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人のゴミ箱にゴミを捨てる

作者: 空見タイガ

一日目


 いっせいに下駄箱からはみ出ている上履きを目撃した仁村は「あきませんよ」とあかんような物言いをしてパーで押し戻した。彼女のツインテールは高校生にしては小柄で幼い風貌によく似合っていた。されど上から見てわかるとおり、仁村はデカいのである。アダルトな画像や動画を探すときに「ロリ巨乳」で検索するようなあれだ。

「よくもやってくれたな仁村。僕がどんな気持ちでみんなの靴にいたずらしたと思っている?」

 仁村はついに膝や胴まで使って靴を奥につっこみながら「ぽっかり」と言った。

 そう、ぽっかりだ。


 衣替えで制服が変わるとどんなブス相手にもすこしドキっとしてしまう。朝のホームルームが始まる前、振り向いてそう話してくれた風吹は「つまりどういうことかわかるかね」ともったいぶって答える前に「女も俺たちの純白さにときめいているわけだよ」と不正解みたいな正解を述べた。

「それより見てよ。このねりけし強くない?」

「高校二年生にもなって何が練り消しだ! タイフーン!」

 人間の会話は不合理なもので、ときどき縁のない台風がやってくる。風吹はつばを飛ばしながら「恋だよ恋!」と続けた。あっ、恋の嵐か。

「このドキっとチャンスを逃したら損よ! 男子校の劣等生ぐらい損!」

「損得勘定でラブするもんじゃありません」

「あのな、公則くん。いつになったらその重い腰を激しく打ち付けて良い音を鳴らすんだい」

「朝からえっちな」

「朝から殺生なみたいな言い方をしないでくれたまえ」

 そんな言い方はしていないのだった。

 予感があって斜めを向くと教室の入り口付近に座っている仁村と目が合った。姿勢の正しい彼女は口を開けて「う」「る」「さ」「い」と発声しなかった。四文字なら「だ」「い」「す」「き」の候補もあるけれど、口をすぼめて「だ」の音を出すバカはおるまい。


 それにしても女子の夏服はいい。何がいいかといえば、半袖だ。厚くて長くて奥ゆかしい冬服からの薄くて短くてストレートな夏服への脱皮には生命の神秘を感じられる。ここでブラ透けも見られたら最高なのだけれどあいにく僕の前にいるのは風吹で、やつは定規で背中をぼりぼりと掻いていた。ちいさな地獄、ちいさな愁嘆場。

 僕の斜め前の席を見ると、里重の野郎が前にいる女子のうなじを凝視していた。もはやノートすら開かれていない。一心に見つめている。これはまったくもって嫉妬ではないのだけれど、ヤツのエロなまなざしが女性を怖がらせて男性嫌悪に陥らせエロ嫌悪に発展し男が女を好きであることはエロ搾取だという話になるのだ。まったく、紳士たれ。そして僕に席を譲ってくれ。

 里重とその前にいる女の子のあいだで、遠くの視線とぶつかった。というより、きっと、もともと僕を、うなじを見る里重を見る僕を仁村が見ていた。


 授業が終わってから教科書を片付けている仁村の前に立って、彼女の机を人差し指で叩いた。「なんで僕をそんなに見る!」いつの間にかあとをつけていたらしい風吹が僕の背中にはりついて言う。「おいおい、ラブコメですか。ラブコメですか」

「きみのりのこと、なんか恥ずかしくなった」

「恥ずかしいなら見るな」

「やだねえ、公則くん。女性に嫌なら見るなは露出狂のあいさつだよ」

「夏服にあうなあ、きみのり」

「夏服におうなあ、公則くん」

 風吹に肘を食らわせた僕はいよいよ彼女の机に両手を乗せてねこふんじゃったを弾いた。

「仁村、付き合おうや」

「オッケー牧場」

 人間の恋は不合理なもので、ときどき草のにおいがする。


 付き合ってから初めての昼休み、僕は風吹と里重に食堂まで引っ張られ、仁村は女友達によって教室に引きとめられ、別れ別れになってしまった。風吹は「同じ軽さでおさらばするに違いない」とうどんをすする勢いで汁を飛ばした。

「だから初手はセックスだ。上書き保存される前に初殿堂入りに名前を刻め」

 その隣にいる里重は「エグい下ネタは嫌われますぜ」とつぶやき「好かれないなら先に嫌われてやる」と風吹は鼻息を荒くし「まずはいちゃいちゃしたい」と言いかけた僕の足がだれかに踏ん付けられた。

「痛ぇ! どっちだよ!」

「俺だよ」

「おれも」

「俺の靴を踏んだのは貴様だったのか。謝れ」

「人の足を踏んだやつに謝られる権利はねえげす」

「こっちに謝れよ」

 二人は顔を見合わせて示しあったように「愛されることはだれかを踏みつけることだ」と口笛を吹いた。そんな法は聞いていなかった。


 仁村は写真部に、僕は風吹と里重と一緒に映画研究部に入っていた。明るい場所に居場所のある吹奏楽部や美術部と違って、暗い部室棟にぎっちり詰め込まれた弱小文化部はきまって活動日が限定的だった。写真部は週1日の金曜日、映画研究部は週4日の月・火・水・木曜日。

「先輩、ロリコンってマジですか」

 むせる僕に渡理は部に備え付けの小型冷蔵庫から茶をよこしたが、中身はしょうゆだった。大きな欠伸をしていた風吹の顔に向かって盛大にふきだす。

「い、いったい何の悲劇があればこんなことに」

「おまえは悪くないよ、渡理。しょうゆをお茶に偽装したのは何を隠そうこの僕だ」

「なあんだ、自業自得だったんですね」

「俺のホワイティーな制服が!」

 洗剤を借りに家庭科室に向かった風吹の半裸を見送る。「ロリコンではねえげす」僕をアシストするように漫画を読んでいた里重がつぶやいた。

「いっぱいがおっぱいあるし」

「はあ、複乳フェチなんですね」

 仁村は友達と本屋に行くらしい。

 おっぱいがいっぱいあろうが、触れられないなら、ぽっかりだ。 


 椅子に座ってアプリで仁村とトークしていると、そろりそろりと部屋の扉が開いた。ペンにもちかえてノートの右端に日付を書いていると「あんちゃーん」と友則がやってきた。やつは教科書と参考書、ノートを僕の勉強机に置いてから「教えてくりぃ」と猫なで声をだしたので腹パンした。

「か、かわいい弟を殴る兄があるかぁ」

「見てわからないなら残念だ。兄はほんのり忙しい」

「受験生のナイーヴな心を労わってくださぁい」

「わかったから、そこのテーブルに広げとけ」

 素直に従う弟を背に仁村にメッセージを送る。『弟が来たからまた後で』『何人兄弟?』あとでって言っているでしょ! 『二人』『こっちは三人』しかも負けた。



二日目


 ぴんと伸ばした右手で黒板消しをキャッチした仁村は「小学生みたいなことすんな」と僕の野望を粉受けに戻した。席に座っている僕の前に立って小さい四文字を言う。

「ようやく二人きりになったな」

「へ、ヘンな目で見るなあ」

「ふつうの目つきなんだが?」

 風吹の席に座った仁村は机の上に出したままの僕の鞄をあさり出した。「何も入ってない」不満げな仁村に「いたずらの道具が入ってるとでも思ったか」と尋ねると「教科書もノートも入ってない」と半目で見られた。

 そういう日もある。


 走る仁村は素晴らしい。ツインもボインも等しく揺れる。両脇で腰を下ろしている風吹と里重が僕をこつこつと小突いてくる。「コイの王道はブルーギルで舗装されている」「地獄におかえり」それにしても好きな人が息を切らす姿はいつまでも見ていられる。風をはらんで波打つ袖に叩かれる白い腕。あいにくの周回遅れもラストスパートを迎え、さっぱりとゴールする。戻ってきた仁村と交替するように立ち上がる最中、二人の頭がちょうど同じ高さになった瞬間にささやかれた。

「えっちヘンタイすけべ」

 その罵倒のほうが、よっぽどえっちヘンタイすけべだ。


 頬を焼くような視線のもとをたどると、たいてい仁村のそばにいる女の子に気づく。ときどき風吹のち里重。

「なんで僕をそんなに見る!」

 廊下で捕まった安土は「ニムニムのこと、ちゃんと大事にしてる?」とえらそうに腕を組んだ。「バカと喋ってばっかじゃないの」誰のことかはいうまでもない。

「ニムニムってふざけたやつだな」

「ならあんたはなんて呼んでるのよ」

「仁村」

 ほら見たことかと緩んだ顔をして、安土は僕の左肩の中心ぐらいを指でコシコシと擦った。

「恋人を苗字で呼ぶやつがいるぅ? いずれ同じ苗字になるかもしれないのに」

「早い早い、まだ二日目だよ」

「神が何日で世界を作ったか知ってるの?」

 ヒトの業績でマウントを取るな。


 黒板に向かった地理の教師が空いた左手で尻を掻くたびに小さな悲鳴があがる。前の席から少し遅れるかたちで「ひゃあ」と聞こえ、斜め前の席から「ぴぁだ」が聞こえ、僕の口から「ぺろりんが! ぺろりんが!」が漏れて、無事に教師が振りむく。


 えびフライを食べさせあった風吹と里重はおだやかな嘔吐の真似をし、里重にいたっては唇の端から尻尾の片割れをぴょろっと出した。「いずれ公則くんもこんなゲロをするわけだ」「ゲロ甘げぇ」きっとえびフライをさくさくと吸い込む仁村、はじめの一口だけで満足してしまいそうな仁村が一つの箱のなかに重なって入っており、そこには希望だけが残っている。

「でも、二日目ぐらいが一番楽しいのかもね」

「こここ高校生にもなって接続詞の使い方も分からんカバ!」

「いずれこういうことするかもって想像は、時の流れが採点するよな」

「知らんよな」

「知らんがな」

 一縷の望みにすがって風吹のハンバーグにとんかつソースをかける。


 カーテンを開けると、電気をつけないまま入った準備室にチンダルなエフェクトがきらめいた。太陽のある証拠だ。埃のある証拠でもある。


 連れお花摘みから帰る途中の安土と仁村に挟まれた。

「盤上だったら女の子になってるわよアンタら」

「やっだぁ、真昼間からレディしちゃったわよ里重オォエエエエ」

「うっふう、身も心もメスになるのでげす風吹オゥイェエエエイ」

「廊下で五列になるな」

「きみのり、重くない?」

 両手で持っていた資料を肘の力だけで傾けると「女の前だからって張り切ってる」「その虚勢がどこまで続くのか見物でげす」と両脇から陰口が聞こえてくる。「カッコつけてもいいことなんて一つもないから」「ただの変人ってわかってるし、今さらクールぶっても」さらに両脇からも悪口が聞こえてくる。


 カチ、かち、カチ、かち、カチかカチち。「秒針かクリックかどっちかにしたまえっ」寝ぼけた風吹が目覚ましを止める調子で渡理の頭を叩こうとしたが、ひらりとかわされた勢いでキーボードのスペースキーにぶつかった。テロップに広がる謎の空白と自明の悶絶。

「この編集室って授業で使うことあるんですか。一応、スクリーンとホワボがありますけど」

「ウチと放送部しか使ってないんじゃないの。ラジオにテレビに部活紹介ビデオ」

「ああ、なんか撮りに来てましたよね。この狭い通路に三脚を立てて。先輩が振り向いた拍子にカメラを殴って……」

「放送部も映像を編集できたら、映画研究部の誇れるところ、一つもない!」

「自主映画をオープンキャンバスに流すタイプの拷問」

「あとは三年生が進路説明会か何かで使っていたな」

 カチ。かち、かち、かち。左端の風吹が渡理に何かをし、渡理が右隣の里重に何かをして、里重が僕の脇腹をつねった。

「進路のことをいえば俺が泣くぞ!」

「おれも」

「僕のぱいで泣きな」

「今は遠いから渡理の肩で拭うぜ」

「あ? やめてくださいよ、汚らわしい」

 マウスから手が離れた一瞬を見計らって、博士に扮する風吹の登場シーンにネガポジ反転加工を施す。


 ベッドから体を起こすと、ガラステーブルの前で友則が正座していた。開かれた参考書やノートから許してもいない本日の学習意欲が見える。

「あんちゃんの彼女って、どれぐらいでかいの。ぱいおつ」

「今のおまえが志望校に落ちる確率ぐらい大きいな」

「なーんだ、ぺちゃぱいか」

 仁村に『弟がぺちゃぱいってよ』と送ると、すぐに既読がついた。すこしの無言のあとで共有される一枚の写真。ひよこ柄の黄色いパジャマが反らされた背中に沿うようにゆったりと流れて隆起した、柔らかそうな山の輪郭がファンファーレ。「そうだな、想像を絶するぺちゃぱいだ」人も生きれば幸福に当たる。



三日目


 鉛筆で「あいしている」と書かれている。その斜め上に出来損ないの矢印みたいな相合傘があり、しかしだれの名前も書かれていない。

 指でこすったような、汚い痕がある。

 つるつるとしていそうで、つぶつぶとして、ざらざらはしていない。

 赤と黄色と青と白の粉がいまだに取り残されてわずかに散らばっている。

 かつて水拭きをしたら取れてしまうと言われて今はそう気にしていない、ワックスがかかっている。

 引き戸の開く音がする。

 スリッパ紛いの上履きが、つま先にへばりついて、踵から床を打つ音がする。

 止まる。

 乗り上げる動作で教卓が揺れる。

 こちらから首を出すまでもなく、最初に何十の黒い前髪が現れて、次に仁村の顔が見える。

「おはよう」

 きっと今、仁村のおっぱいは僕のためにつぶれている。


 風吹が電子辞書を高く掲げて、黒板が隠れる。画面には「三日坊主」の意味が表示されている。その隣の席でも同じ現象が起きており、画面には「三日天下」の意味が表示されている。


 チーン。ズズズ。チーン。隣の席の稲原が机の横にコンビニの袋をぶらさげている。膨らんでおり、中身があるように見える。すべて鼻をかんで丸めたティッシュが入っている。里重が「寝る間のやさしい工事現場」と本気で地団駄を踏み、上履きと床の間隙をねらって風吹が足を出したり引いたりするが、だいたい踏まれている。


 安土が仁村に抱きついている。海苔のように。仁村は安土に抱きしめられている。かんぴょうのように。


 青川さんと立川くんが合わせた机にいっぱいの厚紙を広げて駒とカードを動かしている。授業と授業の合間。


 ちらちらと仁村がこちらを見ている。ときどき里重の絶妙な首の傾きが隠す。


 知らぬ間にねりけしがなくなっている。


 風吹の椅子の後ろにねりけしが潰れながらひっついている。


 ねりけしが床に落ちる。


 チキンライスとカレーライスと味噌汁とサバと納豆のにおいが混ざっている。


 ホウキで散歩中に壁にぶつかった風吹が股間をおさえて泡をふく。


 雑巾で顔をかくしてやる。

 

 部活に向かおうと階段を降りる寸前の右手を横から引っ張って、仁村が僕を引きとめる。上の階に連れられて、一年生の教室前廊下を横目に別棟に進み、多目的ホールも無視して、非常階段を抜けて、さらに別の棟の廊下に出て、階段をさらに上る。

 そこには屋上につながる扉がある。が、もちろん閉ざされている。

「元気ない?」

 いつか過去形になると考えたら、どんなに小さなことでも、悲しいって思っただけだよ。

 仁村は、小さな仁村は背伸びをして、底とかかとの綺麗な三十度を作り、僕の首にしがみつく。

「ぽっかりばっかり」

 このやわらかさ、あたたかさ、やわらかさ、よいかおり、やわらかさ、やわらかさ、弾力、やわらかさ、きっと忘れようとしても今、起きたことのようによみがえる。

 あいしている。


 扉を開けるとまずは鞄を投げられた。塗装のはがれたシロクマ柄のパンダのキーホルダーから里重のものだとわかった。ついでに上履きも。臭いので風吹のものだとわかった。どちらも廊下の窓側に揃えて置いておく。

「性的逸脱行為の次第によってはむちうち症の刑だ!」

「ナンセンスな。一緒にいるだけでえっちと同じぐらいの多幸感があるから」

「童貞が何エッチと比較してんだ」

「事故に遭ったのに痛みを感じないパティーンでげす。ユーアーすでにむちうち症」

 何を言われようともはや折れる気がしない。勢いよく開いた扉から渡理が入ってきた。「聞いてください、廊下に靴が! 一階から風吹先輩が飛び降りていまっ、てわっ、生きてる! はー、次は三階からチャレンジしてくださいね……あ、なんです、なんで一人で笑ってるんすか。なんかたまにキショイですよね」気はなくとも折れるときは折れる。


 編集室は部室棟より正門から近いため、荷物と靴を持ってすぐに帰れるようにする。何も知らないで僕を待ち伏せしていた仁村を迎えにいくこと、完全下校時間過ぎ。校門を出てすぐで、仁村がむくれていた。

「サプライズにサプライズされた」

「僕のいたずらは成功しないのにな」

 歩幅の小さい仁村に合わせて自転車を押し歩く。つむじが二つあり、どちらから押せばいいのか迷って後ろ髪を撫でた。はたかれた。

「女の子の髪を触ってはあきませんよ」

「男女差別だ」

「髪は女の命だから」

「男にとってもそうなら、死んでいるやつがたくさんいるもんな」

 幹線道路沿いであいにくちょうどよいゾンビには出くわさない。空はすでに暗くなっており、月は半端な円さをしている。少しだけ立ち止まって無防備な仁村の背中をつんとつつく。そのまま置いて行かれそうになり、一歩を大きくする。

「きみのり、どうしていたずらばっかり」

「自分のゴミを自分のゴミ箱に捨てるとするだろ」

 すねていた仁村はようやく僕の顔を見て今にも「はあ」が出てきそうな顔をした。開いた口に指をつっこもうとして、噛まれそうになる。そういうゲームが、あったような気がする。

「僕のゴミ箱は部屋の片隅にある。ややベッド寄りの勉強机との中間に。近くにあるから、すぐに捨てられる。でもな、たまに友則……弟の部屋まで行って、ゴミを捨てる。そうすると、友則は『あんちゃーん』とゴミ箱をもってドタバタ怒りに来る」

「ヘンなおにいちゃん」

「なんてえっちな」

「なにがえっちなの?」

 話を戻さなくては。仁村の「えっち」はいつでも響く。

「だれのゴミ箱に自分のゴミを捨てても、どうせゴミはゴミとして回収される。だから何の意味もない、そういうわけではないんだよ。予期しない例外のあとに予期できない時間ができる。どうせ跡形もなく消えるとわかっていても砂の上に卑猥な絵を描きたいし、借りた教科書に卑猥な落書きをしたいし、記録されなくても卑猥な奇声を上げたいし、撮られなくてもアへ顔ダブルピースをしたいんだよ」

 僕の言葉に仁村は長い欠伸をした。

 綺麗な涙がこぼれて、笑っているのか退屈しているのか、一見はわからなかった。

「きみのり、そういうのなんていうか知ってる?」

 ぽっかり。

 ちりん、と正解のようにベルがひとりでに鳴る。

「かまってちゃん」

 付き合いはじめた日の、最初の問いの、ぽっかりとした空欄にぴったりとその答えがはまった。

「ぼ、僕はかまってちゃんだったのか……」

「そうだよ、それも重度の」

「仁村は感傷的なキモイかまってちゃんの僕をそれでも好きでいてくれるか?」

 今度は仁村が止まった。僕は少し進んでから、振りむこうとして、一つ手土産を考えた。

「僕はゆかりが好きだぜ」

 勢いよく、仁村は僕の後輪に自分の前輪をぶつけた。

「だぜ、だって。かっこわるい」

 かっこわるくても許せ、ゆかり。正しい会話だけではきっと僕はおまえと付きあえていなかった。いずれなくなるとしても、残らなくても残るものを信じたいから。飾らない想いを語尾で飾る、人のゴミ箱にゴミを捨てる。

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