「まるで糊のスープね」
「ふあぁ~~~。おはよ~、羊太郎、虎太郎」
大あくびで起きてきた、妙齢の魔女、リリー。
『おはよー!』
『御早う御座います』
二体もボードの表示であいさつ。
(リーリエの四人の様子はっと)
安眠香は消えている。じきに起きるだろう。
「起きて~! 朝だよ~!」
四人が身じろぎをした。
「羊太郎虎太郎、あとお願い」
リリーはお茶を淹れ、食事の支度に取りかかる。
今朝は四人に合わせ、薄い粥だけ。
「おはようございます」
お茶が冷めた頃、四人が起きてきた。
「もう少しかかるからお茶飲んでて。ゆっくり飲んでね」
全員がお茶を飲み干し、ひと息ついた頃合いを見計らい、粥が出される。
「あの、何ですかこれ?」
「お粥」
それは、完全に形が無くなるまで煮込んだ粥であった。
「もっと粒を残してくれても、」と弓聖のアリシア。
「まるで糊のスープね」と賢者のレナ。
「肉が食べたいな、大きいやつ」と勇者のアーリヤ。
聖女のレイに至っては、掬ってはボタボタ落とす、といった動きを繰り返している。
「薬と思って我慢しなさい。今のあなた達の胃袋には、それすらきついの。ゆっくり食べないと身体がびっくりして、また死ぬよ。
それが嫌なら、飽きるだけたくさん噛んで食べなさい」
四人は嫌々ながら食べ進めた。
そもそも、粥である必要のないリリーまで付き合っている事に、気づいているのだろうか?
「ごちそうさま、でした」と弓聖のアリシア。
「あの、せめてお茶を、」と賢者のレナ。
「あ~、お肉お肉お肉! 塩気!」と勇者のアーリヤ。
「はぁ」と特大のため息をついたのは聖女のレイ。
「お茶は良いけど、もう少しお腹落ち着いてからね。それと、運動はまだダメ。おとなしくしてて」
リリーは食器を片付け、洗い物をする。誰も手伝わないのは運動を禁じられたからか、それとも勇者パーティーとしての気位の高さからか。
「お茶淹れたからどうぞ~」
洗い物が済むと、リリーは患者にお茶を淹れた。
「あ、おいしい。ありがとうリリー」と弓聖のアリシア。
「やっと人心地ついたって感じです、」と賢者のレナ。
「どうせならジュースが良かった」と勇者のアーリヤ。
「茶葉も安物、カップも安物。温度は低いし蒸らしも足りない。これがお茶? 色つきの泥水の間違いでしょ?」と聖女のレイ。
「あなた態度悪いわね~、何様~?」と魔女のカサブランカ。
「あれ? カーさんいつの間に?」
「とか言うわりに、私の分も淹れてあるじゃない」
「それは私の」
「知ってる」
あいさつ代りにじゃれると、カサブランカは黒タイツをリリーに渡した。
「これ大好評間違いなし! あのネーちゃんが一晩中手放さなかったの」
「なんか凄く湿ってるんだけど、」
「むりやり奪って来たから洗えてないの」
その黒タイツは、魔女ネメシアや彼女の奴隷達の体液でグショグショだった。
リリーは黒タイツを洗濯籠に転移させた。
「それでね? やっぱり昨日の女神像だけじゃ申し訳ないって思ってね。
はい! 早速、手袋作って来ました! 着けてみて!」
それは精霊の反物で作られた長手袋で、反物と同色の黒糸で刺繍が施されている。
透け感の強い生地だが、刺繍で程よく肌が隠れるため、逆に清楚な印象になっている。
「うん! 思った通り! つるバラの刺繍がいい感じ、似合ってる!」
「そお? なんかこれだけ浮いてない? ワンピースと合ってない気がするんだけど」
「それはそうよ、リーさん普段着てきとうだもん。今度うちの店来てよ、見繕ったげる」
「とか言って、これの宣伝にするつもりでしょ」
「バレた?」
魔女二人は楽しそうに笑っている。すっかり二人だけの世界だ。患者も居るのに。
「あの、リリー? その方は?」
弓聖のアリシアが意を決して問いかける。
「彼女は魔女のカサブランカよ」
「また魔女」
聖女のレイが、舌打ちと共に小さくぼやく。
「はじめまして、カサブランカです。ここ、ダルル王国の王都で服屋をやってます」
カサブランカの自己紹介を聞いて、リーリエの四人に衝撃がはしった。
「ダルル王国!? ここダルル王国なんですか!?」
「良かった、私達帰って来れてたんだ、」
「王様に報告報告!」
「なぜもっと早く言わないんですか! これだから性悪魔女は!」
「リーさん言ってなかったの?」
「昨日はそれどころじゃなかったから。
山を南に下りて、馬車で西に一週間行くとダーラ大河。そこから、南に四日で一夜大橋。
これで大体の場所分かる?」
「ありがとうリリー。王国の東端に近いんですね」
こう言う時に、先ず口を開くのが弓聖のアリシアだ。
「良かった、転移は成功してたんだ、」
「レナの転移は安定しないからね!」
「それでも世界中探してもレナ以外には誰も出来ませんわ。さすがは賢者のレナね」
聖女レイの発言を受けて魔女の二人は顔を見合わせるが、彼女達は黙っている事にした。一人前の魔女はみんな転移魔法が使える事を。
「あの、魔女リリー。私、私達が転移した後の事を、聞いても?」
「もちろん! えっとね。
私の目の前に転移してきたんだけど、その時点で全員死んでたわね。
蘇生薬使ったけど傷が酷すぎて、また直ぐ死にそうだったから、壺漬けにしたの。
昨日でちょうど二ヶ月、四人とも立て続けに起きたから大変だったわ。おしまい。
次はあなたの番。
死んだ時期にちょっと開きがあるから、どうして転移の必要があったのか、仲間に教えてあげたら?」
「リリー、は知ってるんですか?」
「なんとなく察しはついてる」
賢者レナが、彼女しか知らない事実を語り始めた。
「えっと、それでは。
アリシアが魔王に殺された時、レイが気をとられ深手を負って。『紫電一閃』のヒーラーが治療してくれたけど、意識は失ったままだった。
聖女の加護が切れたアーリヤが一端引いて、『ブレイバーズ』の勇者が、三パーティーの勇者達で突撃するって言い出して。
それで『紫電一閃』のメンバーが時間稼ぎをしてくれたの。でもみんな死んじゃって。
それで、限界まで力を解放したアーリヤ達、三勇者が突撃して魔王を討伐できたの。アーリヤが決めたのよ? 相討ちだったけど。
そのあと、生き残った『紫電一閃』の勇者を『ブレイバーズ』の勇者が殺して、」
「はあ!?」
説明中のレナ以外のメンバーが驚きの声をあげた。
「なぜ彼らが、」
「いや、あいつらなら殺るよ」
「そんな時に私は!」
取り乱したと思っても、さすがは勇者パーティー。わりと直ぐに落ち着いた。
「びっくりしてるうちにレイも『ブレイバーズ』の魔法使いに殺られて。私も転移直前に。胸から剣が何本も生えて、」
「そこから先は私のほうが詳しいわね」
リリーが引き継ぐ。
「王都に戻った『ブレイバーズ』は、こう報告したの。
みんな勇敢に戦った。『紫電一閃』は全員名誉の戦死を遂げた。だが『リーリエ』は勇者アーリヤがやられた瞬間、臆病風に吹かれ、四人とも転移で逃げた。その後我々『ブレイバーズ』のみで魔王と戦い、討伐した。これも『紫電一閃』や、言いたくはないが『リーリエ』達が共に戦ってくれたおかげだ。この戦いは我々人類の勝利だ。
こんな感じ。で、今あなた達には懸賞金が掛かってる。勇者でありながら魔王から逃げた裏切り者だとさ」
「そう言えば、手配書がまわって来ましたね」
「あれ? カーさんのとこまわって来たの? 魔女なのに?」
「私の店は王都の一等地よ? 来ないほうがおかしいわ。リーさんとこは?」
「うちは下の村経由」
「あの、リリー、その手配書見せてもらっても良いですか?」
例え悪評でも気になるのだろう、『リーリエ』を代表して弓聖のアリシアが聞いていた。
対してリリーはピューイと口笛を吹く。取り寄せの魔法だ。
「今、くるわ」
なかなか来ない。
「家の中にあるんじゃないの?」
「簡易使い魔にして山に放ってる。そろそろだと思うんだけど」
ドアの前で待機していたかのようなタイミングで、四体の簡易使い魔が入ってきた。
「どおぉゆうぅ事です?」
アリシアが怒気を放っている。いや、『リーリエ』全員だ。
「へ!? なに? あ! やべ!」
振り返ったリリーが見たのは、かつて己が落書きした手配書であった。
「わ~、つのにひげ、この辺りは定番。あ! 勇者ちゃんナイスボデー、やったね! 聖女ちゃんヤバ! めっちゃビッチじゃん」
カサブランカは楽しそうに煽っていく。
このあと、めちゃくちゃに叱られたリリーは、魔法で落書きを消し、簡易使い魔も手放す事になった。