可愛いし、いい匂いもするし、これが天国なの?)



吸血衝動というより萌えからくる動悸でどうにかなってしまいそうだった。

私がこういうとき真顔になるタイプで心底よかったと思う。真顔でなければオタクのニヤニヤ、いやニチャニチャ顔をこの美しい王太子殿下に晒してしまうところだった。

そんなことを考えていると、ジョセフ様が頭を掻いた。



「あんまり見つめられると恥ずかしいな…」



(あぁぁぁぁぁ!!!可愛い!!!)



今すぐ走り出して窓の外に向かってそう叫びたい気持ちを抑えて、心の中で叫ぶ。



「ご、ごめんなさい!そういえば、こうやってちゃんとお隣に座るのは初めてだから緊張をしてしまって…」

「そう言われてみるとそうだね。カーミラは大丈夫?吸血衝動はでそう?」

「いえ、いたって普通ですわ」



そう言われてみれば、昨日のような衝動が無いことに気づく。

吸血したい、と言う衝動が何かの拍子に起こってしまうのだろうけど、そのきっかけが分からない。



「カーミラは私を噛む前は何を考えていたの?」

「噛む前ですか?確か…」



そこで、私は言葉に詰まってしまった。なぜならそのとき考えていたのは、ジョセフ様の白い肌が美味しそうという事と、ただ、彼が欲しいという欲望だった。



(そういえば、私、初めての面会の時に彼に一目惚れしてたんだった…)



初めて見るこの国の王子様。とてもキラキラしていて私の容姿を見ても恐れず、優しく微笑んでくれる。

まるで綺麗な宝石を見つけた時のように、この王子様を私のものにしたい。そう思っていた。

その上での、二回目の対面だ。彼が急に近くに来たことにより、恐らくそれが暴走してしまった。



「えっと、すみません。思い出そうとしても記憶があやふやで思い出せないです…」

「そっか。急なことだったからそれは仕方ないね」



あなたのことが欲しかったので、なんて言えなかった。というより言えるわけがない。

昨日転生に気づいたとはいえ、私はなんてことをしでかしてしまったのだろうか。子どもの欲望のままとはいえ、あまりにも不純すぎる。



「カーミラ、あまり気にしなくていいよ。吸血衝動のことはこれから二人で探っていけばいいことだから」



まるで太陽のような温かい微笑みに思わず、う、と唸ってしまう。

とても悪く言えば私たちの関係は捕食者と被捕食者の関係なのだ。それを探っていけばいい。と、共存の道を選んでくださるという考え自体が尊い。推しは神様と例えることがたまにあるが、本当にその通りだと実感する。



「ジョセフ様、私の体質のせいでお手を煩わせることになってしまい本当にすみません」

「もう、また君は謝ったね。どちらにせよ君との婚約は確定なんだから、私はそれぐらいの覚悟はしていたよ。それに…」



ジョセフ様がじっとこちらを見る。数秒だっただろうか、そうしていると、「いや、やっぱり何でもない。それより、そろそろそこの美味しそうなおやつを食べてもいいかな?」と、話をそらした。

その話題の切り替えに私はわずかに首を傾げ、でも追及することはなく、お菓子を勧めた。



「あ、そういえば、今日のマフィンは私もお手伝いをしたのですよ」

「それは本当かい?だとしたら、前の物もとても美味しかったけれど、今日のはより一層美味しく感じるよ」

「ふふ、ジョセフ様にそう言っていただけると嬉しいです」



シャオの言う通りマフィンを作ってよかった。お詫びだとは伝えなかったけれど、今またお詫びだなんて言ったら、そういうのは止めようと言われるのは目に見えている。



マフィンを美味しそうに頬張るジョセフ様を横目に、私もマフィンを齧る。蜂蜜の優しい味が口に広がると、とても幸せな気持ちになれた。



(今日はとりあえず任務成功、ってところかな)



先ほど、婚約はどちらにしても確定だとジョセフ様は言った。つまり、私が吸血をしてもしなくても確定だったという事だ。まさかジョセフ様が覚悟をしてくださっていたことは知らなかったが、この雰囲気を考えると私と彼の関係は良好な方だと言えるだろう。



(これが私が前世の記憶を取り戻したおかげなのか、それとも元々そういうシナリオだったのかは分からないけれど…)



ゲームのカーミラがジョセフ様にこの面会で何を言って何をしたのかは分からない。でも、これは私の予想だが関係がおかしくなるのはここではない。もっと先のこと。

私はその起点を察知して、正しい選択をしなければならない。彼を傷つけないように、そして、私ができるだけ平穏に暮らせるように…。



ジョセフ様の首筋をちらりと見る。そこにある小さな二つのかさぶたが目に入ったとき、私は胸の痛みとは全く違った感情が湧いたのを気づかないようにそっと目をそらした。

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