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結論を先に言えば、夫人が私に似合うと見繕っていたドレスは“シンプルな装い”だった。
夫人から渡されたドレスは直線的で、余りスカートの広がっていないものだった。シフォンも使われてはいるが、スカートを広げる為ではなく、直線的なシルエットを目立たたせるための効果的な役割のようだった。
また、色も落ち着いた紺だった。グラデーションになっており、ひざ下あたりから一気に白くなっていくものだ。
ドレスに合う様にとまとめられた髪は、両サイドを編み込み、後ろを一度まとめてから髪を垂らすスタイルだった。
装飾も華美なものというより金のブレスレッドや金のダブルチェーンネックレス等、こちらもシンプルなデザインのものだった。
何もかもが、あの騎士の言う通りのものだった。
「アデリーは骨格がしっかりしていて、髪も肌も色がしっかりしているから、南方の国の方が選ぶドレスのスタイルが一番合っているのよ」
「南方、ですか」
「ええ。この国の典型的なスタイルからは外れるのだけれど、とても素晴らしいものよ。美しさとは各人が似合うスタイルをでいることを指すのだと、私は思っているわ。」
夫人はそう言うと、一通り仕上がった私を見て満足そうに頷いていた。当の私は先ほどとは様変わりした様子にまだ慣れず戸惑っていた。髪を垂らし、淡い色でも、広がったスカートでもない自分が新鮮だったからだ。
ちなみに、夫人はすっかり昼のドレスを脱ぎ、夜のドレスを身に纏っていた。髪も整え、化粧もばっちり夜仕様だ。やはり、彼女と舞踏会に行くことは必須なようだった。
そんな中、コンコンと夫人の部屋のドアが控えめにノックされた。夫人の部屋を気軽にノックできる人物など一人しかいない。
開けてあげて、と夫人の声を上げ、ドアに一番近かったメイドがそれに応じる。そこには丸眼鏡をしたぼさぼさ頭の御仁が背を丸めて立っていた。
「やあ。アデリーが来ていると聞いて来たんだけど……何やら楽しそうじゃないか、ルゥ」
「ええ、私達今日は二人で舞踏会に行くのよ!」
「そいつぁいいね。君の美しさが一番光る。 一緒に踊るパートナーによろしく伝えておくれ」
フレデリック・ドレ伯爵。この国の魔術研究の第一線で活躍する人物であり、魔術の発展が急務のこの国において、ドレ伯爵の価値はずっと右肩上がりだ。王家にも顔が利き、貴族の義務ともいえる社交をほとんどせずとも隆盛を誇れるのは、一重にその魔術研究の賜物だった。
「ドレ伯爵、お久しぶりでございます」
「やぁ、アデリー。 今日は随分とめかし込んでいるんだね。そんな君も素敵だよ」
「ありがとうございます。ただ、噂の件については変わらずご迷惑をおかけしており、申し訳ございません」
「君が気にすることじゃないよ。しかし、こんな時、僕が君に良い奴を紹介できればよかったんだけど、生憎そちら方面はめっぽうダメでね。 力になれず、申し訳ない」
「それについては私もだわ。こちらの貴族には顔が利かなくて、 あなたに紹介できるに足る人がわからないの」
「そんな! どうか顔をお上げください。お二方には本当に良くして頂いてます。謝って頂く謂れなど一つもございません!」
夫婦揃って申し訳ないという二人に、私は慌てて弁明した。ドレ伯爵は魔術研究にしか興味のない方だし、夫人は伯爵との結婚を機に隣国からこちらに嫁いできた方だ。知らないだろうし、知らなくて当然な人たちなのだ。
それでも私の言葉にどこか納得しきれない顔をする二人に、私はこれ以上の言葉は墓穴を掘ってしまいそうで、何を言ったらよいかわからず口を噤む。すると夫人がそっと近づいてきて抱き寄せてくれた。
「アデリー。 私は貴女を妹のように思ってる。フレッドも同じ気持ちよ。 だから子爵家で何かあったらすぐうちを頼りなさい」
「……はい」
私が頷くのを確認すると、夫人はパっと体を離した。そして先ほどの憐憫の表情とは打って変わり、華やかな笑みを浮かべる。
「湿っぽい話はこれでおしまい! 今日は美しくなったアデリーを私が皆に見せびらかす日なのよ」
そうと決まれば化粧直しね、と夫人は私をドレッサー前に座らせるとメイドに化粧道具一式を持ってくるように指示をする。
私個人としては今でも十分だと思っていたのだが、夫人の基準では十分でないのかもしれない。
ドレ伯爵は自分の出番は終わったとばかりに鏡越しに手を振って、そのまま夫人の部屋から出て行った。恐らくまた研究等に籠るのだろう。夫人は刷毛に紅を乗せると、私の頬に近づけてあれでもないこれでもないと頬紅の色の調整をしていた。
私はそんな夫人の姿をとても嬉しいと思う反面、どこか胸にぽっかりとした空虚を感じながらそれを見ていた。