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二人の物語  作者: 瀬生莉都
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第4章 選択 その2

 眩しい。

 重く沈んでいた意識がふっと軽くなり、ゆっくりと目を開けたデュエールの視界に飛び込んできたものは、見慣れない天井だった。

 横たわっている場所は、ふわふわと柔らかい。横の壁の窓から差し込む光が、部屋を明るく照らし出していた。その一筋がデュエールの顔に降り注いでいる。そのせいで目が覚めたらしい。

 いつの間にかすっかり眠り込んでいたようだった。ゆっくり身体を起こすと、豪華な装飾品で飾られた部屋にいることがわかる。見覚えがなかったが、ここが神殿内の一室であることはデュエールには見当がついた。

 これだけ贅を尽くした部屋、神殿以外のどこにあるというのか。

 考えてみれば、自分が寝かされていた寝台も今まで寝たこともない柔らかい寝台だった。おそらくは気を失ったあの状態のままここに放り込まれたのだろう。寝心地のいい寝台で眠ったせいか、身体の疲れも痛みもほとんどない。

 ぐるりと首をめぐらせようとして、わずかに頭部が痛む。デュエールは昨夜頭をしたたかに殴られたことを思い出した。痛む場所へ手を伸ばすと、布の感触が触れる。包帯が巻いてあるのだった。

 <アレクルーサ>を助け、神官たちにはルシータを滅ぼす"神の子"なのだとまで言われたにもかかわらず、誰かがわざわざ手当てをしてくれたらしかった。

 魔法の使い手がいるというのに手当てで終わらせたあたりが、その人の好意の限界だったのかもしれないが。

 自分の状態を確認し、さてエルティスは昨夜一体どこに連れ去られたのかとデュエールは考える。あの状態で家に帰っているとは考えにくい。自分でさえ神殿に入れられているのだ。エルティスが元の家に帰されているとは思えなかった。



 急に部屋の外が騒がしくなって、扉を叩く音など何の前触れもなく荒々しく扉が開く。そこに立っていたのは一人の神官――忘れもしない、エルティスの脚をつかんで引きずろうとした男だ――。

「起きたか、デュエール・ザラート」

 神官は酷く冷たい響きの声音で言った。今までとは手のひらを返したかのように違う対応。今までは、少なくとも穏やかに挨拶を交わし、世間話をするくらいの雰囲気はあったのだ。たとえお互いに、相手に対する嫌悪の感情があったとしても。

 ああ、これが巫女姫が言っていた、『同胞と認めない』ということか。

 デュエールは納得した。おそらくは、神官たちの誰もが、あるいは他のルシータの民さえ、デュエールをこう扱うのだろう。しかし、後悔はない。

 別に、嫌悪している神官たちに自分がどう扱われようと構いはしない。

 デュエールは寝台に座って、無言でその神官を睨みつけた。しかし、睨まれた相手も怯む様子はない。侮蔑の表情を浮かべたまま、一言言った。

「巫女姫が待っていらっしゃる。早く謁見の間へ行き、今回の仕事の報告をせよ」

 用件が済むと、神官はデュエールの様子も見ずに扉を閉める。足音が遠ざかり、何も音が聞こえなくなるまで、デュエールは扉を睨み付けていた。



 足音が消え、周囲はまた静まり返る。

 そこで、デュエールはようやく息を吐いた。緊張を解いた体が酷く重い。まだ体の奥底に残る眠気を振り払うように首を振ると、デュエールは用意のために立ち上がった。

 ここでただぼうっと座っていても事態は何も変わらない。巫女姫に会えば、エルティスの居場所を知ることもできるだろう。

 デュエールが旅の間使っていた荷物一式はあの騒ぎのどさくさで厩の片隅に置きっぱなしである。しかし幸いというべきか、彼が今いる部屋には身だしなみを整える最低限の道具に、洗いざらしの衣服――自宅から届けさせでもしたのだろうか――が用意されていた。

 昨夜の騒ぎで汚れてしまった服を新しいものに取り替え、顔を洗って落ち着かせてから、デュエールは部屋を出る。廊下に出るとそこが確かに神殿内であることが確認できた。おそらくは居住空間に近い、来客用の部屋にいたのだろう。

 向かうのは神殿中央部の一室、謁見の間。

 そこには、巫女姫が待っているはずだった。




 デュエールが足早に謁見の間に向かうと、その入り口の前で待っていたのは先ほど部屋に訪れた神官だった。驚いた様子で、デュエールを頭の天辺からつま先まで見下ろす。

「……思ったより早かったな。まあいい。中で巫女姫がお待ちである」

 用件だけを済ますと、神官は扉を開き、デュエールを中に招いた。

 今までされたことのない、やけに丁寧な対応に、デュエールはいぶかしげな表情のまま扉をくぐる。



「早かったですね、デュエール。昨夜はよく休めましたか」

 労わるような声の主は、謁見の間の玉座に座する巫女姫カルファクス。そして、その傍らには娘であるミルフィネルが寄り添って立っていた。

 昨日の今日で、よく休めたも何もあったもんじゃない。

 思わずそう口をついて出そうになったデュエールだが、何とかのどの奥に引き戻して飲み込んだ。

 扉の入り口にいた神官は、デュエールが謁見の間に入ったことを確認すると、巫女姫に向けて一礼して無言で外へ出て扉を閉める。

 室内にいるのは、デュエールと巫女姫カルファクス、そしてその娘ミルフィネルの三人きりとなった。あまりに広い部屋は、扉の閉まる音が消えると怖いくらいに静まり返る。



 デュエールは、いつも外回りを終えてから行う報告と同じ手順を踏んで動いた。エルティスの居場所を知りたいというはやる気持ちはもちろんあるけれど、巫女姫は仕事の報告をしに来いと言っていたのだから。

 ここで騒ぎを起こしても、エルティスの居場所を知りたいのなら、何の益にもならない。

「デュエール・ザラート。商業都市ファルネートの治療院の視察に行って参りました。簡潔ではありますが、視察の内容をご報告致します」

 詳細は追って文書にて報告すると付け加えて、デュエールは簡単な報告を行った。

 といっても、大して問題はなく報告すべき特記事項もない。商業都市には高収入の商人や役人も多く、治療院の利用率は安定したものである。薬品や薬草といった必要物品も王都より適切に支給されており、派遣されている神官も魔法を使える分それ相応の待遇を受けていた。

「……ということにより、特に前回の視察から変わったところはありません。ファルネート自体経済的に安定しておりますので、このままの対応でよろしいかと思われます……」

 必要な分報告すると、デュエールは一礼して報告の終わりを巫女姫に告げる。

 頷きながら話を聞いていた巫女姫は、満足したように笑うとデュエールに言った。

「そうですね、あなたの報告から見ても、現状のままで神官たちもうまく働けているようですし、派遣の継続でよろしいでしょう。詳細は後で報告書を作成し書記官に提出してください」

 以上、と巫女姫は言葉を結んだ。これで報告は終わりである。あとはデュエールは退室するだけだった。



 しかし、デュエールが今日ここに来たのは、報告のためではない。もうひとつ目的がある。デュエールはその場から一歩も動かなかった。

「デュエール? どうしたのです、報告は終わったのですよ」

「……昨夜、エルティスをどこに連れて行ったのです」

 これが、彼の本題。

 デュエールが真っ直ぐ巫女姫を見据えてそう尋ねると、巫女姫はわずかに目を見開いたあと静かにため息をついた。


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