56 闇魔法
「当たりだな、ご主人」
「来たか……」
ここだけは正規兵であろう物々しい集団に守られて現れたのはシワが増え、目に瘴気を漂わせたビハイドが出迎えた。
「闇魔法に呑まれたか」
ベルが呆れたように言い放つ。
「呑まれた? ふっ。バカを言うな。こんなに素晴らしいものはない。これだけの力を手にして、私はまだこうして正気を保っている。完全にコントロールしているではないか」
「そうか……。これは悪魔が闇魔法と馴染むように、もともとの人間性に闇魔法が馴染んだのかもしれんな」
「そうだ。そのとおり。私は選ばれた人間だ」
憐れむようにベルが見つめる。それっきりベルは口をつぐんだ。
「余裕があるみたいだけど、せっかく準備したこの戦力はほとんど無力化されてるぞ?」
「もともとこの戦力でSランクの相手をするつもりなどないからな」
まあそりゃそうか。
「ふんっ。だがお前らが出てきたのは確かに思っていたより早くはあったな」
「そうか。神国にぶつかるまえでよかったよ」
数の勝負になるのは神国領土に入ってから。これが各地で暴れられれば少数戦力の俺たちは後手に回っただろう。
神国唯一の兵力はバロンの騎士団だがあれは再結集もろくにできていない。となると冒険者に依頼するしかなくなるが、混乱する神国にまともな戦力は少なかっただろう。
「しかし良いのか? 私はこれでももともとそれなりにやるぞ?」
「やる……?」
「お前たちの基準でいえば元々Bランクに相当するだけの力くらいはある。そしてお前は」
「Cランクだなあ」
「隣の小娘を頼るか? 情けないな」
安い挑発だと思ったらベルが乗ってしまった。
「ご主人だけで何も問題などないわ! そうであろう?」
ベルに任せるつもりだったとは言いづらくなったな……。
「闇魔法というのは本当に奥が深い。こうしてただの村人を兵士に仕立てることも容易い」
その村人たちはいまビレナに吹き飛ばされている最中だがまあいい。
「闇魔法はその代償の範囲がとても広い。知っておろう? あれはその人間の持つ寿命がエネルギーになるそうだ」
「悪趣味だよな」
「その人間の時間の持つエネルギーは膨大だ。他にも血を使うもの、人間そのものを使うもの、それは動物でもなんでも良い」
これが闇魔法の特徴だ。
魔力以外の媒体をエネルギーに変換できる。聖属性は信仰や祈りが力になる。
これが闇と聖の特殊な力であり、一般的な主要属性と一線を画する所以。
「自らが犠牲に差し出すまでもなく、力が手に入る。素晴らしいだろう?!」
他者を搾取して力を得る。これに溺れるものは後をたたない。
コントロールできる力を越えて自らに還元するものや、中毒のようになり自分の身を犠牲にしてしまうものなど。
こういった欲望に堕ちないだけの精神力が闇魔法には必要だ。悪魔がこれをうまく操るのは、そもそも人間とは異なる価値観を持っていること以上に、そもそもコントロールできる力の幅が圧倒的に大きいからだ。
悪魔の場合は代償もその膨大な魔力を使うことで賄っているしな。
「他者から力を借りると何が起こるかわからんからな。そんなものに頼るのは三流の証拠だ」
ベルに言わせればこういうことらしい。
「悪魔が説教か。笑える話だ」
ビハイドの表情が醜く歪む。
「さて、そろそろお前には消えてもらおう」
いよいよか。
ビハイドのまとうオーラが増大すると同時に周りにいた兵士が1人ずつ倒れていった。
「ふふ……すばらしい……お前で肩慣らしを済ませて、すぐにあの生意気な小娘どものところにもいくとしようか」
あまり時間をかけると兵士の犠牲が増える。ただ元々Bランクというこの男が闇魔法で強化されたとなると余裕はなさそうだ。
「カゲロウ」
「キュクゥー!」
カゲロウをまとう。精霊召喚も精霊憑依も、ようやく少しずつ形になってきていた。
「小賢しい」
力を増したビハイドが地を蹴る。その速度はビレナたちに慣れていた俺を持ってして、反応できるスピードを超えていた。
「動くこともできんか?」
「ぐっ?!」
攻撃は単純。ビハイドが地を蹴り、拳を握り、俺に向かって殴りかかってきただけ。
たったそれだけでかなりの距離を吹き飛ばされた。カゲロウのガードは間に合っていたのでほとんどノーダメージだがなにか考えないとまずい。
「どうした? こんなものか? 国の期待するドラゴンテイマーというのは」
「くそっ……」
続け様に今度は蹴り上げられる。そのまま空中に投げ出された。
追撃を加えようとビハイドが飛び上がってきたのを見て慌てて翼を広げた。
「小癪な真似を……手品だけは一級品か」
思ったより強いな……。
幸いしっかりガードはできるものの、スピードだけは対応できないほどのものになっていた。
「やるではないかご主人」
「なんもやってないだろ?」
「む? 時間さえ稼げばこいつは魔力が枯渇するだろう?」
なるほど。ベルの考えもたしかに正しい。
ただ魔力の補給先は人間だ。
「ふん……つまらんやつらだな……」
そう言ってまた1人倒れた兵士を蹴り飛ばすビハイド。
「降りてこないならこちらも少し、戦い方を変えるとするか」
そう言って手を広げると、ビハイドの周囲を複数のゲートが取り囲んだ。
「召喚術がお前の専売と思わぬことだな!」
黒い扉から現れたのは、ビハイドと同じく正気を失って目に瘴気を漂わせるフレーメルギルドの冒険者達。
その中に悲しそうに目を伏せるギルドマスター、クエルの姿もあった。




